第15話 その人、作品が違います

翌朝。


 酒井雄介は、昨日の打ち合わせ資料をまだ机の上に置いたままにしていた。


 HBI。


 海城剛。


 藤原慎太郎。


 BLUE WALKER代表・太田理奈。


 そして、なぜか「近所にいた」という理由だけで会議に参加していた野崎。


 第二クール初日から十分すぎるほど濃かった。


「今日は普通の日であってほしいな……」


 酒井が小さくつぶやいたところで、事務室から新庄光太郎が顔を出した。


「酒井先生」


「はい」


「今日の文化交流授業、外部講師の方、もう来てますよ」


 酒井の手が止まる。


「……柴田さん?」


「はい。柴田武尊さん」


「そうだった」


「あと、お手伝いの方が五人」


「…………五人?」


「はい」


 酒井は顔を上げた。


「柴田さん一人じゃないの?」


「剣道とか書道とか、準備がありますからね。知り合いの方にお手伝いをお願いしたそうです」


「……お手伝い」


「何か?」


「いや。その言い方なら普通だ」


「最初から普通ですよ」


 新庄はそう言って事務室へ戻った。


 酒井はしばらくその背中を見ていた。


 この学校で「普通」という言葉を聞くたび、最近は少し不安になる。


     *


 多目的室では、すでに準備が始まっていた。


 竹刀。


 半紙。


 墨汁。


 折り紙。


 畳風のマット。


 そして柴田武尊。


「酒井先生、おはようございます」


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 柴田は穏やかで、礼儀正しい男だった。


 その周りで五人の若者が準備している。


 一人は竹刀を並べている。


 一人は書道道具を確認。


 一人は折り紙を人数分に分けている。


 一人は着付け用の小物を整理。


 もう一人は机を動かしていた。


 柴田が紹介する。


「今日、手伝ってくれる皆さんです」


「よろしくお願いします!」


 五人が揃って頭を下げた。


 酒井も返す。


「よろしくお願いします」


 普通だった。


 全員、普通の文化交流イベントのお手伝い。


 部下でもない。


 家臣でもない。


 戦隊でもない。


 酒井は少し安心した。


     *


 一時間目は剣道体験。


「最初に礼をします」


 柴田が学生たちに説明する。


「剣道は、相手を叩くことだけが目的ではありません。相手を尊重すること、自分の気持ちを整えることも大切です」


 チンギスが真剣に聞いている。


 ノコルは竹刀を握ったまま姿勢を正した。


 ドラムはなぜか最初から構えが妙に様になっている。


「ドラム、やったことある?」


「ないで」


「じゃあ何でそんなに自然なんだよ」


「動画見たことある」


「便利な時代だな……」


 チョッキーは鏡に向かって竹刀を構えた。


「ワタシ、強そう?」


「まず前見て」


「はーい♡」


 柴田が苦笑する。


「では、正面に礼」


 一同、礼。


 酒井も頷いた。


 ちゃんとしている。


 極めてちゃんとしている。


     *


 休憩時間。


 ピリリリリ。


 妙に懐かしい電子音が鳴った。


「すみません」


 柴田がポケットから携帯電話を取り出す。


 酒井の視線が止まった。


「…………」


 スマートフォンではない。


 ガラケー。


 しかも、形が妙だった。


 少し長い。


 少し角張っている。


 妙に握りやすそうで。


 妙に、別の使い方がありそうな形をしていた。


「はい、柴田です」


 柴田は普通に電話している。


 酒井はじっと見る。


 通話を終えた柴田が気づいた。


「酒井先生?」


「それ……」


「携帯ですか?」


「昔のガラケーですよね?」


「はい。長く使ってまして」


「……筆にはなりませんよね?」


「はい?」


「いや、こう……開けたり、先から何か出たり」


「出ませんけど」


「ですよね」


 柴田が首をかしげる。


「変わった機種ではありますけどね」


「ですよね」


 酒井は自分に言い聞かせた。


 ただの古い携帯。


 それ以上ではない。


     *


「酒井先生」


