第3話 王女暗殺-終

 時は少し遡る。


『……“不達”のギフト?』


『そう、不達。絶対に目的に到達しないっていう、因果律を操作する類の力さ』


 ジュードの気怠げな言葉とは裏腹に、シルヴィアとセバスチャンは重苦しい顔を見合わせた。 彼の言葉が本当ならば、冒険者協会がジュードを指名して送り出したのも頷ける。


『あまりに強力な能力ですな……つまり、貴殿を討とうとしても、事象が未然に阻まれる。貴殿の意思とは無関係に。その認識で相違ございませんか?』


『その通り。でも強すぎる力には必ず代償が伴うものだよ』


 ジュードはくたびれた革鎧の端をつまみ、自嘲気味に息を吐いた。


『その能力事象は俺にも該当する。例えば……俺は“技”を一切使えない。どれほど鍛えても、99%で止まるし、使おうとしても必ず失敗するんだ』


 その言葉に二人は目を開く。

 技とは、魔術、剣術、武術等を会得した者が扱うものだ。

 技を使えば、通常よりも強い力を発揮できる。

 少なくとも、Fランクの冒険者であっても基礎の技くらいは使えるはずだった。


 今回暗殺者が使ってきたものは武術の技の派生系。

 熟達した武芸者ならば皆持っている、この魔術蔓延る世界では必要な生き抜く力だ。


 それが彼には使えない。


『望みも叶わない。何かを成し遂げようとしても、完成に辿り着くことはないんだ。そういう人生を宿命づけられたんだよ、俺は』


 自分を貶めるように呟く少年の言葉に、シルヴィアは少しだけ胸を痛めた。

 彼が先ほどからどこか投げやりで、女の子相手にデレデレと鼻の下を伸ばすような態度を取るのも、そうした過酷な経緯があったからなのかもしれない。


『だから──』


 シルヴィアは少しだけ目を細め、悲しげな表情を浮かべた。まるで目の前の少年を憐れむように。


『だから、貴方の身なりはそうして……その、中途半端なのですか?』


 セバスチャンの鋭い視線もまた、少年の身の丈に合わない鎧や、皮の剥げた剣の柄へと注がれる。


『すごいな、姫様。一回説明を聞いただけでそこに気づくとはね。……まあ、最初は着こなしひとつ上手くいかないのが大変だったけど、今じゃもう慣れちゃった。このみっともない格好も、案外気に入っててさ』


