第0ヒロイン 王女との交際は不達成

第1話 王女暗殺-①

「……シルヴィア様。こちらが今回、貴方様の命を守ることになった冒険者でございます」


 豪華な一室。

 純白と金の刺繍が施されたドレスに身を包んだ金髪の少女、シルヴィア。彼女は青ざめた表情で震えていた。

 黒づくめの執事から差し出された書類を、彼女は指先で嫌そうにつまみ上げた。

 そこに記された経歴は、思わず目を疑う内容だった。


「……Fランク? 冒険者ランクの中でも最低じゃない! こんな最底辺の冒険者が暗殺を止められるっていうの!?」


 シルヴィアは怒りに任せて卓上を薙ぎ払った。

 高級なティーポットとカップが床で大きな音を立てて砕け、淹れたての紅茶が絨毯へ黒いシミを作っていく。

 執事は眉ひとつ動かさず、静かに破片へ視線を落とした。


「結界術に秀でた魔術師や、荒事向きの傭兵ではなく、なぜ冒険者なの! それも最低ランクの!」


「お気持ちは理解いたします。しかし、彼こそが今回の任務における最適解なのです」


 執事の淡々とした言葉に、シルヴィアは何かに気づいたように顔を上げた。


「まさか、ギフト持ち?」


「その通りでございます。ギフトの詳細は不明ですが、確実かと。なにせ彼は魔術も、剣技も、闘技も使えない、まさに最底辺にふさわしい冒険者ではございますが……彼が請け負った最高難易度の依頼は、ただの一度も失敗したことがないとされております」


「最底辺の冒険者なのに……?」


「はい。ゆえに、世界にたった七人しかいない称号、到達者ソロ・ワンのひとりとしても数えられております。まあ彼の場合、それが讃えられるべきものかは疑わしいですが……世間での通称は、無能者ゼロ・ワン。何もできない、何も使えない。無能にして不能。出来損ないの普通の少年。なのになぜか、彼ばかりが偉業をなす。そんな彼の名はジュード・フルストラ」


