第21話 俺の知らない『創世の境界学園』
「美味しいですね。
こんな美味しい料理、生まれて初めて食べました」
「お粗末様です。
沢山ありますので、どうぞ堪能していってくださいね」
俺が料理を褒めると、あいほむちゃんが微笑みながら返してくれる。
部活立ち上げのミーティングが終わったあと、しばらくそのまま雑談をしていたら、なし崩し的に夕食を食べに行く話になった。
と思ったら、あいほむちゃんが用意してくれていた。
会議室の隣のラウンジに移動すると、そこにはすでに料理が並んでいた。
肉料理や魚料理、果物を使った洒落たデザートまで、ビュッフェ形式の会場が出来上がっていた。
俺は取り皿の料理を見る。
海の幸を使ったパスタに、香草の利いたロースト。
――美味い。
口の中に広がる素材の豊かな味と香り。
手が込んでいる料理のはずなのに、味にまとまりがある。
本当に美味い料理は、幸せと直結するらしい。
そして俺の中の一条朔が、果敢に分析する。
うん、家でもある程度は再現可能なようだ。
次に俺はスープカップにスープを注いだ。
というかコンソメ? しかも手作り?
いやいやいや、手順からして物理的に作る時間ねえよ。
味に一切の雑味がない。
俺も自分で作った事なんてないから正確なことは言えないが、それでもまともに手作りしようとしたら、何時間もかけて作ることになるはずだ。
ここに並ぶ大量の料理といい、ほんとどこから用意した?
「全能メイドですから」
……うん。
“全能”という単語に“ギャグ”というフリガナをつけてやりたくなるな。
そんなことを考えていると、
「うまっ……!」
ルーチェルが目を見開きながら、思わずといった様子で声を上げた。
「これ、店出せるどころの話ちゃうで……!」
「……お、お姉ちゃん。
こ、これ、本当に全部あいほむちゃんが……?」
「ああ、信じられんがそのようだな。
この施設には、宮廷並みの専属料理人でもいるのだろうか?」
シルエーラとフェルリーフが驚きながら、料理の話をしている。
凜華もテーブル席に座って料理を噛みしめているようだ。
影龍も同じテーブル席にいる。
特に会話を交わしているわけではないが、食べる速度が速い。
どうやら口にあったようだな。
「ぷはーっ!
仕事上がりのビールは美味いねえ!」
「生徒の前でなにやってるの、姉さん」
俺は一人、この場で酒を飲み始めた叡理に声をかける。
「そんな硬いこと言うなし。
もう勤務時間は過ぎてるよ」
視線の先の時計は、確かに17時を回っている。
なんだか俺も酒を飲みたくなってくるが、未成年だから無理だな。
「こちらをどうぞ」
そんな俺にはあいほむちゃんがノンアルコールのフルーツカクテルをくれた。
ジュースなのだが、グラスといい、装飾の果物といい、まるでバーで出されるような飲み物に見える。
「ほら、影龍も飲んだら?」
凜華が差し出したグラスを、影龍は黙って受け取った。
「……」
そして叡理と軽くグラスを合わせた。
影龍は任務に忠実な男だが、決して無感情なわけじゃない。
ただただ生真面目なんだ。
世界の命運とか、家の武術とか、そこを重要視し過ぎるあまり、こういう態度になってしまっているだけなのを俺は知っている。
今も社交のための一口、なんて考えているんだろうな。
――バタン。
前触れなしに、いきなり影龍が突っ伏した。
しかも受け身もなしに、真っすぐに顔面から。
テーブルに響いた尋常ではない音に、この場のみんなが硬直した。
影龍は口から泡を吹いていた。
「――毒か!?」
フェルリーフが叫び、シルエーラと共に駆け寄る。
そしてシルエーラが慌てて解毒魔法をかけようとした。
しかしそれをあいほむちゃんが、肩を抑えて制する。
「どうして止めるのですか!?」
シルエーラはいつにも無い真剣な目であいほむちゃんを見上げる。
フェルリーフもあいほむちゃんに警戒の視線を送った。
「ご安心ください。
ただのアルコール反応です」
「ただの、って顔色ではなかろう?」
フェルリーフの硬い声にも、しかしあいほむちゃんは柔和に微笑み返すだけだ。
俺も影龍が毒でも盛られたのかと思ったが、そういやこいつって……。
「だ、大丈夫なのか、これ?
