第3話 聖女は愛しき人のために時を巻き戻す
○ベケット伯爵邸・庭(午後の早い時間帯)
ルシアはギリギリと歯ぎしりをしながら鬼のような形相で歩いている。
ルシアM「(悔しそうに)なんなの、みんなしてアイリーン、アイリーンって。本当に癪に障るったらありゃしないわ。見た目も地味。能力も地味。特に良いところがあるわけでもない、ささやかな聖力しか持たない聖女。あの子が特別なんてことはないのにっ」
立ち止まり右手の人差し指の爪を噛むルシア。
彼女に近付く使用人の男、アダム。
アダム「お嬢さま。爪の形が悪くなりますよ」
ルシア「構わないで。使用人の分際でうるさいわっ!」
ルシアは、イライラと怒鳴る。
アダムはルシアの右手をそっと握る。
ルシア「ちょっと、あなた! 気安く触らないでっ!」
ルシアは、アダムの手を振りほどこうとする。
ルシアとアダムの目があうと、彼の目が妖しく光る。
ルシア「えっ⁉」
ルシアは一瞬驚くも、すぐに催眠状態に入る。
アダムがルシアの耳元でささやく。
アダム「ルシアさま。アイリーンさまに、目にもの見せてやりたくありませんか?」
ルシア「(夢を見ているようにつぶやく)アイリーンに……」
ルシアは、うっとりとほほ笑む。
アダムは、ニヤリと笑う。
アダム「そうです。アイリーンさまをぎゃふんと言わせてやりたくありませんか?」
ルシア「楽しそうね」
アダム「ふふふ。ルシアさまは、本当にお可愛らしい」
アダムN「しっかり魔法にかかってくれたな、お嬢さま。まことにチョロい。これでルシアは俺の意のままだ」
アダム「そろそろ屋敷へ戻られたらいかがですか?」
ルシア「そうね」
満足そうに笑っているアダムに手を取られ、夢を見ているような表情で屋敷に戻るルシア。
○ベケット伯爵邸・柵の外(午後の早い時間帯)
ベケット伯爵邸を覗く小さな人影ふたつ。
ピンク色の髪と瞳を持つコートニーと、金髪碧眼のコートニーの婚約者オスカーが、マントで体を隠してベケット伯爵邸を覗いている。
オスカー「コートニー。ダメだよ、こんなことをしたら」
コートニー「もうオスカーってば弱虫ね。私とお兄さまの大問題なのよっ。グズグズいうくらいなら、ついてこなくてよかったのに」
オスカー「だってぇ、コートニー。女の子ひとりで行かせるわけにはいかないぉ。ましてや君は僕の婚約者だもの」
コートニー「だったらもっとドーンと構えていてよ、ドーン」
オスカー「ドーン?」
オスカーはドーンについて悩みつつ首を傾げている。
コートニーは双眼鏡を覗いてベケット伯爵邸の様子を探る。
コートニー「どんな方がお義姉さまになるか気になるじゃない。どなたがアイリーンさまかしら?」
オスカー「あ、女の人がいる。あの人かな?」
視線の先にはルシアとアダムの姿がある。
コートニー「えー、あの人? あの人は嫌だわ。性格悪そう」
オスカー「うん、確かに。そうかもしれない」
コートニーとオスカーの頭にゲンコツが降ってくる。
コートニー「いたいっ」
オスカー「いたっ」
怒った表情のマーティが二人の背後に立っている。
慌てるコートニーとオスカー。
マーティ「こらっ。勝手にこんなところへ来たらダメじゃないか。乳母たちが慌てていたぞ」
コートニー「お兄さま、だってぇ~」
オスカー「わぁ、マーティさま。ごめんなさい」
呆れて溜息を吐くマーティ。
マーティ「本当にお前たちときたら……」
オスカー「コートニーのこと、叱らないであげてください」
コートニーをかばうオスカー。
コートニーは唇を尖らせて不満げに言う。
コートニー「お兄さまだって、アイリーンさまのことが気になるからきたのでしょ?」
マーティ「うっ」
マーティは赤くなって言葉に詰まる。
その背後に庭を歩くアイリーンの姿。
コートニーがアイリーンを指さす。
コートニー「あっ、茶色の髪の若い女性っ。あの方がアイリーンさまでは?」
オスカー「ああ、そうかもしれない。若いし、茶色の髪と瞳。わー優しそうな人だね」
マーティ「……」
マーティはドキリとした様子で頬を赤く染める。
ニンマリするコートニーとオスカー。
コートニー「お兄さまは、アイリーンさまのことが気に入ったみたい」
オスカー「そうだね。好みのタイプだったみたいだ」
マーティ「そこっ。大人を揶揄わないっ」
赤くなって突っ込むマーティ。
ニマニマするコートニーとオスカー。
そこにふたりの乳母たちが駆け付ける。
叱られながらその場を後にするコートニーとオスカー。
振り返るマーティ。
マーティM「あの方が私の妻に……」
マーティは名残惜しそうにアイリーンの姿を眺め、踵を返す。
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