 シルヴィアは呆れたように、けれどどこか優しく笑った。


『笑って言うことじゃないでしょ。要するに、どんなに頑張っても成し遂げられないわけでしょ? そんな不条理って……』


『物理的に世界から拒絶されてる。仕方ないんだ。昔こそ嘆いたが、今はもう割り切った。それに、これで食える飯もあるし、可愛い姫様の護衛なんて役得にも預かれたしな』


 語尾でへらりと笑い、スケベ心丸出しで鼻の下を伸ばす少年に、セバスチャンが小さく息を吐いた。

 だがシルヴィアには悲しい現実を見ないよう、言い訳をしているようにも聞こえた。


 崩れた姿勢のジュードをセバスチャンは溜め息混じりに言った。


『どちらにせよ、あまり欲しい力ではありませんな』


 少なくとも私は欲しくないものです。

 だが、と付け加える。


『……その呪いのような力が本当ならば、確かに暗殺者の刃も届き得ない。シルヴィア様を守る盾としては、これ以上ない理に適っておる』


『盾、ねぇ。せいぜい壊れないだけのデコボコの、形だけの盾だが、朝まで主人を守って立っててやるさ』


 ジュードは手持ち無沙汰そうに懐から硬い干し肉を取り出すと、齧りながら笑って答えた。


 ―


 そうして暗殺者を迎え撃ち、シルヴィアを救ったジュードたちは無事に朝を迎えた。

 崩壊した寝室を後にし、別室に用意された絢爛豪華な朝食が、シルヴィアとジュードを迎える。


 太った鳥丸々一羽の姿焼きに、見たことも聞いたこともない鮮やかな果物の数々。香ばしい焼き立てのパンと、湯気を立てるスープが長い卓上に所狭しと並べられていた。


「うひょー! すげぇ! 王族の食いもんと言えばやっぱ丸焼きだよな!」


「そ、そうなんですの……?」


 ジュードは目を輝かせると、鼻の下を伸ばしてごちそうに飛びつき、王女の目の前であることも気にせず素手で肉を千切って口へ放り込んだ。


「ジュード殿……ここは一応、王家の食卓で、姫の御前です。もう少し品のある食べ方を」


 セバスチャンは眉を顰めて抗議した。 しかしシルヴィアは静かに、


「別にいいじゃない」


 とジュードの所作を肯定した。

 ナイフとフォークを器用に動かして、王族らしい優雅な所作で肉を口に運んでいく。

 その意外な反応に、セバスチャンは驚きで目を開く。


「命懸けの仕事の後なのよ。美味しいものを食べる時くらい好きにさせてあげて」


 シルヴィアの言葉に後押しされ、餌を前に首輪を外された犬のように豪快に肉を噛みちぎるジュード。

 ジュワッと溢れ出た一番美味しそうな脂の乗った部位を口に運んだ瞬間、すぽんと指から肉が滑り落ち、皿の端へと転がっていった。

 結局、彼が口にできたのは少し焼き過ぎて硬くなった端肉だけだった。 それを見たセバスチャンが、破れた服を仕立て直した完璧な執事服姿で、静かに温かい紅茶を注ぐ。


「……一番食べたい美味しい部分ほど、お口に届かないご様子。因果律に作用するギフト……その強さは計り知れませんが、中々付き合いづらいものですな」


「うぐっ……言わんでくれオッサン。分かっていても悲しくなるんだ」


「ですがジュード殿。すべてが不達成に終わるのであれば……『姫様を無事に守り切る』という貴殿の目的もまた、達成され得ないはず。なぜ昨夜、暗殺者の刃は届かなかったのか」


「ん? ああ、それは──」


 悔しそうに転がった肉を見つめながら、新しい肉を口に放り込むジュードに、シルヴィアはくすりと微笑んだ。


「別に良いじゃないセバスチャン。私は助かったのです。それに祝いの場ですよ」


「失礼致しました。おっしゃる通りですな」


 セバスチャンが深々と腰を折る。

 シルヴィアは、気にもしない様子で食事に夢中になっているジュードを見て、また微笑む。


「ふふ、にしてもマナーの悪さに見合った代償ね。でも安心なさい。どれだけ拒絶されても、食べきれないくらい料理は用意してあるわ。いくらでもチャレンジすれば良いでしょ」