 背後から低い声。


 酒井は目を閉じた。


「…………」


 振り返る。


 野崎。


「なんでいるんです?」


「近所にいたんだよ」


「二話連続でそれ使うんですか?」


「何の話だ」


「こっちの話です」


 野崎は多目的室を見た。


「今日は何だ?」


「文化交流授業です」


「外部講師?」


「はい」


「誰だ?」


 酒井は少し嫌な予感がした。


「柴田武尊さん」


 野崎の目が動いた。


「……柴田?」


「はい」


 柴田がこちらに気づいた。


「酒井先生、こちらの方は?」


「野崎さんです」


「初めまして。柴田です」


 野崎は柴田の顔をじっと見る。


 数秒。


「……黒須?」


 酒井は即答した。


「違います」


 柴田も即答した。


「柴田です」


 野崎はまだ見ている。


「似てないか?」


 酒井が眉をひそめる。


「俺に聞かないでください」


 柴田は困惑している。


「黒須さんという方に似てるんですか?」


「柴田さんは知らなくていいです」


「はあ」


 野崎は腕を組む。


「しかし――」


「野崎さん」


「何だ」


「この人を黒須さんだと思ってるの、今のところあなただけです」


「そうか」


「そうです」


 野崎は納得したような、していないような顔をした。


     *


 二時間目。


 書道。


 柴田が半紙の前に座る。


「では、最初に私が書きます」


 筆を取る。


 酒井がまた少し身構える。


 柴田が墨を含ませる。


「酒井先生」


「はい」


「さっきから、何か気になります?」


「いえ」


 柴田は筆を下ろす。


 一文字。


 侍。


 酒井は息を吐いた。


「よし」


「何がです?」


「いや……一筆何とかって言い出さなかったので」


「一筆?」


「知らないなら、そのままでいてください」


 柴田はますます分からない顔になる。


 後ろでドラムが小声で言った。


「なんか敵も変なんおったよな」


「ドラム」


「声が錬金術師みたいな――」


「そこまで掘るな!」


 チョッキーも乗ってくる。


「あと海賊みたいな声の人♡」


「それも中の人だ!」


 チンギスが完全に置いていかれている。


「先生、何の話ですか?」


「知らなくていい!」


 柴田が筆を置いた。


「……私の授業、何か問題あります?」


「柴田さんには一切ありません」


「では、何が?」


 酒井は教室を見渡した。


「周りが勝手に作品を増やしてるんです」


     *


 その時。


 多目的室のドアが開いた。


「武尊」


 若い女性の声。


 柴田が振り返る。


「あ、お母さん」


 酒井が固まった。


「…………お母さん?」


「はい」


 入ってきた女性は、どう見ても若い。


 柴田と並んでも、母親というより姉に見える。


「忘れ物」


「ありがとう」


 酒井が恐る恐る尋ねる。


「あの、柴田さん」


「はい?」


「こちら、お母様?」


「養母です」


「……養母」


「事情がありまして」


 酒井はゆっくり頷いた。


「そうなんですね」


「はい」


「全部説明がつくんだ……」


「何がです?」


「こっちの話です」


 野崎も女性を見る。


「ずいぶん若い母親だな」


 酒井が即座に振り返った。


「野崎さん、そこだけ普通に気づくんですね」


「見れば分かる」


「黒須の方から離れてくださいね」


「まだ言ってない」


「顔が言ってます」


     *


 さらに廊下から年配の男性が現れた。


「柴田さん、こちらの準備もできましたぞ」


 酒井の目が止まる。


 穏やかな笑顔。


 和文化に詳しそうな佇まい。


 やけに板についた口調。


「こちらは?」


 柴田が紹介する。


「昔からお世話になっている日下部さんです。今日は礼法のところを少し手伝ってもらっています」


「日下部……」


 酒井がぼそっと言う。


「格さん……?」


 日下部が首をかしげた。


「はい?」


「いえ、何でもありません」


 野崎が聞く。


「何か知ってるのか?」


「野崎さんは知らない側なんですね」


