第2話
「なあ、レイ。少し外に出ないか」
「うん? どうしたの、父さん」
夜も寝静まった頃、サザムはレイを呼び出した。
訝しげに首を傾げたレイ。
何故だか、サザムは脱いだはずの甲冑を身に纏っていた。
「母さん、行ってくるよ」
ちらりと彼は、寝室でぐっすりと眠っている母親のミリアを一瞥する。
その後、玄関先で待っていたサザムへと小走りで駆け寄った。
☆
真夜中の村は、唯一の光源であるたき火を残して静寂が広がっていた。たき火が消えないように、枯れ木を側に置いて腰掛けていた中年男性へとサザムは声を掛ける。
「代わりますよ」
「おお、サザムか。すまんな」
「いえいえ、いつもご苦労様です」
「しかし王国の甲冑というのは映えるな。炎の明かりに照らされたお前さんは、遠目でも分かりそうなものだ」
「ははっ。この鎧は俺の誇りですから」
そんな他愛ないやり取りを交わしながら、サザムは中年男性と火の見張りを代わった。
「木炭ならここに置いとくから」と伝えた後、中年男性は自らの家に戻っていく。
彼の後ろ姿を見送った2人は、どちらから言いだした訳でもなく藁で作られた座椅子に腰を下ろした。
焚き火がぱち、ぱち、と空気を焦がす音だけが広がる。
片膝を立てた状態で座ったサザムは、ちらりとレイに視線を向けた。
まもなく13になろうという、幼い彼は夜空に煌めく星々へと目を輝かせる。
純真無垢な瞳の煌めきは、どのような星にも負けない光を放っていた。
「レイ」
「うん?」
「……母さんから聞いたよ、ずっと素振りばかりやってばかりで家事も手伝ってくれないって」
「うっ」
その指摘に、レイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
レイは否定することもせず、申し訳なさそうにサザムへと頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「ははっ。レイはそれくらい元気な方が一番だからな」
「父さんは……怒らないんだ」
「俺は少しでも強くあろうとしてくれるだけで、すごく嬉しいよ」
サザムはレイの視線の先を追うように、同じように夜空を仰いだ。
「……夜空は、いつだって綺麗だな」
「父さん?」
「夜は、いつだって明けるんだ」
「……?」
「なに、父さんだって詩人になりたい時はあるんだよ」
サザムは柔らかに微笑んだ。
そんな2人へと、足音が近付く。
「少し、私もいいですか」
「サナちゃん。どうしたんだい?」
「なんだか、眠れなくて」
寝間着姿のサナが、眠気に目を擦りながらやってきていた。
ぎゅっと抱きしめた両の腕には、大樹から作られた魔法杖が顔を覗かせていた。
「サナちゃん、その杖は?」
「なんとなく一人で外に出るのが怖くて、つい家にあったものを持ってきちゃいました」
「それは、ちょうど良かったかな」
「……?」
なにが、ちょうど良いのか。
サナは訝しげに首を傾げた。
月明かりが、真上から3人を照らす。
草花が相談でもするように、風にざわめく音が響いた。
サザムは立ち上がり、自身が座っていた藁の座椅子へと視線を落とした。
その視線の意図を悟ったサナが「失礼します」とぽすんと腰を落とす。
「わっ……」
隣にサナが座ったことで、レイの頬が微かに紅潮した。
しかし、炎に照らされて橙色に照る肌だ。淡く揺れるレイの機微な心境の変化に、2人は気づかない。
サナは、魔法杖を抱えたまま。じっと、揺らめく炎を見つめた。
「……私。将来は魔法使いになりたいんです」
「サナ、それはどうして?」
唐突なカミングアウトに、レイは驚いてサナへと顔を向けた。
サナはちらりと自分の家に視線を向けつつも、くすりと寂しげな笑みを零す。
「村の外は、魔物がいっぱいだから。レイのお父さんみたいに、強くないと外の世界を見に行けないから」
「……サナ」
「私ね、本当はレイにもっと強くなって欲しいと思ってるんだ。強くなって、守ってもらって。外の世界を、私も見に行きたい」
「……そっか」
「ごめんね、こんなこといきなり言って。困っちゃうよね」
我儘を言っている自覚があったのだろう。サナは申し訳なさそうに、小さく肩を竦めた。
「ううん。一緒に、外の世界に行こう」
「……ありがとう」
不器用にも胸中を伝え合う若き2人に、サザムは幸せそうに微笑む。
しかし、それもつかの間のこと。
木々が、より一層激しくざわめいた。
次の瞬間、村の出入り口から見張り番の叫び声が聞こえた。
「ま、魔物だぁーーーーっ!! みんな、逃げろぉー!!!!」
「!!」
その叫び声にぎょっとしたレイとサナは、互いに顔を見合わせる。
避難訓練など当然受けていない2人は、とっさに顔を見合せた。
「ま、魔物!?」
「お、俺……様子を見てくる!」
レイは声のした方を振り向きつつ、焚き火を支えている木材を引き抜いた。
支えを失った焚き火は、がらんと石畳の上に叩きつけられる。
燃え盛る木材が転がったことに、サナは「きゃあっ!」と悲鳴を上げた。
「ダメだっ!」
