ダンジョン最深部に置き去りにされた荷物持ちの俺、絆で貯まるSPで【迷宮改変】していたら、世界から《魔王》認定されました

ごまだんご日和

第1話 荷物持ちは、最深部に置いていかれた

薄暗い岩壁を、青白い魔力灯の光が滑っていた。


最難関ダンジョン《奈落》、第九十七階層。


そこを進む五人組の探索者パーティー《ASTRA》は、今や日本で知らない者のいない人気チームだった。


「右から来る! 蓮司、三秒後!」


「分かってる!」


先頭を走る神崎蓮司が、振り返りもせず剣を抜く。


刹那、暗闇から飛び出してきた黒い獣の首へ、青白い雷光が一直線に走った。


轟音。


弾けた雷が洞窟を昼間のように照らし、巨大な魔物が地面へ崩れ落ちる。


その瞬間、少し離れた位置を浮遊していた配信用ドローンのカメラが、完璧な角度で蓮司を捉えた。


「よし。第九十七階層、突破!」


蓮司が剣を肩に担ぎ、カメラへ向かって笑う。


端末の隅に高速でコメントが流れていく。


『つっよ』


『雷神剣きたあああ!』


『ASTRA今日も安定してるな』


『奈落深層でこの余裕やばすぎ』


その後方で、俺――相沢湊は、魔物の死体の横にしゃがみ込んでいた。


「魔石、割れてないな。よし」


ナイフを差し込み、魔石を取り出す。


血を布で拭き、専用ケースへ入れ、番号を記録する。


続けて背負った大型バッグを下ろし、回復薬を二本取り出した。


「美月」


「え?」


回復術師の白石美月が振り返る。


「魔力回復薬。あと少しで切れるだろ」


彼女は一瞬きょとんとしてから、自分の腰のポーチを確認した。


「あ……ほんとだ。ありがとう、湊」


「ん」


渡したついでに、美月の杖の先端を見る。


魔力結晶に薄い亀裂が走っていた。


まだ使える。ただ、あと二、三戦続けば危ない。


「予備の杖、次の休憩で替えた方がいいぞ」


「そんなに?」


「たぶん」


美月が杖を見つめる横で、俺は配信用ドローンの予備バッテリーも交換する。


残量二十八パーセント。


通常ならまだ持つが、この先は電波障害の強い区画だ。消費が増える。


「湊、解体まだ?」


少し苛立った声が飛んできた。


蓮司だ。


「今終わった」


「なら早く来いよ。配信止めたくないんだから」


「悪い」


魔石ケースをしまい、バッグを背負う。


肩に重さがのしかかった。


今日だけで五十キロは増えている。


素材を捨てれば軽くなるが、スポンサー契約の希少素材は持ち帰らないと違約金が発生するらしい。


まあ、俺の契約じゃないから詳しくは知らない。


荷物持ちの俺が考えることでもないだろう。


俺は少し肩紐を締め直し、四人の後を追った。


《ASTRA》の配信では、俺が映ることはほとんどない。


映ったとしても、画面の端で荷物を背負っているだけだ。


コメント欄では以前、こんなふうに呼ばれていた。


『いつもの荷物の人』


別に嫌ではなかった。


名前まで覚えてもらおうとも思わない。


俺は戦闘スキルを持っていない。


剣も魔法も、人並み以下だ。


それでもASTRAに置いてもらえて、飯を食えている。


なら荷物くらい持つのが普通だと思っていた。


「次、左側の通路」


俺が言うと、蓮司が眉を寄せた。


「は?」


「右はさっき風が止まった。たぶん大型種が塞いでる。左なら二百メートル先に広い場所がある」


「地図には右が正規ルートって出てるけど」


「そうなんだけどな」


俺は少し考えた。


ここへ来る途中、右通路だけ魔力灯の揺れが不自然だった。


それに空気が動いていない。


何か大きなものがいるときによくある。


「まあ、俺の勘だけど」


蓮司は鼻で笑った。


「だったら地図を信じる」


「そっか」


俺はそれ以上言わなかった。


数分後。


右の通路から、全長十メートル近い甲殻獣が飛び出してきた。


「っ、伏せろ!」


蓮司が叫ぶ。


巨体が壁へ激突し、岩盤が爆ぜた。


俺は咄嗟に美月の肩を引き、飛んできた石片から庇う。


「きゃっ……!」


「大丈夫か?」


「う、うん」


蓮司たちはすぐに戦闘態勢へ入り、数分後には甲殻獣を仕留めた。


さすがだった。


俺なら十回死んでも勝てない。


戦闘後、蓮司が剣についた血を払う。


「まあ、結果オーライだな」


俺は崩れた通路を振り返った。


帰り道に使う予定だった右側が半分塞がれている。


「帰り、こっちは使えないかもな」


「帰りは転移石使うだろ」


「深層だと転移阻害が出ることもあるから、一応――」


「湊」


蓮司が俺の言葉を遮った。


「荷物持ちが攻略に口出さなくていい」


「ああ。悪い」


謝って、崩れた位置だけ端末へ記録しておく。


誰かがやっておけばいい。


そういう細かい仕事は、だいたい俺の役目だった。


少し先へ進んだところで休憩になった。


俺は全員の荷物を確認し、食料を配る。


配信はスポンサー商品の紹介タイムに入っていた。


蓮司が新型の探索用ジャケットを褒め、その横でメンバーが笑う。


俺は画角の外で予備装備を整理していた。


そのとき、聞き慣れない声が端末から流れた。


『次回から加入予定の新サポーター、顔出し解禁はまだ?』


コメントだった。


俺の手が止まる。


次回から?


