第24話 感染症(7)

1878年4月13日。


感染は、爆発的に広がっていた。


もはや花街だけの問題ではない。


その周辺にある長屋にまで、次々と患者が現れている。


一人。


二人。


三人。


そして、また一人。


死者の数も、まるで積み上げられるように増えていった。


「こちらにも患者です!」


「先生!隣の長屋でも倒れた者が!」


「水を!とにかく水を持ってきてくれ!」


街中の医師たちは、それぞれの医院を飛び出し、患者のもとへ駆け回っていた。


しかし――。


患者が増える速度が、あまりにも速い。


一人の医師が十人を診ている間に、さらに十人が倒れる。


治療を終えて次の家へ向かおうとすれば、また別の場所から呼び声が飛んでくる。


「先生!こっちです!」


「こちらにも!」


「助けてくれ!」


医師たちの手は、完全に足りなくなっていた。


警吏たちもまた、井戸の封鎖や患者の隔離、街中の見回りに追われている。


鉱山職員たちは蒸留器を動かし続け、味噌汁や吸い物として安全な水を配り続けていた。


それでも、病の広がりを止めるには至らない。


花街の通りを、一台の荷車が走っていく。


その荷台には、患者を運ぶための布団が積まれていた。


その後ろを、別の荷車が続く。


そして、そのさらに後ろから――。


「また患者だ!」


誰かの叫び声が響いた。


街には、消毒のための石炭酸の臭いが漂っている。


それでも、その臭いを押し切るように、病の気配は広がっていた。


人々は戸を閉め、外へ出ることを恐れる。


しかし、食料を買わなければならない。


水も必要だ。


仕事へ行かなければ生活できない。


人が動けば、また病も動く。


そして、その日の午後。


渋沢は、感染の原点ともいえる例の宿屋を訪れていた。


あの安田が命を落とし、高橋もまた生死の境をさまよった場所である。


部屋には、以前ほどの緊張感はなかった。


それでも、石炭酸の臭いはまだ残っている。


布団の中には、高橋が横になっていた。


顔はまだ痩せこけているものの、以前の土気色の顔色に比べれば、幾分か血色が戻っている。


傍らには女将が座っていた。


渋沢が高橋の顔を覗き込む。


「何とか治って何よりです」


高橋は苦笑した。


「先生・・・具合が悪いなんてもんじゃありませんでしたよ」


「そうでしょうな」


「もう、腹の中身が全部なくなったんじゃねえかと思いました」


高橋は力なく笑う。


「水を飲んでも、すぐ吐いちまう。身体は動かねえし、喉はからからだし・・・」


「それでも、よく耐えました」


渋沢は頷いた。


実際、高橋は体中の水分を失った。


渋沢たちが煮沸・蒸留した水を少量ずつ与えても、最初はほとんど吐き戻してしまった。


だが、女将が作った薄い粥だけは、ほんの少しずつ口にすることができた。


それを何度も、何度も繰り返した。


薄い粥と梅干しの漬け汁。


それが偶然にも、水分と塩分、そして米由来の糖質が、体中の水分を補う助けとなった。


一度に大量には与えない。


匙にほんの少し。


吐かなければ、また少し。


そうしているうちに、わずかながら身体に水分が戻っていった。


「女将さんが作った粥がなければ、危なかったでしょう」


渋沢がそう言うと、女将は静かに首を横に振った。


「私は、ただ粥を作っただけです」


「それでもです」


渋沢は粥を入れていた茶碗を見る。


「ふむ・・・」


高橋が布団の中から呟く。


「・・・あの粥、うまかったです」


「そうでしょうね」


女将が微笑む。


「自慢の梅干しですから」


「また食いたいです」


「元気になったら、いくらでも作ってあげますよ」


「・・・そりゃ、楽しみだ」


高橋は小さく笑った。


渋沢もまた、安堵したように息を吐く。


この部屋で、一人は死んだ。


そして、一人は生き残った。


「なぜ、粥を?」


渋沢は女将に尋ねた。