っていうか、叡理先生。
未成年に酒飲ませたのか?」
「わ、私は飲ませてないよ!?」
叡理は両手をぶんぶん振って否定する。
月光が影龍の顔を覗き込む。
フェルリーフが抱き起こし、ひとまず背もたれに体を預けさせて容態を確認する。
……息はある。
ただの酔っ払いのようだ。
「下戸だったんですね、影龍さん」
俺もその顔を見て息を吐いた。
場の空気が弛緩(しかん)すると、ルーチェルが明るい声で言う。
「なるほど。
某推理アニメの眠りの名探偵ってこんな感じなんやな」
長身の男が、椅子にもたれたまま微動だにしない姿は、普通に怖いな。
「アフレコいたしますか?
ご希望とあらば声も再現いたしますが」
「いや、何を推理するつもりだよ?
それはいいから介抱してやってくれ、あいほむちゃん」
月光があいほむちゃんに懇願した。
その後、あいほむちゃんが影龍を肩に担いで運んでいく。
仮眠室に運ばれた影龍は、手際よく介抱されていた。
それを凜華が横目でちらりと見て、口の端を吊り上げたのが気になった。
――『計画通り』。
そんな言葉が頭を過ぎる。
……あれ、もしかして確信犯か?
陽菜、なんでそんな真似をした?
そんなふうに、ちょっとしたハプニングはあれど、パーティーは和やかに進んでいった。
月光は思った以上に自然と皆の中心にいて、
シルエーラはそんな彼に少し熱のこもった視線を送り、
フェルリーフはそれを気にしながらも料理の感想は律儀に述べ、
ルーチェルは設備にも料理にもいちいち大袈裟に驚き、
莉恋はそんな様子を見ながら、時々意味深に笑っていた。
凜華は相変わらず席でグラスを手に、静かに場を眺めているが、その表情はとても柔らかい。
ちなみに姉さんは日頃の疲れが溜まっていたのか、赤ら顔で気持ちよさそうに、ソファで眠っている。
こりゃあ俺が家まで背負って帰らないといけないだろうな。
まあレベルアップでステータスも伸びてるし、問題はないか。
すっかり夜も遅くなった。
みんなそれぞれ寮や自宅へ帰っていき、俺も家に帰ると、姉さんを自室のベッドに寝かせてから自分の部屋へと戻る。
ベッドに腰を下ろすと、俺は大きく息を吐いた。
――今日は長い一日だった。
部活の立ち上げ。
配信部という、ゲームにない流れ。
凜華――いや、陽菜と正体を確かめ合った。
ルーチェルやフェルリーフが追加ヒロインだと知った。
頭の中は情報でいっぱいだ。
もう寝たほうがいいな。
そう思って、部屋の照明を落としかけた、その時。
――コン、コン。
窓が叩かれた。
「……ここ、二階なんだけどな」
点滅する端末を見ると、メッセージが届いていた。
『開けて』
送信者は――凜華。
カーテンを開けると、案の定、そこには彼女がいた。
夜風に髪を揺らしながら、器用に手すりへ腰かけている。
月夜を背にして、やけに絵になっていた。
窓を開けると、凜華――陽菜は軽やかに室内へ滑り込んでくる。
昼間のクールな立ち居振る舞いはどこへやら、部屋に入った瞬間から視線がきょろきょろと忙しい。
「へえー、……創先輩の部屋、こんな感じなんですね」
口調は、もう大学時代の後輩そのものだった。
「勝手に人の部屋を品評するな」
「だって気になるじゃないですか。
ゲームの朔くんの部屋がどう再現されているのかなって」
そう言って、本棚や机を興味深そうに見て回る。
「あっ、それに加齢臭がない」
「えっ、前の俺の部屋、匂ってたか?」
「まあ、少し……」
「そこで申し訳なさそうに視線を逸らさないで欲しかったんだが?」
結構気をつけてたつもりなんだが……。
ショックでその場に崩れ落ちそうだぜ。
俺は気を取り直す意味でも話題を変える。
「影龍は?」
「酔い潰れたままですね。
多分、明日の朝まで意識は戻らないと思いますよ」
凜華はにやりと笑っている。
「下戸ですからね、あの人。
少しお酒を飲ませたら、すぐに沈むんです」
「やっぱ確信犯かよ」
ほんと悪い顔してたな。
「だって、先輩と二人で話す必要があったんですもん。
仕方がないじゃないですか」
