主人公は、人権擁護委員の研修で刑務所を見学したばかりの、“俺”。
娑婆へ出てもそのまま帰路に着かず、近くの商店街、行きつけの寿司屋へ向かう。
大将、女将に歓迎され、俺はいつものカウンター席へ。
イワシと野菜のお通し、ハイボールを待ちながら大将の捌きを眺め、雑談に花を咲かせる。
やがて雑談は、一つの噂話へと流れ着く───。
物語前半は、詳細な風景描写や、実在のドラマ、食べ物など、立体感のある書き込みが続き、読者はこの虚構世界をあたかも現実世界であるかのように辿りはじめる。
そして語られる、殺人犯と定食屋の娘との恋。
それは真実か、それとも偽りか。
いつでも反転する真実と偽りは、あたかも壁一枚によって断絶された内側(刑務所)と、外側(一般社会)のようでもある。
そして外側に生きているはずの俺自身も、いつのまにか壁の内側(虚構)へと取り込まれていくような、奇妙な読後感を禁じえない。
見学を終えて刑務所を出た主人公の〝先生〟は、周囲の街を歩きながら、目に映る風景をつぶさに語っていく。のんびりとした雰囲気である。
やがて彼は、馴染みの寿司屋へ入り、大将や女将と刑務所見学で感じたことを話し始めた。
この会話から浮かび上がってくるのは〝人を隔てているものは何なのか〟という問いである。
人権擁護委員だという先生は、刑務所内の待遇や受刑者への接し方に時代の変化を感じ取り、それなりの理解を示している。
それでも、彼の言葉の端々には、自分でも気づいていない優越意識が滲んでいた。
「臭い飯」という言葉のいわれや現状を何気なく語りながら、自分は口開けの客として寿司屋に入り、美味しそうな酒肴を頼み酒を飲む。
そして、出所した人間が刑務所の門を出て、初めて「娑婆の味」を求める姿を想像して語るのだ。
そこにあるのは〝刑務所を出た人間〟を眺める〝刑務所に囚われない人間〟という構図であり、彼らと自分は決して同じ側には立たないという意識だ。
これこそが、先生の中にある心の壁なのだろう。
先生は、出所者にまつわる噂話を口にする事で、自身の意識をより鮮明に示す。
彼は人権や法律を理解しているはずの人間でありながら、噂話の中に潜む偏見や、その人物がすでに一般社会の中で生きているという事実を問題にしない。
聞いたままに、ただの面白い話として語ってしまう。
そして、この状況で示した女将と大将の反応が、物語の見え方を転換させる。
先生が聞いていた噂の〝裏側〟と、彼が無意識のうちに人を分類していたことが物語を読む者へも露呈していくのだ。
やがて、店の大将と女将の言動に怖じた先生の目の前には、幻想的な情景が立ち上がる。
それは、彼自身が心の中に築いてきた〝出所者と自分は違う〟という隔絶の象徴とも受け取れるだろう。
もしかすると、大将も女将も、ただ穏やかに先生の語る固陋な噂話を窘めていただけなのかもしれない。
けれども、自分が咎められていると感じた彼の心象には、奇異な光景が見えるのだ。
この主観的な表現が、実に巧い。
人と人を隔てる心の壁は往々にして、築いた本人には見えない。
だからこそ、無自覚のまま残り続ける。
人を隔てる壁を見学した先生が、自身の内にある壁を自覚しなかったように、誰しもわからないものだろう。
この作品は、現実社会にも存在する立場の違う者を〝彼我〟として隔ててしまう人間の意識の断絶を浮き彫りにする、優れた皮肉である。
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読み終えたあと、「壁」って本当に境界なんだろうか、としばらく考えてしまいました。閉じ込めるものでもあり、守るものでもあり、見る人によって意味が変わるのかもしれません。
私は特に寿司屋の大将が気になりました。多くを語らないのに、ふとした言葉や仕草の一つひとつに、積み重ねてきた時間の重みを感じます。誰が正しくて、誰が悪いと簡単には言えない世界だからこそ、人は噂ではなく、その人自身を見なければいけないのでは……そんな問いを受け取った気がしました。
派手な出来事ではなく、人の心の揺れを味わいたい方に、ぜひ読んでほしい作品です。
【レビューコンテスト応募】
私は、この小説となった刑務所をサイクリングで通ったことがあります。
私の筆致力では、この名状し難い一種独特の雰囲気をなかなか的確に言い表すことが出来ません。しかし、そこは簡にして要を得た短文を書かせたらこのカクヨムに右に出る者なしと謳われた小田島匠氏の的確な描写がまず光ります。
そして、【酔っ払い小説】と銘打っているように、酔っ払うと皆さんどうなりますか?
そう、ペラペラよう喋ってしまうでしょう?それをそこで喋って本当に大丈夫ですか!?ということを身につまされる小説です。
ですので、一種、酔っ払って、気持ちよく読んでいたら、読み終えた時にはアナタの背筋がピンとはっているかもしれません。
3億円事件の舞台ともなったこの小説、読む価値3億円、いや、もりっと3億円以上あると推定します。
主人公が足元をすくわれて「ヒヤ」っとする。そんな感じが強烈な余韻を残してくれます。
主人公は「人権」について学ぶため、刑務所の中を見学しにいく。
その帰りに食堂に寄り、どことなくその場所が「出所者が最初に食べるシャバの味」の現場なのだということを知る。
その辺りから、どんどん主人公が浮足立つように。
彼は人権について学んでいる。言って見れば「塀の中の事情」という「一般人が知らない領域」について理解を深めに行っているはず。
でも、大丈夫なのだろうかと、彼の脇の甘さがどんどん露呈していくことに。
自分が見てきたものを「知識」として得意そうに話す。それと同時に、周囲で聞かされた「元殺人犯の男に関する噂話」までペラペラと喋ってしまう。
彼は本当の意味で、「人権」について学べていたか。受刑者たちの事情という「リアル」をちゃんと肌感覚として受け止められていたか。
彼の行動を見るとどうしても、彼のせっかくの「見学」は無責任な噂話と同じ「うわっつらの知識」で終わってしまっているように思える。
そんな彼がやがて体感するもの。ヒヤっとする瞬間。
彼が知らず知らずに踏み抜いて、何かを侵してしまったかもしれないこと。
一人の人間が持つ無自覚な「危うさ」のようなものがひしひしと感じられる短編でした。
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