 シルヴィアは細い指先で小さな果物をひとつ摘むと、ジュードの前の皿へと軽く放り投げた。


「朝ご飯にしては量が多いかもだけど」


「はは! このくらい冒険者からすれば足りないくらいだ。もっと持ってこーい!」


 ジュードは照れくさそうに笑いながら転がってきた果物を口へ放り込み、窓から差し込む眩しい朝光を眩しそうに仰いだ。

 自身の生を実感しながら、メイドたちに一人分とは思えない量の料理を運んでもらう。

 卓上に次々と並べられる料理を、彼はどんどん口へと運んでいった。

 まるでリスのように頬を膨らませながらも、次々と吸い込まれていくごちそうの数々。

 そのどれもが旬が過ぎていたり、ランクが一つ下の肉だったりと、王族の食卓にあるまじきミスが多発する。

 だが、ジュードがいつも食べる飯に比べれば、百倍美味しい食事だった。


 そんな中、ジュードの様子をジッと、どこかうっとりと眺めるシルヴィアにジュードが気づくのは、そう遅くはなかった。


「どうしたんだよ、俺の顔に何かついてるか?」


「いえ……興味本位でお聞きしますけど、貴方、任務前に私の身体を好き勝手する、みたいなこと言ってませんでしたか?」


「え!! して良いの!!?」


「いいわけないでしょ! で、ですが、後学のために具体的に何をしようとしていたのか伺っても……?」


「な、何を仰るのですシルヴィア様!」


 突然のシルヴィアの問いかけにセバスチャンが目をひん剥き、ジュードもまた驚きで目を丸くした。

 16歳年相応のスケベ心を全開にしたジュードは、デレデレと鼻の下を伸ばしながら喉を鳴らす。


「へへ、良いのかい? 俺の口から言うのも憚られる、とんでもびっくりど助平要求だぜぇ?」


「ご、ごくり……ですわ」


「これは一体何事です!? シルヴィア様! むぐぐ!? め、メイド達、何を──!?」


 力づくで止めようと筋肉で燕尾服を弾け飛ばしかけた隙を突き、メイドたちがセバスチャンを容赦なく羽交い締めにした。

 男っ気のなかったシルヴィアにそう言った年相応の関心が芽生えたことが嬉しいのか、あるいは単なる野次馬精神か。

 静まり返る食堂の中、ジュードは満を持して、顔を真っ赤にしながらその要求を口にした。


「て、手とか……握って良いかなって……」


「めちゃくちゃ控えめでしたわー!?」


 想像のはるか下を行くピュアすぎる要望に、シルヴィアもメイドたちも盛大にズッコけた。

 セバスチャンもまた、拘束されたままホッと深く胸を撫で下ろしている。

 なぜ全員が倒れ込んでいるのか理解できず、ジュードひとりだけがぽかんと首をかしげていた。


「あはははは! よし! ……今、決めましたわ!」


 突然腹を抱えて笑い出したシルヴィアは、何か吹っ切れたようにキリリと眉をひそめた。


「……? 何を」


 シルヴィアは腹を決めたように満足げに微笑んだ。

 そして、思い切り立ち上がり胸を張って叫んだ。


「貴方を私の夫にしてあげますわ!」


「「「は!!?」」」


 盛大に喉を詰まらせたジュードが、猛烈に咳き込みながら胸を叩いた。 セバスチャンが完璧な間で差し出した水を一気に噴き出し、ジュードはその突然の告白に顔を真っ赤に染めていく。


「そ、それって告白ってやつ、だよな!? おいおいマジか、俺にも春が来ちゃったのかー!? ……って待て待て落ち着け。それはつまりロイヤルジョーク、ってやつか?」


 一人で大騒ぎしながらも、必死に冷静さを取り戻そうとするジュード。

 王族からの告白など、本来なら考えられない事態だ。

 だが、ほんのわずかに考えられる可能性──いわゆる“命を救ってくれた勇者に惚れる”的なアレか? と妄想してしまうあたり、ジュードの経験の浅さが露呈しており、心とリンクした顔はどんどんその心境を露呈していく。

 だが、だらしない顔へと変わっていくジュードを見ながら、シルヴィアは楽しげに微笑んだ。


「ふふ、冗談に見えるかしら? わたくしは大真面目よ。暗殺者からわたくしを救い出し、守り切ってみせた男……これ以上ない夫の条件じゃない。それに、貴方がわたくしの隣にいれば、どんな災厄だって“届かない”のでしょう? それに――」


 誇らしげに胸を張っていたシルヴィアだったが、次第に頬を朱に染め、もじもじと視線を泳がせた。


「貴方のことが……す、好き……になったんですの」


 その瞬間、ジュードの頭の中に大音量で祝福の鐘が響き渡った。

 晴れ渡る青空、小さな教会、空へと羽ばたく純白の鳩。

 周りには二人を温かく祝福する執事とメイドたちが並んでいる。

 あのセバスチャンでさえ、感極まって大涙を流しながら拍手を送っている。

 赤い絨毯が敷かれた人生のヴィクトリーロードの先で待つのは、純白のドレスに身を包んだ麗しき女性だ。

 まばゆい金髪をまとめ、ベールの奥で微笑む絶世のロイヤル美少女シルヴィア。

 そっと差し出される薄桃色の唇。細い肩を引き寄せ、桜の花びらのようなその唇を目指して、ジュードがデレデレの顔で唇を突き出す──。

 そして数年後、誕生するビッグベイビー。

 腕に抱く愛しい我が子、優しく微笑む妻のシルヴィア、そして王冠を戴く国王ジュード。

 あまりにも完璧で輝かしい未来図が、瞬時に脳内を駆け抜けた。


「はい! もちろん俺も姫様のことが好──」


 姿勢を正し、何ならワンチャン今ここで熱い接吻を、と身を乗り出すジュード。

 だが、まさにその瞬間だった。


「誰が、誰を、好きだって?」


 重厚で圧倒的な威厳を孕んだ声が、二人の間に割り込んだ。


「へ?」「え?」「なぬ?」


 食堂に響くのは、豪快に解き放たれた扉の音。

 その先にいたのは、


「王──!?」

「お、父様……!?」


 踏み込んできたのは、絢爛豪華な王衣を纏い頭の上で輝く王冠。威圧感溢れる眼光を放つ人物──シルヴィアの父にして、この国の国王その人だった。


「いつの間にご帰還されたのですか!?」


 シルヴィアが顔を青ざめさせ、セバスチャンが即座にその場へ膝をつく。

 ジュードだけが突き出した口をそのままに、ポカンと目を丸くしていた。


「遠征から戻ってみれば、我が愛しき娘の寝室が爆破されたと聞き、よもやと思い急ぎ駆けつけたのだが……まさか娘の口から“好き”などという言葉が飛び出す場に出くわすとはな」


