第14話 新規従業員採用
ノルマ通達から数日後、フィリシアがまとめた募集要項をもとに、新規従業員の採用活動が始まった。応募は思いのほか殺到し、書類選考を経て、最終面接に進む者だけでも相当な数に上った。月下温泉宿という職場の評判が、既に迷宮内の各所へ広がりつつあることの証でもあった。
「これだけ集まるとはな……募集要項、そんなに魅力的だったか?」
アルドが尋ねると、フィリシアは淡々と答えた。
「労働条件と待遇面を、迷宮内でも上位水準に設定しております。それに加えて、責任者様の労働環境への姿勢が、既に評判として広まっているようです」
「……俺の姿勢、ね」
「はい。無理を強いない方針は、ここで働く者たちにとって、何よりの魅力に映っているのでしょう」
選考の流れも、段階を踏んで丁寧に進められた。まず書類選考で人物像と適性を確認し、次に魔道具を用いた通信面接で、より詳しい人となりや意欲を見極める。そして最後に、直接顔を合わせての最終面接――今回、アルドと部門責任者たちが立ち会うのは、この最終段階だった。
「最終面接には、俺も同席する。各部門の責任者も、それぞれの候補者の面接には立ち会ってくれ。それと、これは念のためだが、採用はまず試採用からだ。その旨は、応募の段階で全員に伝えてあるな?」
「はい、募集要項に明記しております。一定期間の試採用を経て、問題がなければ正式採用となる旨、応募者全員が承知の上での応募です」
フィリシアの確認に、アルドは頷いた。段階を踏んだ選考であればこそ、双方にとって納得のいく結果に繋がるはずだった。
アルドの方針に、部門責任者たちは緊張の面持ちで頷いた。人を見る目には、それぞれの現場感覚が欠かせない。だからこそ、書類だけで判断せず、直接顔を合わせて確かめる場を設けたのだった。
面接開始を前に、控室では部門責任者たちがそれぞれ、確認すべき質問事項を最終調整していた。
「わし、実技を交えた質問にするつもりじゃ。口だけ達者な奴より、実際に手を動かせる奴を見極めたいでのう」
ドルグがそう言うと、隣でバルガも頷いた。
「自分も、とっさの判断力を見たいっす! 現場じゃ、頭で考えるより先に身体が動かなきゃいけない場面、結構あるんで!」
それぞれの部門ならではの視点が、既にこの段階から滲み出ていた。アルドはその様子を見渡しながら、頼もしさを感じずにはいられなかった。
面接会場となった一室に、最初の候補者が案内されてきた。温泉担当を志望する、若い海月族の女性だった。透き通った身体の縁が、緊張のせいか、僅かに淡く明滅している。
「緊張しなくていい。普段通りに話してくれ」
アルドが柔らかく声をかけると、隣に座るルーシャも、おっとりとした口調で続いた。
「温泉のお仕事、どうして興味を持ったのぉ?」
「昔から、水を扱う仕事に憧れていました。それに、この温泉宿の評判は、私の故郷にも届いています。誇りに思える職場で働きたい、と思いました」
真剣な眼差しでそう答える候補者に、ルーシャは満足げに頷いた。
「良い心構えねぇ。実務的な質問だけど、繁忙時間帯の対応で、心がけたいことはあるかしらぁ?」
「お客様一人一人のペースを大切にしながらも、全体の流れを見失わないことだと思います。焦って雑になるくらいなら、丁寧さを優先したいです」
的確な受け答えに、アルドとルーシャは思わず顔を見合わせた。
会計担当の面接では、ケントラが淡々と質問を重ねていく。応募してきたのは、几帳面な性格で知られる若い梟人の男だった。
「数字の扱いに間違いがあった場合、どのように対応しますか」
「まず即座に上長へ報告し、原因の特定を優先します。隠すことが一番の悪手だと考えていますので」
「良い回答です」
短くそう告げるケントラの表情筋は、ほとんど動かない。それでも、手元の評価表には、確かな高評価の印が刻まれていた。
調理担当の面接では、ドルグが候補者に実技を交えた質問を投げかけていた。
「この食材、どう調理する。時間は自由に使え」
差し出された食材を前に、候補者の若い狸の獣人が真剣な表情で手を動かし始める。ドルグはその手つきを、じっと観察していた。
「……ふむ、悪くない筋よ。仕上げの丁寧さも合格じゃ」
警備担当では、バルガが覇気のあるミノタウロスの候補者の受け答えに目を輝かせていた。
「何かあった時、真っ先にどう動く?」
「まず状況を把握し、被害の拡大を防ぐことを最優先します! その上で、応援を呼びます!」
威勢の良い返答に、バルガは満足げに頷いた。
「いいっすね、その心意気! 実技も見せてもらうっすよ!」
接客担当のミアウは、兎の獣人の候補者と向き合っていた。清掃担当のシーも、野ネズミの獣人の候補者を前に、それぞれの持ち場に合った視点で見極めを進めていく。ミアウは接客時の咄嗟の対応力を、シーは細部への気配りを、それぞれ重点的に見極めていく。誰もが自分の持ち場に誇りを持ち、それに見合う人材を探し求めていた。
全ての面接が終わった夕刻、アルドと部門責任者たちは、採用会議のため再び一室に集まった。