女将は少し黙ってから、高橋の方を見る。


「・・・最後だと思って」


「最後・・・?」


「ええ」


女将は静かに答えた。


「あの時の高橋さんは、もう安田さんと同じような顔をしていましたから」


「目は落ちくぼんで、頬はこけて・・・唇まで紫色になって」


女将は膝の上で手を握る。


「水を飲ませても、すぐに吐いてしまう。何をしても駄目なのかと思いました」


「だから・・・せめて最後くらい、宿のものを食べてもらおうと」


「それで、薄い粥を?」


「はい」


女将は小さく頷いた。


「ほとんど水みたいな粥です。あれなら、少しくらい口にできるかと思って」


「そこへ梅干しの漬け汁を?」


女将は少しだけ笑った。


「最後に食べるものなら、うちのものがいいと思ったんです」


渋沢は黙った。


そして、茶碗へ目を落とす。


あの時は、誰も知らなかった。


女将が「最後の食事」として用意した薄い粥が、高橋の身体に水分を与え、わずかながら塩分や糖分を補うことになっていたことを。


「・・・なるほど」


渋沢は静かに呟いた。


「最後だと思って作ったものが・・・」


高橋が布団の中から笑う。


「俺にとっちゃ、最後じゃなかったってことですな」


女将もつられて笑った。


「そういうことですね」


渋沢は二人を見つめる。


そして、ふっと表情を緩めた。


「ええ。それが一番です」


「最後の食事が、最後にならなくて本当によかった」


「女将さん」


渋沢が、ふと思い出したように口を開いた。


「もしよかったら、その粥の調理方法を、教えていただけませんでしょうか?」


「粥、ですか?」


女将は少し驚いた顔をする。


「ええ」


渋沢は頷いた。


「昨日、高橋さんが水を飲んでも吐いてしまったのに、その粥は少しずつ口にすることができた」


「それに・・・」


渋沢は茶碗へ目を向ける。


「もしかすると、あの粥には何か理由があるのかもしれません」


「理由、ですか?」


「はい。まだ私にも分かりません」


渋沢は正直に答えた。


「ただの偶然かもしれない。しかし、もし再び同じ病人が出た時に、同じものを作ることができれば――」


そこで一度言葉を切る。


「人を救えるかもしれません」


女将はしばらく黙っていた。


やがて、小さく頷く。


「そんな大したものじゃありませんよ」


「それでも構いません」


「では・・・」


女将は台所の方を指差した。


「米をよく洗って、水を多めにして炊きます。この間は高橋さんが何も食べられなかったので、かなり水を多くしました」


「なるほど」


渋沢は懐から小さな帳面を取り出す。


「それから?」


「米がほとんど溶けるくらいまで、弱火で炊きます」


「米が溶けるほど・・・」


渋沢は書き留める。


「はい。それから、最後に梅干しの漬け汁をほんの少し」


「どれくらいです?」


「ほんの少しです。味が濃くならない程度に」


渋沢の筆が止まる。


「・・・梅干しの漬け汁」


「ええ」


女将は頷いた。


「高橋さんには、それくらいしか口に入れられそうなものがありませんでしたから」


渋沢は書き終える。


そして、もう一度その粥を見た。


米。


水。


梅干し。


それだけの、ごくありふれたもの。


しかし、それが高橋の命を繋いだ。


「ありがとうございます」


渋沢は深く頭を下げた。


「いえ、私はただ・・・」


女将は困ったように笑う。


「最後に、何か食べさせてやりたかっただけですから」


渋沢は顔を上げた。


「・・・その『最後』が来なかった」


「ええ」


「それなら、もう十分です」


渋沢は帳面を閉じた。


「この粥を、他の患者にも試してみましょう」


女将は少し驚いた。


「こんなもので、ですか?」


「こんなものだからこそ、です」


渋沢は答えた。


「特別な薬ではない。どこの家でも作れる」


