思い描いた夜の分だけ
Ryo
思い描いた夜の分だけ
第一章
目を開けると、天井の木目がいつもと違う場所にあった。
いや、そんなはずはない。何年も見てきた天井だ。私はベッドの上でしばらく目を凝らし、それから小さく笑った。寝ぼけているだけだ。
枕元のスケジュール帳に手を伸ばす。三月まで、この帳面は隙間なく黒々とした文字で埋まっていた。授業計画、保護者面談、行事の準備。分刻みで動いていた三十八年間。
今、そこには何もない。
真っ白なページを、私はしばらく見つめた。今日、何をすればいいのだろう。
体は勝手に動き出す。布団を出て、台所に立ち、朝食の支度をしながら、頭の片隅で「今日は六時間目まで授業があったな」と考えている自分に気づく。いや、違う。三月で辞めたのだ。教壇に立つことはもうない。
「お母さん」という声が、恵子の声で、頭の中に響く。あの子が幼かった頃、お弁当を作るたびに「今日は嫌いなピーマン入れないでね」と念を押してきた声。今はもう、お弁当を作る相手はいない。
こんなふうに、ふと昔の習慣が体に戻ってくることが、最近何度かあった。仕事の支度をしようとして時計を見て、はっとする。お弁当箱を出しかけて、誰のためのものかわからなくなる。
その度に、「あら、寝ぼけていたのね」と自分に言い聞かせてきた。
けれど、本当にそれだけだろうか。
私は昔から、悪いことを考えると、それがやけに鮮明に頭の中に浮かんでしまう性分だった。生徒の忘れ物一つにも、最悪の事態を想像してしまう。宿題を忘れた子が、家庭で何か辛い目に遭っているのではないか。遅刻が続く子が、実は病気を隠しているのではないか。そういう想像は大抵外れていたが、外れるまでの間、私の頭の中ではその「最悪」がまるで本当に起きているかのように、色や匂いまで伴って再生された。
定年してから、その癖は静かに矛先を変えた。
母のことを、思い出すようになったのだ。
父が死んでから、母は驚くほど早く老け込んだ。あんなにてきぱきと動いていた人が、玄関の鍵をかけたかどうか思い出せなくなり、同じ話を三度も四度も繰り返すようになり、最後には私の顔を見て「どちら様でしたっけ」と穏やかに微笑むようになった。
――私も、いずれああなるのだろうか。
考えまいとするほど、その情景は鮮明になる。ぼんやりと宙を見つめる自分。話しかけても要領を得ない返事しかできない自分。恵子が困った顔でこちらを覗き込んでいる。
その情景の中の顔は、いつも母の顔をしていた。だから私は、それを「母の記憶」として片付けることができた。所詮は過去の再生に過ぎない、と。
朝食を終え、洗い物をしながら、私はまた今日の予定のなさに思い当たる。
何をすればいいのだろう。
答えの出ないまま、私は台所の窓から外を眺めた。近所の景色は、いつもと変わらないように見えた。
いつもと。
本当に、そうだろうか。
第二章
その日の午後、恵子から電話がかかってきた。
「お母さん、明日のことだけど」
「お墓参りね。いつもの時間でいいかしら」
電話の向こうで、恵子が一瞬黙った。
「……お母さん、お墓参りは来週でしょう。明日は恵太の運動会だから、時間、何時に行けばいいか聞こうと思って」
「え?」
「先月、話したよね。父の月命日、来週の日曜に延期しようって。明日は運動会と重なるから」
言われても、思い出せない。延期の話も、運動会の話も、まるで記憶にない。私の頭の中では今も、明日がお墓参りの日のままだ。
「あら……そうだったかしら」
「昨日もその話したよね? お母さん、大丈夫?」
恵子の声には、笑いを含んだ、でもどこか探るような響きがあった。
「昨日?」
「うん。電話で。来週の日曜で合ってるよねって確認したら、お母さん、ちゃんと覚えてるって言ってたじゃない」
覚えていない。その電話をした記憶自体がない。
「そう……だったかしらね。最近、物忘れがひどくて」
「無理しないでね。年齢的にも、そういうこともあるだろうし」
その「年齢的にも」という一言が、思ったより深く刺さった。電話を切ったあと、私はしばらくソファに座ったまま、動けずにいた。
思い出せない記憶があるということは、認知症が始まっているということなのだろうか。それとも――
ふと、昨夜のことを思い出す。眠る前、私はまた例の情景を思い描いていた。ぼんやりと宙を見つめる自分。恵子が困った顔でこちらを見ている。いつもよりも、その情景はやけに具体的だった。恵子が着ていた服の色まで、はっきりと見えるくらいに。
まさか。
いや、馬鹿げている。想像したことが現実になるなんて、そんなはずはない。ただの偶然だ。歳を取れば、誰でも物忘れくらいする。
そう自分に言い聞かせながらも、その夜、私はなるべく何も考えないようにして眠りについた。悪い想像はしない。何も思い描かない。そう決めて。
けれど、決めれば決めるほど、頭の隅にあの情景がちらつくのだった。
数日後、また恵子から連絡があった。今度は、先週渡したはずのお菓子の話だった。
「お母さん、この前くれたお煎餅、美味しかったよ」
「お煎餅? 私、あなたに何もあげてないわよ」