陽菜は悪びれない。
理屈としては最低だが、陽菜がやると妙に納得してしまうのが困る。
「今後も会うたびに酔い潰す気か?」
「多分」
「申し訳なくならないのか?」
「なりますけど、記憶飛ぶんで問題なしです。
二日酔いにもならないみたいですし」
「それはそれでちょっと怖い話だな。
突然記憶がなくなるとか」
ともあれ、だ。
「んじゃ、そろそろ本題に入っていいか?」
俺の知っているゲーム世界。
だが、再リメイクやスピンオフのせいで、俺の知らない情報も大量にあるらしい。
その擦り合わせをするために、彼女はここへ来たのだろう。
「長くなるんで、まずはざっくりからいきますね」
そう言って陽菜は椅子に座り、指を折り始めた。
「まずはコンシューマ版。
追加ヒロインが出ました」
「……フェルリーフ、あいほむちゃん、ルーチェルあたりか?」
「正解です。
あいほむちゃんもだなんて、よくわかりましたね、創先輩」
俺は腕を組みながら頷き返す。
「フェルリーフはわかる。
リメイクの体験版の頃から人気あったしな」
「はい」
「あいほむちゃんも……まあ、生命魔術とAIの融合体って時点で、そりゃヒロイン化するかなって」
「そうです。よくわかりましたね」
「ただの直感だがな。
元々候補に入れてたし、コンシューマで出すならあり得ると思った」
実際にあいほむちゃんを見ていると、なんとなくヒロインなんじゃないかと思ったのだ。
「けどルーチェルだけ本当にわからん」
「まあ仕方ないですね。
先輩が生きていた頃には、影も形も存在していませんでしたから」
陽菜が仕方がないと、首を横に振った。
「創先輩は当時、ダンジョン配信もののラノベ、そこそこ読んでたじゃないですか」
「まあ読んでたな」
魔物と一緒にダンジョン配信したり、えせお嬢様がカップを片手にダンジョン攻略したり、他にもいくつか面白いと思った作品があったな。
「だからです。
現代ダンジョンがある作品なんだから、配信者もいるだろう、ってところから始まりましたね」
「説明が雑だな」
「詳しく聞きたいですか?」
「いや、今はいい。次を頼む」
陽菜は頷き、話を続けた。
「フェルリーフルートは、ざっくり言うと“騎士と使命と恋”です」
修行に付き合い、妹思いのいい姉として距離が縮まる。
だが、恋と使命の間で揺れ、迷っている時にシルエーラを危険に晒してしまう。
一度は月光から距離を取るが、そこで月光が自分の想いに気づく。
自分も騎士になると宣言し、異世界で試練を受け、名誉騎士となり、最後は二人でシルエーラを守る聖騎士になる。
「……正統派だな」
「王道ですね」
でも、俺は考えてしまう。
「シルエーラルートで出た異世界のチート使い。
あれがフェルリーフルートでも来たんだよな?
実は他のルート攻略中にも、そいつら学園に来てたんじゃないか?」
「あり得ますね。
まあ、クリア後にしれっとシルエーラとフェルリーフも登場しますし、なんとかしたんだとは思いますが……」
「莉恋か、あいほむちゃんが手を回したんだろうな」
「たぶん」
そうなると、シルエーラやフェルリーフと結ばれない場合でも、事件そのものは解消しただろう。
だがそれはただ単に、腕力に物を言わせた解決に過ぎない。
恐らく二人の悩みやトラウマは解消されなかったはずだ。
実際、そのヒロインルートでしか回収できないスキルや装備もあったりするからな。
二人は負い目や力不足を抱えたまま生きることになる。
バッドエンドでないのは救いだが、問題が先送りされているだけとも言えるな。
「月光が誰かと結ばれたとして、その裏で他のヒロインも生きてる、か」
「そこ、忘れちゃだめですよね。
莉恋ちゃんやあいほむちゃんという、一応の安全装置こそあれど、それはただ単に一方的に守られるだけの話ですからね」
「ヒロインたちがそれで幸せかと言うと、難しい話だな」
声音が落ちる陽菜に、俺も同意して頷き返した。
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