「それならば、病人が増えても、作ることができる」


そして、渋沢は立ち上がった。


「偶然で人が助かったのなら――」


「次は、その偶然を、皆で使えるようにしなければなりません」


———


一方、その頃、花街。


街の人々は、藁にもすがる思いであった。


病は日を追うごとに広がり、身近な者が倒れていく。


医者に診てもらう者。


井戸を避ける者。


そして、神仏にすがる者。


神社へ足を運び、お祓いを受ける者も少なくなかった。


「どうか、ころり毒が治まりますように・・・」


「家族だけは、どうか無事で・・・」


賽銭箱には、いつも以上に硬貨が投げ込まれていく。


ところが、その中に妙なものを持ってくる者まで現れた。


「これも一緒に、お祓いしてくだせえ!」


「・・・これは?」


神主が手に取ったのは、ラムネの瓶だった。


「ラムネです」


「なぜラムネを?」


「これを飲めば、ころり毒を寄せ付けねえって話で」


「・・・ほう」


誰が言い始めたのか。


いつ、どこから広まったのか。


誰にも分からない。


ただ、ラムネの炭酸と甘味が「ころり毒を追い払う」という噂だけが、瞬く間に花街を駆け巡っていた。


実際、これは科学的に半分正解であった。


ラムネを製造する際は、汚染されていない清浄な水を使う。


また、瓶は回収され、熱湯消毒してから再度ラムネを瓶詰めすることから、ある意味では最も綺麗な水分であった。


「炭酸が毒を消すらしいぞ!」


「甘いものは身体に力をつけるんだと!」


「だったら、毎日飲めばいいじゃねえか!」


かくして、町のラムネ屋には長蛇の列ができた。


「一本くれ!」


「俺にも!」


「売り切れだって!?」


「そんな馬鹿な!」


店主が慌てて瓶を並べている横で、さらに人が集まってくる。


そして――。


神社へ向かう人々の中には、ラムネの瓶を抱えて歩く者まで現れた。


「神様、これも一緒に頼みます」


「・・・お祓いするのは、ラムネですか?」


「念のためです」


神主は困った顔をしながらも、瓶を受け取った。


病に対する知識が乏しい時代。


人々は、医師の言葉にも、噂にも、神仏にもすがった。


そして、ラムネという舶来の飲み物まで――。


———


「ありがとうございます。そちらに置いてください」


菊池は、明治政府から届いた大量の木箱を指差しながら、置き場所を指示していた。


木箱には、異国の文字が記されている。


松戸井をはじめ、近藤と警吏隊の者たちまで駆り出され、次々と荷を運んでいた。


「これは何ですか?」


一仕事終えた松戸井が、額の汗を拭いながら尋ねる。


「随分と量がありますが・・・」


菊池は木箱を見ながら答えた。


「これは『サボン』というものだそうです」


「サボン?」


「ええ。渋沢先生に頼まれまして、東京へ電報を打ったんです」


菊池は少し驚いたように笑った。


「それが、もう届いた」


「東京からですか?」


「そうです」


「えらく早いですな・・・」


「政府も、それだけ躍起になっているのでしょう」


菊池の表情が引き締まる。


コレラ。


この病は、今や花街だけの問題ではない。


感染者が増えれば、町から町へと広がっていく。


現代であれば、適切な水分補給や治療を受けることで、コレラの致死率は大きく下げられる。


しかし、この時代には、そのための知識も設備も十分にはない。


ひとたび大規模な流行が起これば、死者が数え切れないほど積み上がることすらある。


だからこそ、政府も一刻を争っていた。


「フランスから取り寄せた物だそうです」


菊池は木箱の蓋を開ける。


中には、白っぽい塊がぎっしりと詰められていた。


「これで手を洗う?」


「そうです」


「石炭酸ではなく?」


「石炭酸とは違います」


菊池は一つを手に取る。


「イギリスでは、こうしたサボンを使って手を洗い、身体や衣服を清潔に保つ習慣があるそうです」


