第5話 括弧の中の母
『人は、大切なことほど、文章の外側に置いてしまう。』
旧校舎から戻るころには、窓の外はもう暗くなっていた。
箪笥から出した写真箱を居間の机へ置くと、そこだけ十五年分の時間が積み上がって見えた。真帆は蓋を閉じ、代わりに押し入れの奥から次の箱を引き出した。
側面に「日記」と書かれている。母の字だった。
中には、同じ大きさの手帳が十二冊入っていた。表紙の色は年ごとに違ったが、角の擦れ方はよく似ている。最も古い一冊は十年以上前のもので、最後の一冊は今年の日付まで続いていた。
真帆は新しいものから開いた。
四月十二日。晴れ。通院。帰りに豆腐と葱を買う。
四月十三日。午後から雨。航平から電話。
四月十四日。毛布を一枚洗う。よく乾いた。
どの頁にも、起きたことだけが並んでいた。嬉しかったとも、寂しかったとも書かれていない。病院で何を言われたのか、航平と何を話したのかもない。天気と買い物と電話が、同じ重さで一日を閉じていた。
母らしい、と真帆は思った。
電話でもそうだった。「今日は何をしていたの」と尋ねれば、買った野菜の名前は答えるのに、その日どう感じたかは言わなかった。真帆も深く聞かなかった。事実が分かれば、母の暮らしを知ったつもりになれた。
頁の端には、ときどき小さな訂正があった。「晴れ」を二本線で消して「曇り」へ直し、買い物の日付を一日ずらしている。事実だけを書くのなら、母なりに正確であろうとしていたらしい。
真帆は赤いペンを持つ自分の指を思い出した。間違いを残さないところだけは似ている。違うのは、母が感情を書かないと決めていたのか、それとも書きたくても言葉にできなかったのか、今となっては確かめられないことだった。
一冊目を閉じ、古い年の手帳へ手を伸ばす。真帆が青嶺市で仕事を始めて三年目のものだった。
一月三日。真帆から年賀状が届く。
それだけだった。
頁の下半分は白い。新しい職場に移ったことも、慣れない住所を何度も確かめて書いたことも、葉書の写真を選ぶのに迷ったことも、母は知らない。その空白に、真帆は当時の自分の事情を並べそうになり、やめた。
書かれていないのは、母の側の言葉だ。
夜が深くなるにつれ、窓ガラスに小さな音が増えた。雨ではなかった。乾いた爪の先で、遠慮がちに硝子を叩くような音だった。
真帆が顔を上げると、窓の外に黒い曲線が二つ浮かんでいた。
向かい合った細い弧が、隙間から室内をうかがっている。真帆が立つより先に窓の合わせ目を抜け、紙片のように回りながら机へ降りてきた。
( )
括弧だった。
二つは離れたまま、開いていた日記の上へ落ちた。左の括弧は「真帆から年賀状が届く」の後ろへ、右の括弧は頁の余白へ滑った。見えない一文を挟むような位置で止まる。
すると、何もなかった紙の上に、薄い文字が浮かび始めた。
(航平にも見せてやりたい)
鉛筆より淡く、インクより柔らかい文字だった。母の筆跡に似ている。けれど、紙に書きつけられた跡はない。光の角度を変えると消えそうになり、日記を机へ戻すとまた現れた。
真帆は指で触れなかった。
別の頁を開くと、括弧もついてきた。
六月二十日。航平から電話があった。
二つの曲線がまた見えない一文を挟む。余白に、また薄い文字がにじんだ。
(真帆のことを聞きたそうだった)
胸の奥で、十五年間動かなかったものが小さく軋んだ。
聞きたそうだった。聞いた、ではない。母が話した、とも書かれていない。航平がどんな間を置き、どこで話題を変えたのかは分からない。それでも、母はその言いよどみを覚えていた。
別の年の同じ月には、航平が帰省した日の記録があった。
六月二十二日。航平、台所の戸を直す。夕方に帰る。
(真帆が小さい頃、この戸に指を挟んだ話をしたら、黙って笑った)
航平が何を思って笑ったのかは書かれていない。ただ、真帆のいない台所で、真帆の幼い日の話が一度だけ二人の間に置かれていた。
真帆は頁をめくった。
電話があった日。年賀状が届いた日。町で真帆と同じ名前を聞いた日。日記の本文は短いままなのに、括弧が見えない一文を選ぶたび、その外側に隠れていた言葉が現れた。
「二人とも元気でいる」
括弧が静かに閉じる。
(それだけでよい日と、それだけでは寂しい日がある)
真帆は息を止めていたことに気づいた。
母は、ただ待っていたのではなかった。何も言わず、何も望まず、穏やかに見守っていたわけでもない。二人が元気ならそれでよいと思う日もあれば、また姉弟で話してほしいと願う日もあった。母も、その二つの気持ちの間で揺れていた。