「え……先週、うちに来たとき渡してくれたじゃない。恵太も喜んで食べてた」
まるで身に覚えがない。恵子の家に行った記憶自体はある。でも、お煎餅を渡した記憶はどこにもない。
「本当に? 私が持って行ったの?」
電話の向こうで、恵子が息を呑んだような、小さな間があった。
「……うん。お母さんが持ってきてくれたやつ」
その声のトーンが、少し変わっていた。心配というより、何か別のものが混じっているような。まるで、私を試しているような。
電話を切ったあと、私は台所の戸棚を開けた。お煎餅の箱が、いつもの場所からなくなっている。買った記憶はあるのに、いつ、どうやって恵子に渡したのか、まったく思い出せない。
窓の外を見る。近所の家の生垣が、以前より少し高くなっている気がした。気のせいだろうか。それとも、これも――
私は頭を振って、その考えを追い払った。
第三章
物忘れが増えるほど、私は焦っていた。
このままでは、いずれ本当に何もわからなくなってしまうかもしれない。母がそうだったように。だとしたら、今のうちにできることをしておかなければ。
そう思い立って、私は恵子に電話をかけるようになった。
「恵太くん、そろそろ野菜をちゃんと食べる練習をさせた方がいいわよ。小学校に上がったら、給食で好き嫌い言ってられないんだから」
「うん、それは分かってるんだけど……」
「離乳食の頃からの積み重ねが大事なの。私、あなたにも苦労したのよ。でも工夫すればちゃんと食べるようになるから。今度レシピ教えるわね」
「お母さん、今の保育園、無理に食べさせない方針なの。本人のペースを大事にしましょうって」
「そんなの甘いわよ。今のうちに直さないと、大人になっても苦労するのはあの子なんだから」
電話の向こうで、恵子が小さく息を吐いたのが聞こえた。
そんなやり取りが、一度や二度ではなかった。しつけのこと、勉強のこと、体調管理のこと。三十八年間、子どもたちに教えることが仕事だった私には、伝えるべきことが山ほどあるように思えた。むしろ、伝えないことの方が無責任だとさえ感じていた。
「お母さんの時代とは、育児の考え方も変わってきてるから」
恵子がそう言うたび、私は少しむっとした。
「時代が変わっても、子どもを想う気持ちは同じでしょう。私はあなたのためを思って言ってるのよ」
「分かってる。分かってるけど……」
恵子は最後まで言い切らずに、話を切り上げることが増えていった。
ある日、久しぶりに恵子の家を訪ねたとき、恵太が私の作った煮物に箸をつけずにいるのを見て、つい口を出してしまった。
「こら、恵太。好き嫌いはダメよ。おばあちゃんが教えてあげる。ほら、こうやって少しずつ――」
「お母さん、いいから」
恵子が私の腕を、思ったより強い力で遮った。
「この子には、この子のペースがあるの。お母さんのやり方を、押し付けないで」
その声は、いつもより硬かった。恵太がびくりとして、恵子と私を交互に見た。気まずい沈黙が流れた。
「……押し付けてるつもりはないのよ。あなたのためを思って」
「分かってる。分かってるけど、今はそういうのじゃなくて……」
恵子はそれ以上言わず、恵太を連れて別の部屋に行ってしまった。
一人残された居間で、私は自分の作った煮物を見つめた。人参も、椎茸も、恵太の好きそうな大きさに切ってある。昔、恵子にそうしてやったように。
なぜ、これがいけないのだろう。
私はただ、自分の持っているものを、全部あの子に渡しておきたいだけなのに。
その夜、家に帰ってからも、恵子の硬い声が耳に残っていた。眠りにつく前、また例の情景が頭に浮かんだ。ぼんやりと座る自分。恵子が困った顔をこちらに向けている。
――今日の、あの表情と同じだ。
そう気づいて、私はぞっとした。想像していたはずのものが、もう現実の記憶と見分けがつかなくなっている。
これは、想像なのだろうか。それとも、もう起きたことなのだろうか。
眠りに落ちる直前、頭の片隅で母の顔がちらついた。あの、私を見ても誰だか分からなくなった、穏やかな微笑み。
私も、いずれ。
第四章
母の家の片付けは、去年の暮れから少しずつ進めていた。もう住む人のいなくなった家は、開けるたびに埃と、かすかな樟脳の匂いがした。
押し入れの奥から出てきた古い菓子箱を開けたとき、私は手を止めた。
レシピノートだった。母の字で、几帳面に、しかし所々ふるえた線で、料理名と材料が書き連ねてある。ページの端は茶色く変色し、何度も開いた跡がある。
見たことのないノートだった。
母が料理上手だったことは知っている。でも、こんなノートをつけていたなんて、一度も聞いたことがなかった。私にはついぞ、見せてもらえなかったものだ。
パラパラとめくりながら、ふいに古い記憶が引き戻された。
恵子がまだ三歳くらいの頃だ。あの子は徹底して野菜を食べなかった。ピーマンもにんじんも椎茸も、見つけた瞬間に口を固く結び、皿を押しのけた。栄養の偏りが心配で、私は毎晩のように頭を悩ませていた。
――お母さん、恵子が全然野菜を食べないの。どうしたらいい?