「何の話だ」


「それでいいです」


 日下部はにこやかに言った。


「皆さん、礼は大切ですぞ」


 酒井は天井を見た。


「“ですぞ”まで来た……」


     *


 午後は折り紙だった。


「今日は兜を折ります」


 柴田が言う。


 酒井はもう何も言わなかった。


 チョッキーが金色の折り紙を選ぶ。


「ワタシ、将軍♡」


「はいはい」


 チンギスの兜は途中から船になった。


「先生、これ違います」


「うん。だいぶ違う」


 ノコルは裏表を間違えた。


 ドラムだけ異様にきれいに折っている。


「何で君だけ上手いんだよ」


「動画や」


「またか」


 野崎は教室の後ろで柴田を見ている。


 酒井が気づく。


「野崎さん」


「何だ」


「まだ黒須さんだと思ってます?」


「似てる」


「それだけ?」


「それだけだ」


「じゃあ今日はそれで我慢してください」


「何を我慢するんだ」


     *


 授業終了。


 柴田と五人のお手伝いが片付けを始める。


 若い養母も帰っていった。


 日下部も道具をまとめている。


 柴田が酒井に頭を下げた。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ。学生も楽しんでました」


「よかったです」


「次もお願いできそうですか?」


「もちろんです」


 柴田が少し考える。


「次回は、簡単な殺陣の体験もできます」


 酒井の顔が止まった。


「……増えた」


「安全な模擬刀を使います」


「そこじゃないんです」


「?」


 野崎が言う。


「面白そうだな」


 酒井が即座に振り向く。


「あなたは参加しないでください」


「なぜだ」


「公安が混ざると本当に訓練みたいになるからです」


     *


 柴田たちを見送った後。


 酒井は事務室へ戻った。


 新庄が書類を整理している。


「どうでした?」


「普通の人だった」


「でしょう?」


「でも、お手伝いが五人」


「イベントなら普通ですよ」


「若い養母」


「家庭の事情でしょう」


「日下部さん」


「礼法の先生ですよね?」


「妙なガラケー」


「古い携帯です」


「剣道、書道、折り紙」


「文化交流です」


 新庄は一つずつ全部処理した。


 酒井は頭を抱えた。


「全部説明つくんだよな……」


「当たり前じゃないですか」


「なのに、なんか違うんだよ」


 そこへ野崎が事務室へ入ってくる。


「酒井先生」


「まだいたんですか」


「柴田、本当に黒須じゃないのか?」


 酒井はゆっくり顔を上げた。


「野崎さん」


「何だ」


「もうそこ、どうでもいいんですよ」


「どうでもいい?」


「俺はいま、別の作品のことで頭いっぱいなんです」


「……?」


 新庄も首をかしげた。


 酒井はため息をついた。


「本当に、俺だけなのか……」


     *


 その時、電話が鳴った。


 新庄が受話器を取る。


「はい、○○日本語学校です」


 少し話す。


「はい。少々お待ちください」


 新庄が酒井を見る。


「酒井先生」


「何?」


「大野エミさんからです」


「エミ?」


「空港関係のことで、ちょっと相談したいそうです」


 酒井が固まる。


 野崎の目がわずかに動く。


「空港?」


 酒井は野崎を指差した。


「反応しない!」


     *


次回

第十六話

「エミ、別班に間違えられる」


「ジョージアには何のために?」


「航空会社の仕事」


「現地で誰と会った?」


「同僚」


「印象に残っているものは?」


「ワインとシュクメルリ」


酒井

「だから普通なんですよ!!」


    制作・著作

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 TBS(ではない)

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別班に間違えられた人々 シーズン2 根岸大河 @nisesaku39

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