松戸井は木箱の中身を眺める。


「なるほど・・・」


「渋沢先生も、患者の世話をする者には、石炭酸だけに頼らず、こうした石鹸で手を洗わせたいのでしょう」


近藤も木箱を覗き込む。


「しかし、こんなに大量に・・・」


「足りなくなるよりはいいでしょう」


菊池は苦笑した。


「何しろ、今度の相手は人ではない」


「目に見えない上に、どこにいるかも分からない」


そう言って、菊池は石鹸を一つ握りしめた。


「だからこそ、目に見える汚れから、一つずつ片付けていくしかありません」


近藤が頷く。


「警吏隊にも配ります」


「お願いします」


「患者の世話をする者だけでなく、井戸の警備に当たる者にも使わせましょう」


「ええ」


菊池は木箱の山を見渡した。


東京から届いた、何箱ものサボン。


それは、この病と戦うために明治政府が送り込んだ、ささやかな援軍だった。


「さて・・・」


菊池は袖をまくる。


「これを、街中に配らなければ」


———


さっそく、警吏隊に荷車を曳かせ、街へ向かう。


荷車には、明治政府から届いた木箱が山のように積まれている。


その中身は、サボン――石鹸である。


近頃では、これを使って手を洗うことが病を防ぐらしい、という話が少しずつ広まり始めていた。


とはいえ、まだまだ珍しい品である。


「しかし・・・これを、どうやって配るんです?」


近藤が荷車を曳きながら尋ねる。


「まずは患者の看病をする者、それから医師や警吏隊でしょう」


菊池が答える。


「それだけでは足りません」


「では?」


「できるだけ多くの者に渡します」


菊池は荷車の後ろを振り返った。


「今まで石炭酸だけで何とかしようとしていましたが、手を洗うたびに石炭酸を使うわけにもいかない」


「それに、石炭酸は強い薬品だ。手を傷めます」


近藤は自分の手を見る。


石炭酸を扱う者たちの手は、すでに荒れている。


「なるほど・・・」


やがて、花街の大通りが見えてきた。


その瞬間だった。


「こっちだ!」


「味噌汁が来たぞ!」


「吸い物もある!」


通りの一角に、人だかりができている。


相変わらず、味噌汁と吸い物の配布所には大勢の人が押し寄せていた。


大鍋から立ち上る湯気。


鍋をかき混ぜる鉱山職員。


椀を手に、少しでも多く受け取ろうとする人々。


「押さないでください!」


「一人ずつです!」


「病人のいる家には、先に持っていってくだされ!」


あちこちから声が飛び交う。


そんな中、一人の男が必死の形相で配給所へ駆け寄った。


「せがれの分も頼む・・・!」


男は両手を差し出す。


「弱ってるんじゃ! 昨日からほとんど何も食べとらん!」


配給をしていた鉱山職員が、男の顔を見る。


「患者ですか?」


「まだ・・・倒れちゃいねえ!」


初老男は息を切らしながら答えた。


「だが、朝から何度も腹を下してるんだ。頼む・・・!」


職員は一瞬、周囲を見る。


配給できる量にも限りがある。


しかし、目の前の男を追い返すこともできない。


「分かりました」


職員はもう一椀、湯気の立つ味噌汁をよそう。


「ただし、一度に全部飲ませないでください。少しずつです」


「分かった・・・!」


男は椀を抱きしめるように受け取った。


「ありがてえ・・・本当にありがてえ」


深々と頭を下げる。


その光景を、荷車の上から菊池がじっと見ていた。


ほんの数日前まで、こんな光景はなかった。


ただの水を飲ませるだけで、民衆は嫌がった。


しかし、味噌汁や吸い物にすれば飲んでくれる。


「・・・人間というのは不思議なものですな」


松戸井が呟く。


「何がです?」


「同じ水でも、『消毒した水です』と言えば嫌がるのに、『味噌汁です』と言えば喜んで受け取る」


菊池は苦笑した。


「だからこそ、我々も工夫しなければならないのでしょう」