レイが戦闘態勢に入ったことを察知したサザムは、すかさず木材を構えた彼の手を叩く。
「っ……!?」
その一撃に苦悶の表情を浮かべたレイ。同時に、木材が地面に転がった。
燃え盛る炎はやがて、未使用の乾いた木材へと引火。ごうと激しく辺り一帯を橙の光が照らし始めた。
動揺を伝える悲鳴は、波状の如く広がっていく。
一人、またもう一人。
「助けてっ……うわあああああああああ!!!!」
「えっ、なにっ。なにっ!?」
「おかあさん、おかあさん!!」
「女子供から先に逃がせ! 魔物を通すなっ!」
先刻まで静かだった村は、瞬く間に悲鳴と慟哭に満たされた。
しかしその中で唯一、帰省したばかりのサザムは微かに諦観の滲んだ真剣な表情を浮かべていた。
サザムは腰に納めた剣の鞘を確かめる。
次の瞬間。
「うわああっ、父さん!? 父さんっ!」
「きゃあっ、なに、なにっ!?」
それから、レイとサナを片腕ずつ抱きかかえた。
困惑の声を漏らす2人を無視して、サザムは真剣な表情を浮かべて走り出した。
背後では、人型の魔物がレイの家の扉を叩いていた。やがて扉を破壊した魔物が、レイの家を土足で踏み荒らしていく。
外道じみた笑みを浮かべた魔物が、地面に転がった木材を蹴り飛ばす。零れた炎が家屋に引火し、火の手が広がっていくのが見えた。
「父さんっ!! 母さんがっ、母さんがっ!!」
「……っ、すまないっ……!」
幾度となくサザムを叩きながら、懸命に呼び止めようとするレイ。
それに対して、サザムは贖罪の言葉を零しながらも愛する息子の声を無視した。
雑草を掻き分け、木々の隙間を縫うように駆け抜けて。
やがて、彼等は村の外れにある納屋へと辿り着いた。
サザムは迷うことなく納屋の扉をこじ開ける。中には無数の資材と、鍵の掛かった1つの箱だけが配置されていた。
放り投げるように2人を降ろしたサザムは、諦観を滲ませた声で告げた。
「良いか、決して静かになるまで外に出てはいけない」
「……最初から、分かっていたんですね」
真剣な表情でそう告げたサザムに対し、冷静さを取り戻したサナが忌々しげに睨む。
鋭い視線を受けたサザムは、罪悪感を滲ませた苦笑を零した。
だが、レイはサナの真意を理解できない。
「サナ、一体どういうことだよ。父さんは何を知っていたんだよ」
「おじさん、あなたは最初から魔物が迫ってることが分かってたんですよね!? 分かってて、隠していたんですかっ!!」
「ば、馬鹿言うなよ。父さんがそんな酷いことする訳ないだろっ」
「答えて、答えてよっ!! パパとママはっ、魔物が来ることを知らなかったっ!!!!」
レイは懸命にサザムを庇おうと声を掛ける。
だが、サナは長い黒髪を振り乱したまま怒りの言葉を続けた。
「どうしてこのタイミングで帰ってきたんですか、どうしてずっと鎧を着たままなんですか、どうして、どうしてっ!!」
徐々にサナの瞳に涙が滲み始める。
レイはそれでも「な、何を言っているんだよ」と信頼する父親を庇い続けた。
だが、サザムはレイを裏切った。
「……すまない」
「……父さん?」
「魔物が近くに来ていることは分かっていた。だから、俺はここに戻ってきた」
「なに、何を言っているんだよ。父さん、父さん……なんで、なんで」
サザムが告げた謝罪の言葉を、レイは少しずつ飲み込んでいく。
魔物が近くに来ていることを知っていて、サザムはそれを黙っていた。
その事実を、少しずつレイは飲み込んでいく。
咀嚼して。
情報が、彼の中に落とし込まれて。
やがて。
……。
爆発した。
「どうして、黙ってたんだよっ!!!! どうして魔物が近くに来てるって言わなかったんだよ!! なあ、なんで、なんで!!!! なんで母さんを……村の皆を危険な目に遭わせたんだよ!!!!」
「……すまない」
「すまない、じゃねーよクソ親父!! 戻らせろっ、どけよっ!! 皆を助けねぇと!!」
感情の奔流を抑えきれないレイは、咄嗟に納屋の中に転がっていたシャベルを掴んだ。シャベルの先端をサザムへと突きつけて、恨みの籠もった視線を父へとぶつける。
だが、サザムは動じなかった。
「お前を死なせるわけにはいかないんだ」
サザムは低く身を屈めたかと思うと、次の瞬間にはレイが持つシャベルの柄を握っていた。
「えっ、うわぁっ!」
「レイっ!!」
サザムはそのままたぐり寄せるように、シャベルの柄を引っ張った。
バランスを崩したレイは、激しく前方へと倒れ込む。
サナは慌ててレイへと駆け寄り、次にサザムを睨もうとした。
だが、その時には既にサザムは納屋から出た後だった。
「俺が最後に見る村の景色は、幸せに満たされたものであって欲しかったんだ。魔物の脅威に怯えている姿が、最後に見る景色じゃなくて……本当に良かった」
「おじさん、何を言って……!」
「レイ。立派な勇者になるんだぞ」
サザムはそう告げて、静かに納屋の扉を閉めた。
村人達の悲鳴が、より鮮明に聞こえ始めた。
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