『ぎゃくたいにっき』。
この題名を見て、正直、読むのを少しためらいました。
きっと、つらくて苦しい物語なのだろう、と。
確かに、胸が締め付けられる場面があります。
簡単に「わかる」なんて言えない日々が描かれています。
けれど、読み進めるうちに、予想もしなかったことが起きました。
……笑ってしまうのです。
愛情が暴走気味のお母さん。思わず吹き出してしまう夫婦のやり取り。
何気ない日常の中で繰り広げられる、賑やかで、ちょっぴりおかしな出来事の数々。
なんだろう、この家族。
なんて不器用で、なんて愛おしいんだろう。
生まれつき声を出せない少女・ねむ。
妹を大切に想う兄・葵。
そして、二人を愛してやまない両親。
決して平坦ではない日々の中にも、笑顔があり、喜びがあり、かけがえのない幸せがあります。
だからこそ、何気なく綴られたたった一行に、思いがけず胸を突かれることもあるのだと思います。
嬉しくなったり、切なくなったり、時には「ちょっと待って!」と声をかけたくなったり。
気がつけば私は、遠くからこの家族の毎日を見守るような気持ちで、次の日記を開いていました。
日記という形式だからこそ伝わる、その時、その瞬間の飾らない感情。
そして、読み進めるほどに、もっとこの家族のことを知りたいと思わされるのです。
この作者様は、家族の歩みを決して綺麗事だけでは終わらせません。
でも、苦しさだけの物語でもないのです。
だから、題名だけで通り過ぎてしまうのは、あまりにも惜しい。
ねむは、これからどんな世界を見つけていくのでしょう。
葵は、どんなお兄ちゃんになっていくのでしょう。
そして、この家族は、どんな日々を重ねていくのでしょうか。
あなたも、香椎家の扉をそっと開いて、この家族の歩みを見守ってみませんか?
この作品は、生まれつき声を出せない娘の成長を、母親が日記に綴っていく形で描かれた、家族の愛情と葛藤を巡る現代ドラマです。
娘のねむは、幼い頃からさまざまな医療的ケアを必要としています。母親の麻奈は、そんな娘を守ろうと懸命に努力しますが、思うようにならない育児や将来への不安に、ときには自分自身を見失いそうになります。
特に印象的なのが、子どもを愛していることと、その子の気持ちを理解していることは、必ずしも同じではないという点です。守りたいという思いが強いからこそ生まれる葛藤や、親としての未熟さまで隠さずに描いているところに、作品の深みを感じました。
また、妹を大切に想う兄の優しさや、家族の何気ない日常にも温かさがあります。日記という形式だからこそ、母親の喜びや後悔、時には弱音までが素直に伝わり、親子が少しずつ成長していく姿にも説得力があります。
決して綺麗事だけでは語れない家族の愛情や、親子の葛藤と成長を丁寧に描く人間ドラマが好きな人にはおすすめの物語だと思います。
痛ましく、悲しく、切実な日々の中で、ほんの一瞬の笑顔を必死に抱きしめようとする母の胸の内が描かれた日記です。
特別な子どもを育てることの過酷さは、たやすく想像できるものではなく、軽々しく想像することすら失礼にあたるかもしれません。ですが、作品を読み進めるにつれて少しでも理解を深め、見守る立場としてそっと隣に寄り添うような体験ができました。
この日記には、始まりの恐怖や苦しみ、天使と悪魔を行き来する新生児期の戸惑いから、一歩間違えれば命に関わる実存的な危機に直面して心が擦り減っていく姿、そしてほんの一瞬の幸せと温もりに支えられて再び立ち上がる母の姿が克明に描かれています。
「七歳までは神のうち」。
しかし、そう簡単に神様へと手放すわけにはいかないのです。