主人公は子どもの頃から「ちょっと抜けた子」、有り体に言えば「阿呆」だと思われていた。彼女が「こうだったよな」と認識している事柄と現実と間にしばしば違いがあり、「何でそんな勘違いしてたの?」と笑われるという経験を繰り返してきたのだ。例えば「八代先生」という教師を、彼女は温和な地学教師だと思っていたら、友人たちはみな若い国語教師だと認識しており、現実にもその通りなのである。
お察しのとおり、これは勘違いなどといったレベルではない。主人公の脳ないし精神に重大な問題があるか、さもなくば現実の方がどこかの時点で改変されているのである。主人公は自分は阿呆なのかと思っていたが、じつは現実の方が変容し自分の認識と齟齬を来しているのではないかと気づく。
改変が起きた時点では、自分の記憶と現実の相違に違和感を覚える。そしていつの間にか「以前はそれはこうだった」という記憶をなくし、その違和を感じなくなっている。この一連の現象がどのようにして起こるのか。なぜそのようなことが起こるのか。主人公の観察と考察が本作の核である。そして考察の果てに主人公の身に起こることは、ぜひ本編で確かめてほしい。
ところで、評者はこの主人公と似たような体験をしたことがある。本に書いてあったことが自分の記憶では確かにAだったのだが、今読むとBになっている。どう考えても記憶と乖離しているのだ。そのうちAが何だったかわからなくなってしまい、最初からBだった気もしてくる。しかし最初の「自分の記憶と違う」という違和感だけは強烈に記憶している。本作に記された「現実がいつの間にか変容している」という怪現象は実は本当にあるのかもしれない。もっともその本を読んだとき、評者は深酒をしていたことはフェアネス確保のために付記しておく。
私自身を『《阿呆》である』と認識しているため、タイトルに惹かれて拝読させていただきました。阿保であるため、読み違えていたとしてもご容赦いただきたい
最初の違和感はジャブのようにぶつけられます。一見コミカルな内容ですが、あれっ?と思わせてくる。記憶の【乖離】がその溝をどんどん大きく、深くしていく不気味さには思わず背筋が寒くなります。その先に待つ【抹消】の正体に近づくにつれ、自分と世界の関係について
「ぷつん」
私は、《阿呆》な人間だ。このノベルの結末を忘れてしまった。面白く、多くの人に読んでいただきたいと思っていたことは確かなのだが