さらに頁を送ると、同じ日に真帆と航平の名前が並ぶ箇所があった。
十一月九日。午前、航平から電話。夜、真帆から電話。
(今日なら、お互いに電話をかけるよう、二人へ言えたのかもしれない)
母は、二人に電話するよう言えばそれで済むとは思えなかったのだ。
その次の頁には、括弧だけが現れた。
(言ったところで、二人は私のために話しただろうか。それでよかったのか、今も分からない)
母は仲直りの方法を知りながら黙っていたのではなかった。口を出すことも、待つことも、それぞれ別の傷を作るかもしれず、選べなかったのだ。
真帆はさらに古い日記を開いた。指が急いで頁を送る。
探している言葉があった。
真帆が出ていかなければ。
真帆があんなことを言わなければ。
母を残した。弟を傷つけた。帰らなかった。そう書かれている頁が一つでもあれば、自分が十五年間抱えてきたものへ正しい名前をつけられる気がした。
責められていたのなら、謝ればいい。許されないのなら、それを受け入れればいい。曖昧なままより、赤字の場所が決まっている方が楽だった。
だが、括弧が選んだのは別の一文だった。
九月八日。真帆から電話。仕事が忙しいらしい。
(真帆は、あの日のことを全部自分のせいにしている)
次の手帳では、航平から電話があった日の後ろに文字が現れた。
(航平も、真帆の名前を口にできない)
誰が悪いとも書かれていなかった。母は答えを知っていたのではない。娘にも息子にも言えないまま、二人が同じ場所で立ち止まっているのを見ていたのだ。
真帆は、自分が日記に判決を探していたことに気づいた。母が自分を責めていれば、被告の席へ座れる。かばっていれば、許された側へ移れる。どちらにしても、次に取るべき行動を母の文章に決めてもらえる。
それは、亡くなった母へ求めるには重すぎる役目だった。
真帆は日記から目を離した。
「どうして、何も言わなかったの」
誰もいない部屋で尋ねると、窓の括弧がわずかに揺れた。返事にはならなかった。
言ってほしかった気持ちは消えない。母から「電話しなさい」と命じられていたら反発したかもしれないのに、いまは、なぜ背中を押してくれなかったのかと思う。勝手な願いだと分かっていても、母の沈黙をすべて優しさへ直すことはできなかった。
最後の日記へ戻った。
母が亡くなる少し前の頁に、「真帆へ手紙を書く」とあった。日付の横には、通院と薬の名前が記されている。その下に、試すような筆跡で一行だけ続いていた。
真帆へ、あなたは悪くないと書いた。
窓辺に浮かんでいた括弧が、ゆっくりと頁へ降りた。
(その後に何を書けば、誰も悪者にせずに済むのだろう)
真帆は、母の手紙を引き出しから出した。
「あなたは悪くない、」
その読点の先へ、母も進めなかったのだ。
真帆はこれまで、この一行を自分だけに向けられた免罪の言葉として読もうとしていた。母は最後に娘を許し、続きをどこかへ隠したのだと。そう考えれば、手紙を見つけた自分には、見つけられない答えがあることになる。
だが、紙の上にあるのは、母がようやく書けたところまでだった。「あなたは悪くない」と伝えたい気持ちと、その一文だけでは家族を正しく書けない迷いが、一つの読点を挟んで同時に残っていた。
あなたは悪くない。航平が悪い。
あなたは悪くない。私が悪い。
どちらに続けても、家族の一人を文章の外へ押し出してしまう。では誰も悪くないと書けば、傷つけた言葉も、十五年の沈黙も、なかったことになる。
母は正しい続きを隠したのではなかった。見つけられないまま、見つけたふりをしなかった。
日記の最後の頁には何もなかった。真帆が表紙を閉じると、机の上の括弧がふっと消えた。
けれど、表紙の裏に一組だけ残っていた。
(真帆が、いつか自分の言葉で帰ってきますように)
閉じ括弧の後に、句点はなかった。
母が帰る道を用意していたわけではない。誰に何を言えばよいかも、いつなら間に合うかも書いていない。ただ、真帆が自分で言葉を選ぶ日を願っていた。
今夜の括弧が、母の胸の内をすべて写したとは思わなかった。何千日もあるのに、現れたのは数えるほどだった。
見えた言葉だけで母を作り直してはいけない。それでも、日記の外に迷った人がいた。
真帆は日記を箱へ戻した。母の手紙には触れず、机の引き出しから新しい便箋を一枚取り出す。
白い紙の上で、ペン先がしばらく止まった。
本文はまだ書けなかった。
それでも宛名を書く場所に、「航平へ」とだけ記した。
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