「なあ、蓮司」


「ん?」


「新しいサポーター入るのか?」


蓮司は一瞬だけこちらを見て、それから面倒そうに息を吐いた。


「ああ。スポンサー側の推薦」


「そうなんだ」


俺は頷いた。


「じゃあ、俺の契約はどうなる?」


今月末で更新だったはずだ。


聞くと、蓮司は水を飲みながら答えた。


「あとで話す」


「今日じゃなくて?」


「攻略中だぞ。空気読めよ」


「……それもそうか」


俺は引き下がった。


美月と目が合った。


彼女は何か言いかけるように唇を開いた。


けれど、すぐ視線を落とした。


その表情が少し気になった。


「美月?」


「……ううん。何でもない」


「そうか」


ならいいか。


休憩が終わる。


そこからさらに二階層下った。


《奈落》第九十九階層。


人類の公式到達記録でも、最深部に近い場所だ。


空気そのものが重い。


壁から滲み出る魔力が皮膚を刺し、通信端末のノイズも急に増えていた。


俺は地図を見ながら眉を寄せる。


「蓮司。これ以上行くなら、一度装備確認した方がいい」


「時間がない。今日中に未踏区画へ入る」


「食料は三日分ある。でも非常用は――」


「湊」


振り返った蓮司の顔には、いつもの苛立ちがなかった。


妙に静かだった。


「お前、少し後ろ歩け」


「なんで?」


「ドローンの電波が悪い。中継役になれ」


なるほど。


俺は素直に隊列の最後尾へ下がった。


背負ったバッグの上部へ中継端末を固定する。


それから十分ほど進んだ頃だった。


低い唸り声がした。


俺は足を止める。


「……何かいる」


前方の暗闇。


赤い光が二つ浮かんだ。


続いて、岩壁の向こうから巨大な爪が現れる。


深層ボス級。


俺にも分かった。


「来るぞ!」


叫んだ直後、地面が揺れた。


蓮司たちが一斉に走る。


「撤退!」


俺も追おうとした。


だが背中の荷物が重い。


十メートル、二十メートル。


距離が開く。


「待ってくれ!」


俺はバッグの留め具へ手を伸ばした。


素材を捨てれば追いつける。


その瞬間。


ゴゴゴゴゴ、と地響きがした。


目の前の通路に、巨大な隔壁が落ちてきた。


「っ!」


俺は慌てて飛び退く。


岩と金属が混ざった古い防壁が、俺とASTRAの間を完全に塞いだ。


「蓮司!」


通信端末へ叫ぶ。


ノイズ。


それから、蓮司の声が返ってきた。


『聞こえてる』


「よかった。隔壁が落ちた。そっちから解除できるか?」


短い沈黙。


『できる』


「じゃあ頼む。後ろからボスが来てる」


また沈黙した。


変だ。


いつもなら、こんな間はない。


「蓮司?」


『湊』


声の調子が違った。


『ここから先、お前はいらない』


俺は端末を耳に当てたまま、しばらく意味を考えた。


「……何の話だ?」


『そのままの意味だよ』


遠くで獣の咆哮が響いた。


俺は背後を確認する。


まだ距離はある。


「契約の話?」


『そう。スポンサーが新しいサポーターを用意した。若くて見栄えもいいし、戦闘補助スキルも持ってる。お前より使える』


「なら普通に契約切ればいいだろ」


俺が言うと、端末の向こうから誰かが小さく笑った。


蓮司ではない。


『面倒なんだよ。お前の契約、扱いがちょっと特殊でさ。過去の勤務記録まで精査されたら色々困る』


「……そうなのか」


『だからダンジョン事故ってことにする。奈落深層で行方不明。珍しくもない』


ようやく理解した。


隔壁は事故じゃない。


俺だけ後ろに回されたのも。


荷物をいつもより多く持たされたのも。


全部、最初から。


「俺を殺すつもりだったのか」


『言い方悪いな。俺たちは何もしない。お前が勝手に遭難するだけだ』


「それ、だいぶ同じじゃないか?」


思わず言うと、通信の向こうで苛立った気配がした。


『最後までそういう態度かよ』


「どういう態度だ?」


『危機感がないんだよ、お前』


そう言われても、まだ実感が追いついていなかった。


怒るべきなのだろうか。


怖がるべきなのだろうか。


たぶん両方だ。


でも頭はもう、ここから生き残る方法を探し始めていた。


食料。


水。


残った装備。


逃走経路。


その前に、一つだけ確認したいことがあった。


「美月」


通信の向こうが静かになった。


「そこにいるんだろ」


数秒後。