 国王の鋭い視線が、デレデレ顔の残るジュードへ一刺しに突き刺さる。

 部屋の温度が一気に氷点下まで下がったかのような圧迫感に、ジュードの背筋へ冷や汗が吹き出した。


「ひ、ま、まさか!?」


「貴様だな。娘を救ったという噂の冒険者は。娘の命を救ったことには感謝するが……先ほど何を口走ろうとしていた?」


「あ、いや……その、朝飯がめちゃくちゃ美味いという話を、ね、その、へへ……」


 ジュードは引きつった笑みを浮かべながら、じりじりと後ずさる。 あと一歩で手に入るはずだった“両想いの祝福”と“輝かしい未来”が、一瞬で音を立てて崩れ去っていく。


「そ、そんな! 今まさに私に好きと言いかけましたわよね!」


「おい姫様! 空気を読め! 頼むから今は口を滑らせないでくれ!」


「滑らせていませんわ! お父様、この者はわたくしの命の恩人で──」


「滑るも何も全て聞いておったわ!!」


 国王の一喝が食堂を激しく揺らした。

 彼の内側から溢れ出す光の波動が、瞬く間に部屋全体を包み込んでいく。

 眩い光芒が王の身体を覆い、まるで光そのものを纏ったかのように眩しく輝く。

“光纏う王”──それこそが、このシルニタリア王国を統べる国王ジオードの異名であった。

 王は凄まじい威圧感で部屋を揺らしながら、ジュードへと威風堂々たる一歩を踏み出す。


「まだまだ可愛いシルヴィアちゃんを、嫁に出すわけにはイカーーン!!!」


「ただの親バカかよ!?」


 国王の絶対的な拒絶宣告。

 だが、燦然と光り輝きながら、立派な髭を蓄えた初老の大男が大粒の涙を流すその惨状に、ジュードは思わず全身でツッコミを入れてしまった。


「我の目が黒いうちは結婚など許されると思うなー!!!」

「ぃっ!!??」


 王が腰の剣を天高く掲げた瞬間、眩い光の奔流が立ち上り、城の天井をあっさりと突き破った。

 破壊の光が牙を剥き、堅牢を誇る王城の天井が一瞬で吹き飛ばされ、大量の瓦礫が大音量を立てて降り注ぐ。

 本気の生命の危機を察知し、ジュードは喉がちぎれんばかりに叫んだ。


「ちくしょーー!!! またかよぉぉ!!」


 ジュードは躊躇なく窓ガラスを破り、そのまま外へ逃亡。

 後ろでは、なおも剣を振り下ろそうとする王を、メイドたちとセバスチャンが必死の形相で羽交い締めにしていた。


「ジュード様ーー!!」


 涙ながらに手を伸ばすシルヴィアの叫びを背に受け、ジュードはボロボロと情けない涙を流しながら、一心不乱に森の中を駆け抜けていく。

 そして思うのだ。

 ああ、またダメだった、と。


 ──世間には、彼を指し示す二つの称号が存在する。

 どんな難関クエストをも完遂してみせる最高峰の冒険者、“到達者ソロ・ワン”の、

 いかなる術も技も修得できず、何も成し遂げられない欠陥品でありながら、最多クエスト達成数を誇る“無能者ゼロ・ワン”。


 だが、彼を語る上で欠かせない、もう一つの“裏の異名”があった。

「女の子と付き合いたい」

「童貞を脱却したい」

 彼の内に秘められたその切実な願望こそが、因果律を歪め、難攻不落の任務を強制的に「不達成」の連鎖で突破させる絶対のトリガー。


 そして世界が救われ、任務が成就するということは──彼のささやかな悲願が潰え、その貞操が完全に守られることと同義であった。

 世界を救う代償として、永遠に愛を掴み取れぬ哀しき英雄。

 そう、彼の真なる二つ名とは──“童貞勇者”。




 ──後日、彼の口座には約束通りの報酬がしっかりと振り込まれていた。

 ただし、添付された受領書には一つだけ、血のような朱筆で恐ろしい書き置きが添えられていたという。


“次来たら問答無用で殺すぞい♡”

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