その時、荷車の木箱を見た一人の男が声を上げた。


「おい、それは何だ?」


周囲の人々の視線が一斉に荷車へ集まる。


菊池が木箱の一つを開ける。


中には、白く固められた石鹸が整然と並んでいる。


「サボンです」


「・・・さぼん?」


「手を洗うためのものです」


「石炭酸じゃねえのか?」


「違います」


菊池は石鹸を一つ手に取った。


「これで手を洗ってください」


「これで病が治るのか?」


「病を治すものではありません」


菊池は首を横に振る。


「病を広げないためのものです」


その言葉に、人々がざわめいた。


「手で病がうつるのか?」


「そういう可能性があります」


「じゃあ、何でも触っちゃいけねえのか?」


「だからこそ、手を洗うのです」


菊池は石鹸を差し出す。


「食事の前。患者の世話をした後。厠へ行った後。そして、外から戻った時」


「その都度、これで手を洗ってください」


人々は珍しそうに石鹸を眺める。


まだ、その価値を理解している者は少ない。


しかし――。


味噌汁を受け取る人々の列の横で、少しずつ石鹸を受け取る者も現れ始めた。


「・・・これで、本当に病が防げるんだな?」


男は手の中の石鹸を眺めながら、半信半疑で尋ねる。


「少なくとも、何もしないよりは遥かに良いでしょう」


菊池はそう答えた。


すると、どうだろうか。


「・・・俺にもひとつくれ」


「うちにも頼む!」


「あちきも貰っていくよ!」


先ほどまで遠巻きに見ていた人々まで、次々と荷車の前へ集まり始めた。


「家族の分も、もう一ついいかい?」


「もちろんです」


菊池が石鹸を手渡す。


受け取った者たちは、珍しそうにそれを眺めたり、鼻先へ近づけたりしている。


中には、さっそく近くの水場へ向かい、試しに手を洗ってみる者までいた。


「おお・・・泡が立つぞ!」


「本当だ!」


「こいつで手を洗えばいいんだな?」


「ええ。特に食事の前と、看病した時。そして厠から戻った後には念入りに」


「分かった」


人々の反応は、蒸留水の時とはまるで違っていた。


蒸留水を配った時には、


「熱い」


「こんな水は飲めない」


「井戸水の方が綺麗だ」


と、散々な反応だった。


ところが石鹸は違う。


口に入れるものではない。


水の味を変えるものでもない。


ただ、手を洗う。


それだけである。


しかも、使い方は誰にでも分かる。


「これなら家でも使えるな」


「病人の世話をした後にも使えるんだろ?」


「そうです」


菊池は頷いた。


「皆さんで使ってください」


石鹸を受け取った人々の顔には、どこか安堵の色が浮かんでいた。


目に見えない病を相手にする中で、ようやく自分たちの手でできることが一つ見つかったのだ。


菊池はその様子を眺めながら、静かに思った。


――なるほど。


人は、目に見えないものを恐れる。


だからこそ、目に見える形で対策を示すことが必要なのだ。


蒸留水は「何が安全なのか」を理解してもらう必要があった。


しかし、石鹸は違う。


汚れた手を洗う。


泡が立つ。


水で流す。


その行為そのものが、人々に「何かをしている」という実感を与えてくれる。


「・・・これは、使えそうですな」


菊池が呟く。


木箱の中には、まだ大量のサボンが残っている。


それを見た近藤が笑った。


「これなら、配るのに苦労はしなさそうですな」


「ええ」


菊池も笑う。


「むしろ、足りなくなるかもしれません」


その言葉通り、荷車の前には次々と人が集まっていた。


「俺にも!」


「あたしにも一つ!」


「うちの婆さんにも持っていってやりたい!」


蒸留水には背を向けた人々が、今度は自ら石鹸を求めている。


病との戦いは、少しずつ形を変え始めていた。

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