電話口で、私は半ば泣きそうになりながら母に訴えた。てきぱきと何でもこなす母なら、きっと良い方法を知っているはずだと思っていた。今まで、私の悩みはいつも母が解決してくれた。
だが、返ってきたのは思いがけない言葉だった。
――それは、あなたが考えなさい。
「え?」
――恵子の母親は、あなたでしょう。あなたが一番、恵子のことを分かってあげられるはずよ。
突き放されたと思った。頼りにしていたのに、助けてもらえなかった。あの時の、喉の奥が締めつけられるような感覚を、今でもはっきり覚えている。
仕方なく、私は自分で試行錯誤するしかなかった。野菜をすりつぶしてお菓子に混ぜてみたり、色や形を工夫して動物の顔にしてみたり。何度も失敗した。恵子に「まずい」と泣かれたことも一度や二度ではない。
それでもある日、卵を使ったふわふわの蒸しパンに、細かくすりつぶした野菜を混ぜ込んだものを、恵子が初めて残さず食べてくれた。あのときの達成感は、今も忘れられない。私は母親としてようやく一人前になれた気がした。
――なぜ、母は教えてくれなかったのだろう。
あの時はただ、突き放されたとしか思えなかった。母は、私を見捨てたのだと。
手の中のノートを、私はもう一度見つめた。表紙には日付らしき数字が振ってある。恵子が生まれた年の少し後だ。
つまり、母はこの頃、ちゃんとレシピを研究していた。恵子の野菜嫌いのことを、私よりずっと前から知っていて、何か考えていたということだ。
なのに、なぜ私には見せてくれなかったのだろう。
答えの出ないまま、私はノートを箱に戻した。窓の外、母が好きだった庭の梅の木が、今年も静かに葉を茂らせていた。
もし母が生きていたら、今の私に何と言うだろう。
――それは、あなたが考えなさい。
あの声が、また耳の奥に蘇る。あのときと同じ、突き放すような、それでいてどこか揺るぎない声だった。
第五章
母の家の片付けが一段落した週末、私はレシピノートを持って恵子の家を訪ねた。
「これ、お母さんの持ち物の中から出てきたの。見てくれる?」
ノートを渡すと、恵子はページをめくりながら、ふと手を止めた。
「これ……知ってる。おばあちゃんが大事にしてたやつだ」
「知ってるの? 私、一度も見せてもらったことなかったのに」
恵子は少し困ったような、それでいて懐かしむような顔をした。
「私が高校生くらいのとき、おばあちゃんちに泊まりに行って、たまたま見つけたの。すごく古そうなノートだったから、何これって聞いたら……」
恵子は言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「お母さんが子育てで悩んでた頃、おばあちゃん、本当はこのノートに書いてあるレシピを教えようと思ってたんだって。恵子ちゃんが野菜食べなくて困ってるって聞いて、心配で、あれこれ研究してたって」
「でも、結局教えてくれなかったじゃない」
「うん。おばあちゃん言ってた。電話でお母さんが相談してきたとき、お母さんが『こうしたらどうか』『ああしたらどうか』って、もう自分なりに色々考えてる話し方だったんだって。それを聞いて、あ、この子はもう自分で見つけられる、って思ったからノートを渡すのをやめたって」
私は言葉を失った。
「お母さんの方が、私より恵子ちゃんの好みを分かってるはずだから、きっと私のレシピより美味しいものを考えつくだろうって、おばあちゃん、笑いながら言ってた。それで、渡さなかったの」
「そんな……」
突き放されたと思っていた。見捨てられたと思っていた。あの喉の締めつけられる感覚が、何十年もの間、私の中でずっと「母は頼りにならなかった」という記憶として固まっていた。
「あのノート、結局最後まで誰にも渡さなかったんだね」恵子が静かに言った。「大事に持ってたんだよ、ずっと。お母さんが一人前の母親になった証だからって」
一人前になった証。
母は、それを見届けていたのだ。渡さなかったことも含めて、ずっと。
その夜、私は家に帰ってからも、ノートの重みを手のひらに感じ続けていた。母は私を突き放したのではなかった。信じて、任せてくれていたのだ。
だとしたら――
私は恵子に、何をしていたのだろう。
「記憶があるうちに教えなきゃ」と焦って、時代に合わないことまで押し付けて。恵太のことも、恵子のやり方を否定して、自分の正しさを繰り返し語って。
母がしなかったことを、私はしてしまっていたのかもしれない。