「ジュード……フルストラ?」


 シルヴィアの反芻するかのような反復に、執事は頷く。


「現代の勇者、とも称される到達者ソロ・ワンの中でも、暗殺護衛といった冒険者では中々任命されない仕事を率先して請け負い、そして実際遂行するという男です」


「ふーん……ま、それだけの男がFランクっていうのは、信じられない話だけど……何これ」


 そう言いながら、執事が差し出した書類――そこに添えられた男の写真の顔を直視し、シルヴィアは絶句した。


「ち、ちょっと待ちなさい! ニヤニヤして、鼻の下を限界まで伸ばして……どこからどう見てもただのスケベじゃないの!!」


 顔を赤らめて抗議するシルヴィアの言葉に、執事は残念そうに頷いた。


「左様でございます。ギルドの受付嬢に見惚れて、鼻の下を伸ばした瞬間を魔法写真に収められたそうで」


「ふ、不安だわ……! どうしようもなく不安だわ! さっきの経歴も嘘よ! こんな男がそのゼロワンなわけないわ! 他に候補はいなかったの!?」


 シルヴィアは怒りに任せて紙をくしゃくしゃに丸める。

 自分の命を任せる相手がただの変態スケベであると分かった時の絶望感は、想像に難くない。


「協会が是非にと、紹介してきた男でしたので……一応保険として屋敷の周りをベテラン傭兵達に護らせてはいます」


「私の部屋を護る人が重要なんじゃない! 私は今日死ぬのよー!」


 半狂乱になったシルヴィアは、そのままベッドに身を投げ出して泣き始める。

 かけるべき言葉を見失い、執事が思案に暮れていた、その時──。


「ちょっ、困ります!」

「頼むよ! 連絡先とかさー!」


 女性の甲高い声。扉の開く重低音。

 続いて、静止するメイドに鼻の下を伸ばしながらも、口説く少年の姿があった。


「チッダメか。……へぇーこれが姫様の部屋か。可愛いじゃん」


 そして、シルヴィアと執事にメイドは報告する。彼こそが、例の冒険者だと。

 すると、二人の視線がゆっくりと少年に向けられる。少年がひらひらと手を振った。


「……へへ、こんばんわ姫様?」


 重苦しい緊迫感が、一瞬で拍子抜けした空気に塗り替えられた。

 身の丈に合わないくたびれた革鎧に、あちこちの皮が剥げた長剣。

 少年──ジュードは、シルヴィアの華奢な体つきと豪華なドレスの胸元、そしてチラリと覗く生脚へあからさまに視線を走らせ、露骨に鼻の下を伸ばした。


「うっひょー……本物の姫様だ。マジで金髪ぐるぐるのお嬢様じゃん……! 最高だぜ、テンション上がってきたー!」


「な、何よその下品な目は! セバスチャン! やっぱりダメよこんな奴! 私を護衛する前に私が襲われるわ!」


「へへ、分かってるじゃん。そうだよ? 俺はさ、従来の報酬だけじゃあない。命を握られたアンタを救う弱みに付け込んで、とんでもない要求をしちゃうのさ!」


「な、ななな」


 シルヴィアは惨憺たる想像を巡らせる。

 自分の高貴な身体を弄ばれてしまう場面を。

 しかし、このままでは暗殺者に命を刈り取られる結末は免れない。

 顔を真っ赤にしてシルヴィアは指差した。


「そ、そんなこと許されるわけありません! そもそも貴方が本物の無能者ゼロ・ワンかなんて──」


「エニア都市魔人陥落事件」


「「……!!」」


 ジュードが気怠そうに呟いたその言葉に、シルヴィアと執事──セバスチャンは息を飲んだ。


「お、さすがに知ってる? ま、俺が扱ったトピックの中でも有名な奴だしな」


「あ、あの都市を崩壊寸前まで追い詰めた魔人を……まさか、あんたが……!?」


「へへ、すげぇだろ? あとは盗賊による子供五十六人誘拐も助けたし、S級汚染地域の浄化作業とかもしたなぁ。どれもこれもバカみてぇにむずくてさぁ、あの苦労は今でも忘れらんないね」


 少年はしみじみと語る。

 彼が並べた事件はどれもこれもが一度は国で噂になるようなものばかりだ。

 それをクエストとして冒険者がクリアしたとは聞いていたが、それがまさか目の前の男とは。

 シルヴィアも執事も少年を見る目を変えた。

 だが、そのどんよりと彼の周りを纏うオーラに、信頼よりも不信感の方が募っていく。


「セバスチャン!! こんなやつが私を守れるっていうの!?」


「で、ですが、経歴上では確かに……。貴様、証はあるのか?」


「ん? ほら、冒険者の登録証」


 少年が懐から適当に放り投げたのは、確かにFランクの冒険者が所有する安っぽいギルドカードだった。セバスチャンがそれを術式のかけられたクエスト用紙に照らし合わせると、受注を裏付けるように用紙が青い炎を上げて燃え尽きる。