『……いるよ』


小さな声。


いつも聞いていた美月の声だった。


俺は隔壁へ手を置く。


向こう側は見えない。


「美月は?」


『……え?』


「蓮司たちと行くのか。それとも、こっちを開けてくれるのか」


それ以上は言わなかった。


美月とは長い。


ASTRAに入るより前から知っている。


孤児院を出た直後、仕事も寝る場所も安定しなかった頃からだ。


俺がASTRAに誘われたとき、一番喜んでくれたのも美月だった。


だから。


ほんの少しだけ期待した。


長い沈黙。


『美月、行くぞ』


蓮司の声。


『待って……』


『何を待つんだよ』


『でも、湊は……』


『こいつが残るのは決まってる。お前までキャリア捨てる気か?』


ノイズの向こうから、荒い呼吸が聞こえた。


俺は何も言わず待った。


急かしたくなかった。


やがて。


『……湊』


「うん」


『ごめん』


美月の声が震えていた。


『私……』


一度途切れる。


そして。


『もう、私に関わらないで』


思っていたより、その言葉は静かに入ってきた。


胸の奥が少しだけ冷えた。


でも、不思議と驚きはなかった。


昔から、追い出されることには慣れている。


孤児院でも、年齢が来れば出る。


日雇いの仕事でも、いらなくなれば次の日から呼ばれない。


住み込み先でも、人手が足りれば契約は終わる。


必要じゃなくなったら出ていく。


そういうものだと思っていた。


「分かった」


『……え?』


「もう関わらない」


『湊、私は――』


そこで通信が切れた。


端末を見る。


ASTRA側から接続を遮断されていた。


しばらく隔壁を見つめる。


向こう側から足音が遠ざかっていくような気がした。


実際に聞こえたのかは分からない。


「……さて」


俺は息を吐いた。


背後から、また咆哮。


今度は近い。


落ち込むのは後でもできる。


生きていれば。


まず荷物を確認する。


驚いたことに、スポンサー契約の高級装備や希少素材はほとんど持っていかれていた。


隔壁が落ちる直前、俺の背中にあった大型バッグだけが残っている。


中身は簡易テント、作業ナイフ、少量の回復薬、三日分ほどの保存食、水筒、予備バッテリー、古いスマート端末。


そして俺個人の安物装備。


「ずいぶん綺麗に分けたな」


偶然ではないのだろう。


死ぬ人間に高価な物を持たせる必要はない。


端末を起動する。


電波は弱いが、生きている。


ステータス画面も表示された。


【相沢 湊】


【LEVEL:3】


【STR:12】


【AGI:11】


【VIT:14】


【Skill:――】


【SP:0】


いつ見ても冴えない数字だ。


一番下にあるSPという項目だけは、昔から意味が分からなかった。


鑑定士に聞いても「表示バグだろう」で終わった。


ゼロから動いたこともない。


今さら役に立つとも思えない。


画面を閉じる。


その直後だった。


一瞬だけ。


文字列が勝手に表示された。


【観測対象の生存を確認】


「……ん?」


瞬きをしたときには消えていた。


見間違いか。


今はどうでもいい。


俺は地図を開く。


前は隔壁。


後ろはボス級モンスター。


左右には未踏の脇道。


「まあ、選択肢があるだけマシか」


右側の細い通路へ入る。


大型種なら追ってこられない幅だ。


荷物を横向きにして、岩の隙間を抜けていく。


十分。


二十分。


追跡音は消えた。


代わりに、完全な静寂が訪れた。


明かりを向けても、地図には何も表示されない。


未踏区画らしい。


「遭難したな、これ」


口に出してみる。


深刻さは増えなかった。


腹が減っていた。


でも保存食は三日分しかない。


水も少ない。


まず安全な場所と水源を探す必要がある。


そのとき。


「……ん?」


暗い通路の先から音がした。


魔物の唸りではない。


もっと小さい。


弱々しい。


耳を澄ます。


もう一度。


「……ピィ」


俺は足を止めた。


「鳥?」


こんな地下深くにいるはずがない。


けれど確かに聞こえた。


「……ピィ」


今度は少しだけ近い。


俺はランプを持ち直し、声のする暗闇へ歩き出した。

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