早朝、夫婦で市営グラウンドをウォーキングする「私」は、毎朝見かける人々に夫がつけるあだ名を楽しみながら歩いている🚶♀️🚶♂️✨
犬を散歩する老人、新聞配達後に歩くシャア、手押し車のおばあさんなど、さまざまな“いつもの人”が現れる👵🐕📰
しかし、私だけが見ている「斜めおばさん」だけは、夫にはまったく見えていないという――
早朝のウォーキングという穏やかな日常の中に、ふと紛れ込む “見えてはいけない人”。
夫婦の認識のズレが静かに積み重なり、気づけば日常が薄くひび割れていくような恐怖が漂います😨🌫️
観察エッセイのような軽やかな語り口なのに、違和感がじわじわと増していき、最後には背筋が冷える一篇。
「いつもの人」が本当に “いつもの” なのか——その問いが読後に長く残ります👣👁️
静かなホラー、日常のズレが怖い物語が好きな人にぴったりの短編です📘✨
いつも早朝にグラウンドでウォーキングする仲良し夫婦。グラウンドには老若男女さまざまな人がやってくる。
こっそり人々にあだ名をつけて楽しんでいた夫婦だったが、あるおばさんのことで話がくい違って……?
リアリティある物語を書くコツ、それは「事実を混ぜて書く」こと。
この物語は、作者の実体験を混ぜて書かれているとのことで、エッセイかと思うほどリアリティがある。
それゆえに、「奇妙なこと」が起こった時の恐怖感は半端なものではない。
平和な日常に突如紛れ込んだ恐怖。
もしかすると、あなたの「いつもの日常」の中にも……。
当たり前の日々が怖くなる、恐怖の物語をお楽しみください。
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時折、心の中でこっそりと実行する遊び。
町の中で見かける人々に、ひそかに「あだ名」をつける。
これって結構、覚えのある人はいるんじゃないでしょうか。「いつもおにぎりを食べながら歩いている人(おにぎり君)」とか、「小学生の集団登校の途中でいつも一人だけポツンと外れてる子(ボッチ君)」みたいに。
そんな風に自宅の窓から見かける人々や、出かけた先で目にする人々に、ちょっとあだ名をつけてみる。
本作の主人公はそうやって「馴染んだ人々」を目にしながら過ごしていたが、そこに「斜めおばさん」なる存在も混ざり込んでくる。
なんか妙に斜めになっているような人物に興味を持ちながら過ごしていると、ふと「奇妙な話」が聞こえてくることに。
「ふと見かける」、「ふと名づけるという何気ない行為。でも、何気ないと思っているその行動は、実はとっても「不思議なこと」だったのかもしれない。
日常と非日常の境界なんて曖昧なもので、自分にとっての「普通」が他の人間にとっても普通かどうかはわからない。
そんな「境界線」の揺らぐ感じや曖昧な感じが描き出されたホラー作品です。
そして最後に、これも忘れてはならない。「人にあだ名をつけている」のは、何も自分だけには限らないかも。
夫と一緒に歩いている主人公のあなた。あなたもまた、誰かから何かの名前をつけられているのかもしれない……。
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