第22話 我は死なり、世界の破壊者なり
宇宙空間に浮かぶ巨大な浮遊島群で形成された中立自由都市『アストラル・バザール』
無数の異種族魔法使いたちが集うその魔法自由都市からやってきた異星の商人は、自らの商業船を大マゼラン雲の辺境に位置する惑星バグラの静止軌道へと滑り込ませた。
商人は船窓から見下ろすバグラ本星の光景に深く満足していた。
かつては辺境の取るに足らない種族であったバグラ人が、どこか遠方の未開惑星から大量の「生体資源」を奪い取り、空前の好景気に沸いているという噂は誠であった。
「素晴らしい。これほどの珍品が揃っているとはな」
商人は本星の巨大な交易市場で、提示された大量の生体貨幣を検分しながら、目の前に並べられた異星の動物たちを眺めていた。
バグラ社会におけるあらゆる価値の基準であり宇宙共通の取引媒体でもあるのは、生命維持と活動の源泉たる「濃度別栄養剤」であった。
この世界では通貨単位を『ガルナ』と呼び、その濃度と用途によって厳密に価値が定められている。
一円相当の価値を持つ一ガルナは、超希釈された透明な栄養液『セル・クリア』である。
最低限の生命を維持するためのもので、ほとんどはペットの飼育や末端の奴隷生物の維持に用いていた。
十円に値する十ガルナは、わずかに色のついた一般摂取用栄養液『ル・シロップ』。バグラ人が日常的に摂取する基本燃料である。
百円に値する百ガルナは、少し色の濃くなった高濃度ペースト『アム・ペースト』
千円に値する一千ガルナは、赤く発光する熱源血漿『カル・プラズマ』一般の調理用具や、住居の熱源生命体を約一週間使う程度のエネルギーを秘めている。
一万円に値する一万ガルナは、重油状の脂肪精油『ゾ・オイル』改造四足生物などの燃料補給に用いられていた。
十万円に値する十万ガルナは、翠色の高級髄液『ギ・マイロン』。飛行生物などに使う栄養剤であり、富裕層の間ではドレッシングとしても使われていた。
百万円に値する百万ガルナは、結晶化した星輝物質『ヴァ・クリスタル』宇宙空間での滞在用である。
一千万円に値する一千万ガルナは、深紫色の深淵重導素『ガル・エーテル』宇宙空間の移動燃料として機能する
そして、一億円に値する一億ガルナの価値を持つのは、極限まで圧縮された時空歪曲核液『カー・コア』彼らが空間湾曲装置を動かすための極めて高価値な燃料であった。
アストラル・バザールの商人は今回、地球から掠奪されてきた珍しい動物たちに着目した。
豊かな乳を出す「牛」、肥えた肉を持つ「豚」、漆黒の硬質な甲殻と角を持つ「カブトムシ」、そして大洋を泳ぐ巨大な「クジラ」
どれもバグラ本星には存在しない貴重な標本であった。
「この動物たちをまとめて買い取ろう。代金として、計四千八百万ガルナ分の栄養剤を支払う」
大金を目にした、バグラ人の取引商人は大歓声を上げて同意した。
「いい買い物をした。アストラル・バザールへ持ち帰れば、さらに高く売れる」
商人は自船の保管区画に地球生物たちを収容させると、満足気な笑みを浮かべて惑星バグラを離れた。
船が静止軌道を離れ、バグラ本星の周回軌道上にある検問所で持ち物の検査を受けていた時であった。
「船主、検問所のスキャナーに異常な反応があります」
通信士が焦った声を上げた。
商人が観察窓に目をやると、検問所のバグラ人兵士たちが慌ただしく動き回っていた。
深宇宙の彼方から、減速しない飛翔体群が迫っていた。通常の引力推進であれば、惑星に近づくほど重力場との相殺で減速するはずであった。
しかしその飛翔体群は後方に高熱の火をまといながら、凄まじい速さで近づいてくる。
慌ててバグラの大気圏防衛部隊が止めようと迎撃弾を放ったが、あまりの速さのために捉えることができず、そのまま通してしまう結果となった。
その頃、惑星バグラの地上は凄まじい活気に満ちていた。
豊かになったバグラの本星には、巨大生物の骨やキチン質、鱗、脱皮の加工などで組み上げられた大規模な建築物のビル群が立ち並び、バグラ人の子供や親たちがひしめき合っている。
