No.11 四日目・執事「出来立てのシュシュ」

裏庭にある物干し台には、タンクトップと短パンが2組、そしてミカ様の水着とラッシュガードが干してある。


(あのタンクトップと短パン、私は私物として持ち帰ることになるのでしょうか……)


風に揺れすぐに乾きそうなそれを見ながら、私と筋肉オバケな秘書は、こそこそと会話をした。


「とにかく、町内会長さんとお隣の山本さんには『ミカ様が不審者に狙われる可能性があるので注意してもらいたい』とだけお伝えし、お屋敷への出入りに気を配っていただくようにしましょう」


せっかくの夏祭り、トラブルは未然に防がなければならない。


「あぁ。その方が効率的だろう。あの人たちからしたら、祭りの参加者は町内の顔見知りばかりだ。人目があることで、屋敷への侵入が難しくなるとも考えられる」


「えぇ、そうであることを願います」


「祭り当日には、門扉に警備も立ってもらおう。会場として庭を貸す限り、それだけは譲れないと町内会長と交渉するべきだ」


秘書はすっかりビジネスモードだ。


「そのように、私からご連絡を入れておきます」



庭への水やりも終わり、少し暑さが和らいだ夕方。

お屋敷に、近所の奥様方が10人ほど集まってきた。

祭りのバザーで販売する巾着袋や、シュシュ、エコバッグを作るため、公民館の代わりに居間を使っていただくのだ。

事前にお伝えしてあった不審者の話を、真剣に受け止めてくれた山本さんの発案で、祭りの手伝いをする人は皆、即席のバンダナを左手首に巻いてくれている。


「ミカちゃん。これから数日、お屋敷に色んな人が出入りさせてもらうことになるわ。このオレンジ色のバンダナを巻いているのが役員さんやお手伝いの人だから、それ以外の人に何か頼まれても無視するのよ」


「はーい」


ミカ様自身は、父親が自分のところに現れ、ひいては攫われたりするのではないか、という危機感は持っていないようだ。

マドカさんが、そのような心配を植え付けないよう配慮しているのだろう。


「それからハリーの執事さん」


「はい」


山本さんは、今度は私のほうを向く。


「あれ、どこか違う場所に置いてくださらないかしら?」


彼女はお祖父様のバカラのデキャンタコレクションを指さした。


「どう見ても高価なものよね?この居間を、祭りの準備中は何度かお借りすると思うのだけど、万が一にもふらついたりして、あれを壊したらと思うと、落ち着かないの」


他の奥様方も、うんうんと頷いている。

確かにその気持ちは分からなくもない。

私は了承し、デキャンタを一つ一つ大切に、二階の使われていない部屋へと移動させた。



全てのデキャンタを移動して居間へ戻ると、秘書が針と糸を持たされ固まっていた。

大きな肩幅のマッチョな男が、小さな針を持って縮こまっているのは、なんとも滑稽だ。

背後に回り込み、その手先を見て笑いを堪えていると、私の視線に気が付いた秘書が泣き言を言ってきた。


「代わってくれ。俺には無理だ……」


お手上げだと、彼は両手を上げる。


(最初から断ればいいものを。いい顔して「やってみます」などと言ったのでしょう)


「では、アナタとミカ様で皆さんにお茶をお出しいただけますか?」


「助かる……。うん、お茶出しは任せろ」


彼は逃げるようにキッチンへ向かった。

私は秘書が縫った箇所をほどき、近くにいたご婦人に指示を仰ぎながら、巾着袋作りをやり直す。


「執事さんの針仕事、絵になるわねー。腕が長いからかしら?」

「ほんと、縫い目も綺麗だし、仕事が早くて頼りになるわ」


執事として日常の中でもやっている作業を褒められるのは、堪らなく照れ臭い。


「お茶をどうぞ」


ミカ様がローテーブルにコースターを置き、秘書の持つお盆からグラスを一つずつ置いていく。


「まぁ、フルーツアイスティー?涼しげで美味しそう」

「見た目もオシャレねー」


秘書は朝食のヨーグルトやスムージーに入れるために、冷凍のフルーツをたくさん買い込んでいた。

冷凍食品を普段あまり使わない私は、密かにそれを良く思っていなかったが、こんな手軽にフルーツアイスティーになり、奥様方を喜ばせることができるとは。

筋肉オバケの癖にやるではないか。


「ハリーは、こんな執事さんや秘書さんに支えてもらえて、幸せね」


その言葉は、私にも秘書にも、何よりの賛辞だった。



色とりどりの布が瞬く間に、巾着袋、シュシュ、エコバッグになっていく。

これらの売り上げは、地域の福祉活動に使われるらしい。


「ミカちゃん。髪を結ってあげるから、ブラシを持っていらっしゃい」


今日はプール遊びのあと、ミカ様は綺麗な髪を結ばずにおろして過ごしていた。

山本さんは、出来立てのシュシュで、彼女の髪をポニーテールにしてくれる。


「うわー、ありがとう!このオレンジ色のシュシュ、ミカがもらっていいの?」


「えぇ、もちろん。フルーツアイスティーのお礼ですよ」


「ユニに見せてくるね!」


大勢の来客に驚いたのか、気を遣ったのか、皆に居間を譲ってくれたユニは、二階の寝室のベッドの上で寝そべっているだろう。

ミカ様が階段を駆けあがっていくと、山本さんは私に言う。


「ミカちゃん元気になってよかったわ。おじいさんとおばあさんが相次いで亡くなったとき、本当に悲しそうで、見ていられなかった」


「ひ孫として、ご祖父母様に可愛がられていましたからね」


「えぇ。悲しみから抜け出せないミカちゃんを心配して、マドカさんは屋敷から離れたほうがいいだろうと、神戸に移り住んだって聞いているわ」


私も、ご祖父母様それぞれのご葬儀には関わらせていただいた。

どちらも喪主は孫である坊ちゃんだったからだ。

あのとき終始マドカさんの影に隠れて泣いていた、小さな少女を思い出す。

悲しみを乗り越え、笑顔が戻ったミカ様には、今後も笑顔で過ごしていただきたい。

まずは、無事に夏祭りを楽しんでもらえるよう、私はより一層、気を引き締めた。



夜になると、この数日ですっかり『日常』と呼べるようになった、三人プラス一匹の生活へ戻った。

今夜は私が、ミカ様のバスタイムの警備をし、彼女が怖くならないように見守る。

その間に、秘書は夕食の片づけをし、明日の朝に食べるフレンチトーストを仕込むそうだ。


ミカ様はお風呂に入る前、夏休みの宿題の絵日記を描いていた。

色鉛筆を使い、カラフルに描きあげた日記を「できた!」と見せてくださったのだが、私は思わず目頭が熱くなってしまう。


「上手に描けてるな、ミカ!こっちの肩幅が広いタンクトップが俺で、この眼鏡で肩のところが赤くなっているタンクトップが執事か。うん、水鉄砲から水が飛び出す様子の躍動感もいい!」


「私にも、ちゃんと見せてください。あぁ、プールサイドにはユニもいるし、本当にいい絵です」


(日焼けで少しヒリヒリする肩も、こうして絵にしていただくといい思い出となりますね)


絵の中の水着にラッシュガードを羽織ったミカ様は、時系列的にこのときはまだシュシュをいただいていなかったはずだ。

しかし、シュシュでポニーテールをしている絵になっていて、その柔軟さに私は感心してしまう。


「ねぇ、今夜もみんなで一緒に寝るでしょ?」


風呂上りのミカ様のその発言を否定する役割は、私も秘書も負いたくない。

結局、キングサイズのベッドで三人並んで眠りについた。

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