「まずは、各部門から評価の高かった候補者を挙げてくれ」
アルドの号令のもと、一人一人の評価が読み上げられていく。技能、意欲、そして現場との相性。多角的な視点から、活発な議論が交わされた。
「この子、実務経験はないですけど、伸びしろありそうですぅ」
「わしのとこは、この二人、どちらも捨てがたいのう」
議論は白熱したが、決して感情論に流されることはなかった。それぞれの部門にとって、本当に必要な人材かどうか。その一点を軸に、着実に採用者が絞り込まれていく。
「温泉担当は、あの海月族の子で決まりだな。実務面接での受け答え、抜きん出てたと思う」
アルドの言葉に、ルーシャも大きく頷いた。
「はい、あたしも同じ意見ですぅ。現場に出しても、すぐに馴染めそうな子でした」
「会計は、この梟人の彼で。誠実さが伝わってきました」
ケントラの評価にも、誰も異を唱えなかった。こうして、部門ごとに一人、また一人と、採用者の顔ぶれが固まっていく。
「よし、これで全部門の採用者が決まったな」
深夜近くまで及んだ会議の末、ようやく結論が出た。
「不採用となった方々への連絡は、通信用の魔道具を通じて、簡潔な文章のみでお願いします。詳細な理由の開示は控え、応募への感謝と、結果のみをお伝えする形にしましょう」
フィリシアの提案に、アルドは頷いた。誰かを不採用にするという行為には、どうしても心が痛む。だからこそ、余計な言葉を重ねず、簡潔に済ませるのが、双方にとって誠実なやり方だと感じられた。中途半端な理由づけは、かえって相手を傷つけかねない。
「文面は、こちらで一括して準備いたします。応募いただいたこと自体への感謝は、しっかりと伝わるようにいたしますので」
「頼む」
「試採用の連絡は、俺から直接する」
アルドのその一言に、フィリシアは僅かに目を見開いた。
「アルド様が、直接ですか」
「ああ。これから一緒に働く相手だ。最初の言葉くらいは、俺自身の声で伝えたい」
その心意気に、フィリシアは静かに微笑んで頷いた。
「承知いたしました。手配いたします」
翌日から、アルドは合格者一人一人に、魔道具を通じて直接連絡を入れていった。
「試採用が決まった。改めてよろしく頼む」
短い言葉の向こうから、緊張した声で応答する者、思わず歓声を上げる者――それぞれの反応が伝わってくる。中には、声を詰まらせながら「ありがとうございます」と繰り返す者もいた。その一つ一つに耳を傾けながら、アルドもまた、温かな気持ちを新たにしていった。
「本当に、俺なんかで大丈夫でしょうか」
そう不安げに尋ねてきた候補者に、アルドは迷わず答えた。
「大丈夫だから、採用したんだ。自信持って来い」
短くも力強いその言葉に、相手が息を呑む気配が伝わってきた。一人、また一人と連絡を重ねるたびに、アルドの声にも自然と熱がこもっていく。誰かの人生の新たな一歩を、自らの言葉で後押しする。それは、責任者としての重みを改めて実感させられる作業でもあった。
全員への連絡が完了したのは、それから三日後のことだった。初出勤の日、新たな顔ぶれが広間に整列する中、アルドは一人一人の顔を見渡しながら、静かに口を開いた。
見覚えのある緊張した面持ちが、そこかしこに並んでいる。自分自身がかつて、この場所で初めて従業員たちと顔を合わせた日のことを、アルドはふと思い出していた。あの時感じた戸惑いと期待の入り混じった感覚を、今、新人たちも同じように味わっているのだろう。
「今日から、共に働くことになる。歓迎する」
短い言葉だったが、その一言には、確かな重みが込められていた。
「この温泉宿は、決して楽な現場じゃねえ。だが、無理を強いるつもりもない。分からないことがあれば、遠慮なく先輩たちを頼ってくれ。そして、気づいたことがあれば、どんな些細なことでも構わない、遠慮なく声を上げてくれ。それが、この場所をより良くしていく力になる」
新人たちの表情に、緊張と共に、確かな期待の色が滲んでいた。
「俺自身、ここに来た時は右も左も分からねえ状態だった。それでも、周りに支えられて、ここまでやってこられた。だから、お前たちも安心して、一歩ずつ慣れていってくれ」
その言葉に、居並ぶ既存の従業員たちも温かい眼差しで新人たちを見つめている。ルーシャ、ケントラ、ドルグ、ミアウ、バルガ、シー――それぞれが、これから自分の部門を共に支えてくれる仲間の姿を確かめるように眺めていた。
「よし、それじゃあ早速だが、それぞれの部門に案内する。今日からよろしく頼む」
一人一人が、それぞれの部門責任者に連れられて、持ち場へと散っていく。緊張しながらも、その足取りには確かな期待が滲んでいた。こうして、月下温泉宿は、また新たな仲間を迎え入れ、次なる歩みを踏み出していくのだった。
次の更新予定
不死者による常闇迷宮五階層、月下温泉宿経営録 中間管理 @vjgoat486
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