第7話:消えた特等席と、付かない既読

そして迎えた、お試し期間の最終日。


夕暮れに染まる帰り道を、私は綾瀬君と二人で歩いていた。


交わす言葉はいつも通り、他愛のないなんでもない会話ばかり。それでも本当に楽しくて、私はいつの間にか飾らない素の笑顔で笑っていた。この時間がずっと続けばいいのにと、心の底から願ってしまう。


けれど、無情にもいつもの分かれ道が見えてきて、私たちの足は自然と止まった。


「ここでお別れだね。今回は、本当にごめんなさい」


お試し期間という、私のわがままに付き合わせてしまったことへの罪悪感を口にすると、綾瀬君はいつものように穏やかに首を振った。


「いや、気にしないで。本当に楽しかったから」

「私もです。ここで一旦、私たちの関係は終わるけど……私は、また新しい関係を作っていきたいと思っています」


来週からは「お試し」なんかじゃない、本当の恋人として──。

真っ直ぐに想いを伝えた私に、綾瀬君は一瞬だけ寂しげに目を細め、それから優しく微笑んだ。


「約束は出来ないけど、そうなればいいね」


どこか遠くを見つめるような彼の物言いに、私が小さく首を傾げると、綾瀬君は私の目をじっと見つめて言葉を続けた。


「最後に、雪代さんは芯があり優しさもある。でも、時に優しさが勝ってしまう時があるようだ。相手のためを思ってあえて厳しいことを言うのも、大切な優しさ。それができるようになれば、更に素敵な女性になれると思うよ!」

「ありがとう! そういう見方もあるのね。分かった、私、頑張ってみる!」


「じゃぁ、さようなら」

「うん、さようなら」


彼と別れて家路につく私の胸は、明日からの希望で満ち溢れていた。完全に浮かれていたのだ。

綾瀬君が言った『最後に』という言葉。

引っかかるような、冷たい違和感を確かに覚えたはずなのに、その時の私は幸せな未来の想像に夢中で、すぐに頭から忘れ去ってしまっていた。


──次の日。


教室の綾瀬君の席は、もぬけの殻だった。


彼は体調を崩しがちで、時々学校を休むことがあった。だからその時は、さほど気にならなかった。明日言えばいいや。そんな風に軽く考えていた。


──その次の日も、彼は休みだった。


少しだけ胸がざわつき、スマホの連絡先を開く。『大丈夫?』とだけメッセージを送ってみたけれど、一向に既読が付かない。


──そして、金曜日。


またしても、彼の席には誰も座っていなかった。スマホのメッセージにも、未だに既読は付かない。


さすがにおかしい。焦燥感に突き動かされるようにして、私は1年生のフロアへと走り、妹の結菜ちゃんを訪ねた。けれど、結菜ちゃんの教室の席も空っぽだった。


兄妹揃っての欠席。頭の中が真っ白になって教室に戻った私に、杏奈が心配そうに駆け寄ってくる。


「ねぇ、大丈夫? 酷い顔してるよ?」

「今まで、3日も休んだことなんてなかったのに……。それに、全然既読が付かないの!」


私の震える声に、杏奈は真剣な表情で頷いた。


「今日の放課後、自宅に行って見る?」

「うん……ごめん、付き合って!」

「任せなさい!」


放課後、私たちはすがるような思いで綾瀬君の自宅へと向かった。


あの土曜日と同じ門をくぐり、祈るようにインターホンを押す。ピンポーン、という冷たい音が静かな住宅街に響くだけで、待てど暮らせど、中から誰かが出てくる気配は一切なかった。


「……家族全員で、どこかに行ってるのかもね。仕方ないよ、今日は帰ろう?」


杏奈が私の肩にそっと手を置き、慰めるように言う。


「うん……」


力なく頷くことしか、私にはできなかった。


そこからの週末は、地獄のような時間だった。

何度スマホを確認しても、画面の『大丈夫?』の文字の横には、既読の二文字がつかない。


不安と恐怖で、まともに食事が喉を通らなくなった。突然様子がおかしくなった私を両親がひどく心配して声をかけてくるけれど、今の私には、周囲を気遣うような心の余裕は一ミリも残されていなかった。

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