そんな中、突然ビルの外壁を覆う網膜映像に緊急放送が流れた。
『惑星に高速飛翔体接近中。隕石の可能性があるため衝撃に注意せよ』
街のバグラ人たちが空を見上げると、映像画面が切り替わり、無数の高速飛翔体が降下してくるのが見えた。しかし、地上に届く前に、飛翔体から無数の弾頭が突如として分離した。
「大気圏の圧に耐えられなかったのだな」
バグラ人たちはそう考えた。しかし、それが地上に到達する前に、空中でそれらは一斉に弾け、一切の音を置き去りにして世界が白い光に塗りつぶされた。
宇宙空間で見ていたアストラル・バザールの商人は、目の前の光景を呆然と眺めることしかできなかった。
やがて熱線と爆風が収まった。
爆風や熱が終わった地上では、意外にもほとんどのバグラ人が生きていた。彼らは生まれながらにして強化材料などを摂取していたため、爆風や熱に対して異様な耐性を持っていたのだ。
しかし、軍事基地で恐ろしい異常事態が起きる。
基地の中心にある巨体、生体母艦『ガル・ヴァ・ゾム』が突如として凄まじい悲鳴を上げた。
「なぜだ、なぜ抗体が血管の中に存在しない。どうなっている」
整備士が悲痛な声を上げながら、抗体増加薬の注射を大量に打ち込んだ。
それでも抗体は一向に増えない。
その時、整備士自身にも異常が起きた。全身が徐々に激しく痛み始めているのだ。
慌てて他の整備士たちが自己診断を始めるが、彼ら自身の体内からも抗体が存在しなくなっていた。
バグラ人には理解できなかった。
放射線が彼らの体内の免疫系を完全に焼き尽くしていたのだ。
さらに不思議なことに、本来の惑星バグラには微生物やウイルスなど存在しなかった。
しかし、地球から帰還した生体母艦や兵器には、地球の病原体がびっしりと付着していた。
北朝鮮や各国の生物兵器、そして大気中にいたウイルスが、抗体を失ったバグラ人の体内へと一気に侵入した。
それに気づかぬまま、苦しむ整備士たちが街へ出ると、感染は爆発的に広がっていった。
アデノウイルス、スペイン風邪、ライノウイルス、そして恐ろしい生物兵器である天然痘ウイルス、ペスト菌、野兎病菌、炭疽菌。
人々が次々とさまざまな恐ろしい症状にかかり、街中で倒れていった。
求めていたはずの生物に体を貪られているとは、まさに皮肉である。
事態の深刻さに気づいた学者たちが、種族の存続をかけて次世代耐性幼児を専用の容器で緊急出産させようとした。しかし、放射線によって遺伝子が破壊されていたため、生まれてくるのはどれも奇形児ばかりであった。
外にいる野生生物や乗り物、さらには家庭用の生体器具に至るまで、あらゆる生物が体に異常をきたしていた。
原因は放射線であった。
しかし、バグラ人がそんな概念を知るはずもない。
放射線はバグラの生体インフラに対し、まるで強烈なEMPのような効果を発揮した。すべての乗り物は封鎖されて動かなくなり、次世代の幼児も産めない、そして人々は凶悪な病気にまみれている。
まさに完全な詰みであった。
宇宙からその惨状を眺めていたギドラ人が、無防備になったデータセンターなどを襲撃して情報を奪い取っていたが、もはやバグラ人たちには動ける力すら残されていなかった。
自分たちの文明が滅びていくのを、ただ眺めることしかできない。
そして一ヶ月もたたないうちに、バグラの文明は完全に滅び去った。
宇宙の舟足からその末路を静かに眺めていたアストラル・バザールの商人は、地球から買ってきた牛や豚の鳴き声を聞きながら、静かに呟いた。
「バグラ人は、一体どこの恨みを買ってしまったんだ」
後書き
核兵器はやはり最終兵器という位置づけが一番ふさわしいと思います。
バグラ人に関しては他惑星に行っていた商人
などが少し生き残っている程度です。
マゼラン連合とか、どういう反応をするのかを考えています。
次回お楽しみに〜
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