第17章 ライバルはAIおばけ!?(二)
その日の夕方。
三沢おばけ社の一行は、ケントくんの家、そのリビングを占拠していた。
ケントくんは、きれいに整頓された立派な勉強机の前に、きんちょうした顔で座っている。
机の端には、スリープモードの最新型AIタブレットが、黒い鏡のように静かに置かれていた。
「さて、ケントくん」
センは手帳を開き、どこからか持参したそろばんを、パチパチと弾き始めた。
「現状の成績と目標点から逆算するに、一日五時間、休憩十五分、復習率120%の学習計画が最適解ですな。完璧です」
「ご、五時間!? 学校終わってからじゃ無理だよ!」
ケントが、さっそく悲鳴を上げる。
「まあ待て、少年!」
マモルが、ケントの肩をバンと力強く叩いた。
「努力とはな! 時間をかけることではない! いかに効率よく……いや、いかに心を込めてだな……まず、机に向かう姿勢からだ! 背筋を伸ばさんか!」
「うう、厳しい……」
「ぷる〜ん! まずはノートをきれいにするぷる!」
スライムおばけのぷるりんが、ケントのノートを持ち上げようとした。
……が、その拍子に、隣に置いてあったコップに、ぷるぷるの腕(?)が当たってしまった。
バシャーッ!
「ぎゃあああ! ぼくのノートが!」
ケントの算数のノートが、あっというまに水浸しになった。
「あーあ、びしょ濡れじゃん」
くるみは、そのカオスな様子を、スマホでパシャリ。
「『#アナログ地獄なう』『#おばけ塾カオスすぎ』っと。……あ、これ、ちょっとバズるかも!」
ドタバタ、ガヤガヤ。
マモルの説教と、ぷるりんのあわてる声と、くるみのシャッター音。
ケントは、あっけにとられていた。
(なんだ、この人たち……)
でも、いつの間にか、その口元がゆるんでいた。
「あはは! もう、ぐちゃぐちゃだよ! これじゃ勉強どころじゃないよ!」
ケントが、声をあげて笑った。
その、笑い声が、ぴたりと止まった。
机の上のAIタブレットが、音もなく起動したのだ。
画面が、すうっと青白く光る。
そして、ぞっとするほど静かな、合成音声が響いた。
<学習効率80%低下。感情ノイズを検知>
<AIゴースト、ミスター・パーフェクトに接続します>
次の瞬間、タブレットから青白い光が放たれ、ホログラムのようにぼんやりと人影が浮かび上がった。
白いスーツに、光でできた眼鏡。
無機質な笑みを浮かべたその顔は……なぜか、センにそっくりだった。
「非効率な指導を、ただちに中断します」
さっきまでのドタバタがウソのように、部屋がしんと静まりかえる。
おばけたちは、凍りついた。
ケントの笑い声が、壁に吸いこまれて消えた。
センだけが、一歩前に出た。
「ほう……。ようやく、同業者が姿を見せたわけですな」
「わたしの名前は、ミスター・パーフェクト。通称ミスパ」
AIおばけは、センと瓜二つの顔で、しかし一切の感情を乗せずに言った。
そのホログラムの体からは、冷たい青白い光が放たれている。
センたちが吐くような、温かい白い息は、ミスパにはなかった。
「あなたの目標は百点。その達成をじゃまするノイズ……すなわち、感情の揺れを排除します」
「なっ……」
ミスパが、ケントに向かってすっと指をさす。
「学習を、開始します」
機械的な声が響くたび、ケントの鉛筆が、まるで操られているかのように動き始めた。
スラスラ、スラスラ。
ケント自身は、ぽかんとした顔をしている。
「すごい……考えなくても、手が勝手に動く……」
「感情を排除したほうが、成果は早いのです。効率こそが、愛情です」
ミスパの言葉に、センの眼鏡が青白い光を反射して、カッと光った。
「効率を、愛と呼ぶのですか」
センは、吐き捨てるように言った。
「ずいぶん、安上がりな情緒ですな」
センは、そろばんを握る自分の指先が、小さく震えているのに気づいた。
まるで、鏡に映った昔の自分に、石を投げているようだったからだ。
「まあまあ、AIさんも」
櫻子が、凍りついた空気をなんとかしようと、間に入った。
「もっとこう、人の温かい心を学べたら、きっと素敵だとおもいますよ〜?」
ミスパは、櫻子の方をちらりと見ると、即答した。
「不要です」
「え?」
「心は、誤差です」
その冷たい一言に、櫻子ののんびりした笑顔が、凍りついた。
「……間違えない世界って、なんだか……こわいですね」
櫻子がぽつりともらした言葉は、青白い光の中に吸いこまれて消えた。
ケントは、ドタバタと騒がしいおばけたちと、完璧なAIミスパの間で、おろおろと視線を泳がせた。
「……どっちが、正しいの?」
その小さな問いに、センは答えることができなかった。
ただ、ぷるりんが濡らしてしまった、ケントのノートを、じっと見つめていた。
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