第3話 僕たちは暗くて冷たい場所でしか生きられない③

 長い暗闇の時間が過ぎた後、僕たちがいる空間の中に光が少しずつ増えてきた。


 僕の後ろ、暗闇の最奥にいるサクラが冷ややかに告げた。


 「あなたたちの体を私の盾にさせてもらうわ。光はまた外側から来る。レン、トウヤ、しっかり遮りなさいよ」


​ トウヤはなにも言わなかった。僕は漆黒の瞳で、徐々に姿を現した「白い眼」をじっと見つめた。


​ だが――次の瞬間、僕たちは絶句した。


​ 光が、来ない。


 昨日、ハジメとカンナを飲み込んだ方向からは、金色の波が来なかったのだ。


 逆に、僕たちの背後にある白い壁――サクラが背中をぴったりとくっつけていたその壁が、じわじわと異常な熱を帯びて白く輝き始めた。


 ​「……え?」


​ サクラが間の抜けた声を漏らした。


​ 「嘘でしょ⁉ なんでこっちから光が来てるのよ⁉」


​ サクラの悲鳴が壁に反響した。


 無慈悲にも、壁を伝って滑り落ちてきた金色の光が、サクラの全身を包み込んだ。


​ 「嫌、嫌あぁぁぁ!」


 光を浴びたサクラの頭部から急速に色が失われ、ガラスのような透明に変わっていく。


 やがて、サクラもハジメとカンナのように崩れ落ちて、透明な液体になった。


 鮮やかなピンク色のマフラーが、濡れた地面にぽつんと残された。


​ 「形勢逆転、だね」


 ​トウヤが呟いた。


 「とはいっても、ちょっとしか変わらないけど」


 「そうだな」


 一番安全だったはずのサクラが消え、今や光は僕、そして、トウヤに向かって進んできた。


 「逃げられない、か」


 僕は嘆息した。


​ 光の境界線が、ついに僕の体を侵食し始めた。


 ​「あ――」


 強烈な熱が僕の輪郭を奪っていく。痛みのない、だが圧倒的な「存在の消滅」。


 僕の体は自身の重さに耐えられなくなり、音もなく崩落した。僕の顔にあった、光を反射しない「漆黒の瞳」が地面に転がり落ちる。


​ 僕が崩落した時、トウヤもまた、美しい氷細工のように崩れて透明な水に還っていくのが見えた。


​ 僕たちの体だった水が、地面の上で静かに混ざり合っていく。


 これでいい。


 薄れゆく意識の中で、僕は思った。


 僕たちはみんな、等しく透明な水に戻れた。


 暗くて冷たい場所から、ようやく解放されたんだ。




​ 静まり返っていた学校の敷地に、堰を切ったように子どもたちの無邪気な声が溢れ出した。


 月曜日の朝。


 ランドセルを背負った少年少女たちが、元気に校庭を駆け抜けていく。


​ 「ねえ、昨日作ったやつ、どうなってるか見に行こうよ!」


 「うん!」


​ 高い声を上げた女の子を先頭に、数人の子どもたちが校舎の裏手、北側の薄暗い日陰エリアに走っていった。


 昨日の午前中、みんなで作った場所だ。


​ 子どもたちは角を曲がったところで、一斉に足を止めた。


​ 「あ……」


 ​誰かが、落胆したような声を漏らした。


​ そこには、昨日彼らが「命」を吹き込んで並べたものたちの姿はなかった。


​ 灰色の日陰の地面には、大きくて綺麗な水たまりが広がっていた。


 表面が薄く凍りついたその水たまりは、まるで巨大な鏡のように、上空に浮かぶ太陽――無慈悲な「白い眼」の姿を映し出している。


​ 水たまりの底には、昨日までは確かにそこにあったはずの、いくつかの「落とし物」が沈んでいた。


 ​バラバラに散らばった細い枯れ枝の腕。


 泥にまみれた一本のオレンジ色の人参。


 そして、光を反射しない真っ黒な二つの練炭の欠片。


​ それらはすべて、冷たい水の底で物言わぬ物質となっていた。


 ​「やっぱりダメだったかー。夜のうちは寒かったから大丈夫だと思ったんだけどな」


 ​一人の男の子が、つまらなそうに練炭の欠片を靴の先で小突いた。


​ 「見て! あれ、まだちょっとだけ残ってる!」


​ 女の子が指差した先――最も壁際、まだ朝日が届ききっていない狭い暗がりに、辛うじて溶け残った小さな雪の塊があった。


 その上には、女の子が結んであげた鮮やかなピンク色のマフラーが載っていた。


​ しかし、その小さな命の灯火も、時間の経過とともに伸びてくる金色の陽光に晒され、今も一滴、また一滴と、静かに融解し続けていた。


 ​女の子は、しゃがみ込んでマフラーの端にそっと指先で触れた。


​ 「あーあ。雪だるま、みんな溶けちゃったね」


 ​「あっ。もうすぐ朝の会が始まっちゃうよ! 早く教室に行こう!」


 ​遠くから友達が呼ぶ声がする。


 子どもたちはすぐに水たまりから興味を失い、マフラーを残したまま昇降口に走っていった。


 ​静かになった校舎の裏手で、ピンク色のマフラーが風に揺れる。


 「白い眼」の恐怖は冬の幻だったかのように、冷たい水たまりに変わった彼らは、差し込む陽光を浴びてどこまでも透明に、美しくきらめいていた。

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僕たちは暗くて冷たい場所でしか生きられない 依田理代 @eternita

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