その週から、私は意識して恵子への電話を減らした。育児のアドバイスをしたくなっても、飲み込んだ。恵太に会っても、「こうしなさい」ではなく、「恵太は今、何が好きなの」と聞くようにした。
代わりに、地域のボランティアセンターに登録し、月に何度か、近所の子ども食堂の手伝いに通うようになった。誰かに必要とされる場所を、恵子以外のところに見つけようとした。
数週間経った頃、恵子から「今度みんなでご飯食べようよ」と誘われた。声の調子が、以前より軽かった気がした。
食卓を囲みながら、私はふと思い出して聞いた。
「そういえば、あの蒸しパン、今も作ってる? ほら、昔よく作った、野菜入りの。恵太くんも好きだったわよね」
恵子が一瞬、箸を止めた。
「……作ってないよ、もう何年も」
「あら、どうして? 久しぶりに今日、作ろうか?」
「お母さん」
恵子の声が、少し硬くなった。
「言ったよね。恵太、卵アレルギーがあるって」
一瞬、頭の中が白くなった。
「え……」
「去年、検査したの。前より数値は落ち着いてきてるけど、まだ完全には食べられないの。前に話したよね」
話した記憶が、ない。
いや――あった気もする。恵子が電話でそう言っていたような。でも、はっきりしない。
恵子は何かを言いかけて、やめた。その代わりに、テーブルの上のコップをじっと見つめていた。
私が最後にひとりで恵太を預かった日のことを、思い出しているのかもしれない。あの日の夜、恵太の肌に発疹が出て、翌朝病院に連れて行ったという話。医師に「昨日、何か食べさせましたか」と聞かれて、恵子がうまく答えられなかったという話。
まさか、あの日――
私は何か作っただろうか。恵太に、何かおやつを。
思い出せない。
「……ごめんなさいね。今度から気をつけるわ」
私はそう言うのが精一杯だった。恵子は小さく頷いただけで、それ以上何も言わなかった。
食事が終わり、家に帰る道すがら、私は自分に何度も言い聞かせた。今日はいい時間だった。恵子との関係は、確かに良くなっている。前より会話も増えたし、恵太も懐いてくれている。
大丈夫。
そう思い描くほど、なぜか胸の奥に、小さな穴が空いたような感覚が残った。
第六章
その夜も、私はベッドに横たわり、天井を見つめていた。
恵子との夕食は、思い返せばやはり良い時間だったように思う。会話も弾んでいたし、恵太も懐いてくれていた。教えることをやめて、見守ることに変えてから、確かに何かが良くなっている。そのはずだった。
――言ったよね。
恵子の声が、頭の奥で小さく響く。あの一瞬の沈黙。コップを見つめていた横顔。
考えまいとするほど、思い出そうとしてしまう。あの日、恵太を預かった日。私は何をしただろう。台所に立って、何か焼いた記憶が――いや、それは今日の記憶と混ざっているだけかもしれない。
分からない。
分からないことが、こんなにも怖い。
いつものように、私は目を閉じた。眠りに落ちる前の、あの薄い意識の中で、また例の情景が浮かび上がってくる。
ぼんやりと座る自分。誰かが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
いつもと同じだ。何度も見てきた光景。母の、あの穏やかな、けれど焦点の合わない微笑み。
大丈夫。あれは母の記憶だ。私はまだ、大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、私はその顔を、もう一度確かめようとした。
いつものように、はっきりと思い描く。輪郭を、目元を、口元を。
――あら。
その顔は、母のものではなかった。
見覚えのある、けれど見慣れすぎて逆に気づかなかった顔。頬のたるみ、目尻の皺、少し垂れた眉。
私の、顔だった。
心臓が、どくんと跳ねた。
いつから、こうだったのだろう。母の顔だと思い込んでいたその情景は、本当にずっと母のままだったのだろうか。それとも、いつの間にか――
目を開ける。天井の木目は、いつもと同じ場所にあった。
隣に置いたスケジュール帳が、月明かりにうっすらと白く浮かんでいる。今週は、ボランティアの予定が三つ書き込まれている。恵子とは、来週また会う約束をした。恵太の好きな絵本を、一冊買っておこうと思っている。
良い一週間になるはずだ。
そう思い描きながら、私はもう一度目を閉じた。
――あっ。
まぶたの裏に、また、あの顔が浮かんでいた。
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