14.珍しい依頼人
「慧眼の魔女様。ご相談の内容は、どんなことでもよろしいのでしょうか」
この日、ティナコンサルタント事務所には珍しい客が訪れていた。修道服に身を包んだ、シスターである。
彼女の名はマリア。ウェストポート辺境伯領の北にある教会でシスターをしている、敬虔なカタリナ教徒だ。
カタリナ教とは、大陸で最も信仰されている一大宗教である。
約二千年前、大陸全土が数々の天災に見舞われていたところ、聖女カタリナが一か月もの間、寝食も忘れ休まずに神に祈りをささげたことにより、この大地と人々を救ったとされている。命を賭して救済した彼女を崇拝したことから始まったカタリナ教は、古くから多くの人々に信仰されてきてた。
マリアの首に下げられている天使の羽を模した銀飾りは、カタリナ教のシンボルマークだ。
「ええ。どんなことでもお伺いいたしますので、ご安心ください」
マリアの緊張を和らげるためにティナが柔らかく笑うと、彼女は不安げな表情を崩し、安堵した様子を見せた。
マリアはどことなく儚げで、下がった目尻は庇護欲を掻き立てるような、そんな印象を受けた。年齢は三十代半ばといったところだろう。彼女の薬指には銀色の指輪がはめられており、既婚者であることがわかる。
「相談内容は、他言無用でお願いいたします」
マリアはそう前置きしてから、教会への疑念を語った。
――五年前まで、この街の教会は資金難に悩まされていた。教会は主に信徒からの寄付金と辺境伯家からの支援で成り立っていたのだが、先代のウェストポート辺境伯の不振に巻き込まれたのだ。
教会の聖職者は生活に苦しみ、司祭のドレイク・デズモンドでさえも、家族を養うのに苦慮していたという。当然ながら、マリアも例外ではない。
辺境伯家の当主が代わり、多少支援が増えたものの、劇的な改善には至らなかった。
しかし、今から五年前、教会にとって大きな転機が訪れる。
聖女カタリナが祈る際に使っていたとされるロザリオが、このウェストポート領から発掘されたのだ。
多くの歴史学者が訪れ調査した結果、歴史的背景と、ロザリオに使われている素材や加工技術からして、本物の可能性が極めて高いと結論づけられた。
聖女カタリナの聖遺物はこれまでにもいくつか発見されているが、今回出土したロザリオは極めて保存状態がよく、歴史的価値が非常に高いものだと聖職者や歴史学者が大いに沸いた。
それからというもの、ロザリオを一目見ようと、数多くの巡礼者がウェストポート辺境伯領を――街の教会を訪れた。
巡礼者と共に寄付金が爆発的に増えたことで、教会の財政難は一気に改善。聖職者の生活水準も向上した。といっても、天に仕える者として皆慎ましやかな生活を送っているという。
それから五年。マリアはあることを疑問に思った。
これだけ多くの寄付金があるのに、なぜ司祭様は民への支援を増やそうとなさらないのか、と。
もちろん全く増えていないことはなく、貧民への施しの回数や、教会で保護する孤児の数は以前よりも幾分か多くなった。しかし、もっとできることがあるのではないかと、マリアは思っているのだ。
「学校に通えない貧しい子に文字を教えたり、病院を新たに設立して看護を行ったり、できることはいくらでもあります。以前デズモンド司祭に提案したことはあったのですが、『一時的な施しはかえって民のためにならない。持続的な方法を考えるから』と、それっきりで……」
マリアはそう言って、表情を曇らせた。
(彼女の気持ちもわかるけれど、司祭の考えも間違いではないわ)
貧民を救うには、魚を与えるよりもその釣り方を教えた方がよい。一時の施しだけでは、本当の意味で民を救うことはできない。
しかし、その一時の施しで救われる命もある。要はバランスが大事なのだ。
魚釣りの方法を教えることは、魚を与えない理由にはならない。
「マリアさんは、デズモンド司祭が寄付金の横領をしていると、そうお考えなのですね?」
ティナが単刀直入に尋ねると、マリアはためらいを見せた後、小さく頷いた。司祭を疑っていること自体に、良心が痛んでいるのだろう。
「以前、帳簿を確認したことがあるのですが、収支は綺麗に揃っていました。でも、やはり寄付金額が思った以上に少ない気がして……。寄付金を管理されているのはデズモンド司祭なので、それで……」
青白い手をぎゅっと握りしめた彼女は、弱々しく己の憂いを吐息と共に吐き出した。
「デズモンド司祭は本当にお優しい方なのです。だからこそ、自分の中に芽生えてしまった疑念を晴らしたいのです」
不正がないか調べて欲しいという依頼はこれまでに何件もあったが、今回はかなり黒寄りだろうと、ティナは思った。
サモンズ商会からの依頼も含め、そのほとんどは「なんとなく不正をしていそう」というかなり主観的根拠に基づいたものだった。しかし今回は、帳簿という客観的なデータが元になっている。寄付金額が少ない気がするという主観は含まれているものの、これまでより余程まともな依頼だ。
ティナは相手を安心させるような、柔らかな微笑みを作った。
「わかりました。ではこうしましょう。デズモンド司祭を調べ、もし不正の事実が見つからなければ、私が教会に対してコンサルタントを行います。司祭の言う『持続的な方法』を実現する案を授けましょう」
ティナの提案に、マリアはパッと表情を明るくした。
そして胸の前で手を組み、「ああ、神よ。この出会いに感謝いたします」と拝んでいた。
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