「どうやら……本物のようですな」


「なおさらダメよ!! こんななよなよニチャニチャしたやつがどうやって私を守るっていうのよ! ゴブリンにさえ食われそうだわ!」


「ひ、酷い暴言だな……だが面が良い奴の罵倒は効くぜぇ」


 なぜか嬉しそうに頬を染めて震えているジュードを見て、ますます青ざめて震え上がるシルヴィア。

 その様子を何とか収めるように、セバスチャンが付け加える。


「で、ですが、先ほども申し上げたように冒険者協会からのお墨付きでございます。……適任者を、と莫大な金額を提示して即決されたのが彼なのです」


「事実と相違があるわ! こんなやつが最高難易度クエストを成功させたなんて嘘に決まってる!」


 シルヴィアの反応も無理はない。

 彼女も王女として、多くの猛者を見てきた。

 その猛者達と比べれば、ジュードの放つ圧は皆無に等しい。

 強者のオーラとも呼ぶべきものが存在しないのだ。

 そして何より、鼻の下を伸ばしたその助平な顔が気に障った。

 だからこそ必死に抵抗していたのだが──。


「はは……やっぱりオーラねぇよなぁ、俺」


 あからさまにジュードはしょげた。

 まったく悪びれる様子もなく、どこか他人事のようにうだつの上がらない笑みを浮かべる少年。

 シルヴィアは苛立ちを隠せない。

 だが──ある意味で、その姿は噂通りだとも感じた。

 無能にして不能。出来損ないの少年、という言葉を当てはめるにはピッタリな存在感の薄さと軽薄さだった。

 そんな彼の様子に少しだけ湧き上がる罪悪感。


「そ、そんな顔されても、命を預けるのですから……相応の力がわからないと……」


「難しいなぁ……そういうの向いてなくてさ俺」


「向いてない? そんな言い訳──!」


「言い訳なんかじゃない。だから俺が来たんだ。俺が来た以上、姫様は絶対殺させないし、死なないよ」


 シルヴィアは息を飲んだ。

 先ほどまでへらへらと下から覗き込むようだった青年が、仕事の話になった途端、底知れない瞳で自分を見つめ返してきたからだ。


「安心して。俺がいる限り、君が死ぬのは千里先だ」


 男の自信に満ちた表情、瞳、立ち振る舞い。

 そのギャップに困惑した直後。


「ふぬぅぅぅぅぅぅぅっっっっんっっっ!!!!」


「げぇぇぇぇっ!? 突然どうしたおっさん!?」


 静寂を破り、シルヴィアの信頼する執事セバスチャンの燕尾服が内側から弾け飛んだ。

 異常なほど鍛え上げられた己の筋肉によって。


「何事ですか!? セバスチャン!」


「ならば試せば良いでしょう。不肖このセバスチャン、かつて三大武闘流派猛虎流の門下に席を置いた身。武術の心得は常人以上にございます。いざ!」


「ま、待って!? 嘘だよね!?」


 セバスチャンの踏み込みが空間を揺らす。

 拳がジュードの頭部へ向かって目にも止まらぬ速さで突き出され、ソレをジュードが華麗に止める──はずだった。

 ピキリ、と大気が凍りつくような異様な違和感にセバスチャンの髭が反応し、限界まで細められたセバスチャンの目が開眼する。

 セバスチャンの拳は、ジュードの鼻先数ミリのところでピタリと止まっていた。

 いや、止めざるを得なかった。

 セバスチャンの額から、一筋の冷や汗が垂れる。

 今この拳を突き出していれば――。


「じょ……じょーだんじゃない……三途の川が見えた……」


 ジュードはガタガタと全身を震わせながら、まるで駆け出しのへっぽこ冒険者のように縮こまっていた。

 そしてその醜態は、セバスチャンの経験則と直感を裏付けるように、ひとつの恐ろしい結論を導き出していた。


「今……私が止めなければ、ジュード殿、貴方は死んでいましたぞ」


 セバスチャンは浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと拳を引き抜いた。

 その顔面は蒼白に染まっている。

 人を殺しかけたことではない。

 この程度の実力者が暗殺を止められるわけがない、という絶望にだった。


だろうね・・・・。さっきも言ったけど。無理なんだそういうの」


 だが、震えがようやく収まったのか、ジュードは深いため息をつくと、再びガタのきたソファーへ無造作に腰を下ろした。


「俺のギフトは、試すとか出来ないの。特に力量を測るなんて、絶対に」


「ふむぅぅ……」


 セバスチャンは破れた服の隙間から胸を押さえ、荒い息を整えた。

 あの結果を垣間見ては、どうしても不安が残る。


「であれば、私もこの部屋でせめてもの助力を──」


「それもお勧めしない。というか断る」


 ジュードはソファから立ち上がり、二人を見据えた。

 先ほどまで怯えていた少年とは思えない眼力。

 拳を突き出して相まみえたセバスチャンにしかわからない、その不可解な空気。

 彼は確かに、同じ人物で同じ力量のはずなのに。

 無能で弱いはずなのに、どこか恐ろしいほどの説得力があった。

 自身の力不足を痛感し、手首をさするセバスチャン。

 だが、少年の口から飛び出した次の言葉に、二人は同時に目を剥いた。


「おっさんがこの部屋に入れば、暗殺は必ず成功する。暗殺阻止に必要なのは、この部屋に──姫と俺の二人きり。それが条件だ」



☆☆☆☆☆☆


 読者の皆様。

 数多ある作品の中から、この物語を選び、お読みくださり、誠にありがとうございます。

 もし少しでも読者の皆様方の、「ここが好き」や「よかった」と感じた点がありましたら、一言でも感想をいただけると、嬉しいです。

 作者のモチベーションに繋がります。

 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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