Nameless Dream

夜桜モナカ

第1話

『いま話題沸騰中の匿名コンテンツクリエイター集団”夕闇の秘密基地”がファーストライブの開催を決定!!』


『夕闇の秘密基地から音楽担当のST0N3ストーンRonaLdoロナウドyamattoやまっとが登場!』






 ライブハウスに入ると、中はわいわいと賑わっており、大勢の人の集まりがまるで地平線を成しているようだった。

「すげ〜広いなぁ!! こりゃ楽しみだ!」

 肩にかけたタオルの端を握りしめてはしゃぐ仁田にった蓮也れんやとは対照的に、一條いちじょう由希ゆうきは不機嫌そうに腕を組んでいた。

「いい加減教えてくれないか? なんで俺をここに連れてきたんだよ」

「そりゃあ、お前にもライブを楽しんでもらおうと思って! あの夕闇の初ライブだぞ!?」

「別に、俺はもう興味ねぇから」

「つれねぇな〜、どうせ始まったら絶対に楽しいから! はい、これ掛けてこれ持って」

 蓮也は由希の肩にタオルを掛けると、半ば強引にペンライトを握らせた。

「せっかくだし、それオレンジにしとけよ。気づいてもらえるかもよ?」

「……別にいい」

 ライブハウスの中にいる人々もペンライトの準備をし始める。電源ボタンをポチポチと押し、赤、青、緑、紫……チカチカと色を変えていく。

 やがてライブハウス内のペンライトは黄色、オレンジ、白の三色の光をキラキラと放ち始めた。黄色はST0N3、オレンジはRonaLdo、白はyamattoのメンバーカラーだ。

 ST0N3がボーカルであることからか黄色の光が多く溢れているが、オレンジや白の光も負けていない。

 ふと、由希はため息をついて呟いた。「どうせ俺はRonaLdo未満の音楽作って満足するやつだよ」

 それが蓮也の耳に入る。ペンライトを光を黄色にするか白にするか迷っていた手を止めると、由希に尋ねる。

「……それが、日向ひゅうが大輝だいきに言われたことか?」

 由希は答えなかった。


 由希はかつてバンドサークルの作曲兼キーボード担当だった。

 日向大輝というのは、由希と同じ作曲担当のメンバーのことだ。楽器はドラムを叩くことが多い。音楽に対して熱血である反面、悪気は無いにしろ他人への物言いが強く、メンバーと喧嘩してしまうことも多々あった。

 由希と大輝は同じ作曲者であるものの、いわゆる”音楽の方向性”は全く違う。

 日向は憧れのRonaLdoのような音楽を作りたいと一生懸命になっていた。

 由希も彼に憧れていたが、自分なりの作曲を貫き続けていた。

 たびたび衝突することがあったのだが、由希はさっきの言葉をきっかけにバンドを抜けたのだった。


 由希が次に口を開いた時、その声には少しだけ怒りが混ざっていた。

「俺をここに連れてきたのは、日向あいつと仲直りさせるためか?」

「いや、それは違う」

「悪いが、俺は戻る気はねぇぞ」

「だからちげぇよ」

 蓮也は持っていたペンライトのボタンとカチカチと押して黄色に輝かせた。

「オレはお前に、夕闇を含め音楽に戻ってきて欲しいんだよ。だから、今日ここに連れてきた」

 ペンライトを振りながらステージを差す。

「日向と無理に仲直りする必要は無い。だが、お前の友達ダチとしても、夕闇のファンとしても、あのことがきっかけでお前に離れられるのは……やっぱり、寂しいんだよ」

「……それに」と付け加える。

「お前、本当はまだ夕闇のこと好きなんだろ?」

 由希からの返事はまたもや無い。

 しかし、しばらく黙った後、由希は「別に……」と蓮也から顔を背けた。

「お前はさ、夕闇を好きで良いし、音楽が好きで良いんだよ。誰になんと言われようとな。好きなもんは素直に『好きだ』って言っちまえば良いし、お前はお前の音楽を作っていけば良い」

 由希に顔を向けるも、由希の表情はステージを眺めたまま暗くなっていた。

 蓮也は由希の手を掴むと、持っていたペンライトを強引にオレンジ色に光らせる。

「だから、お前はRonaLdoの音楽が好きで良いんだよ。もちろん、お前がRonaLdoになる必要は無い。お前が好きだってだけで充分なんだ」

 驚いて蓮也を見つめる由希は、まだどことなく悲しそうな顔をしていた。

 蓮也は自分のペンライトの色を次は白にしてみると、由希の顔の前でそれを振った。

「お前の知らない最近の曲もあれば、初期の曲も歌ってくれるらしいぞ〜。特に、この前公開された『Namelessネームレス Dreamドリーム』は、どんなに小さなことでも、どんなに曖昧なことでも、抱いた”夢”を大切にして欲しいっていうメッセージが込められてるんだってさ」

「だから、お前も抱いた夢は大切にしろよ」と、蓮也は由希の胸を拳で小突く。

 すると、突然ブザー音が鳴り響いた。

「そろそろ始まるぜ……!」

 そう言うと、蓮也はタオルの端を握りしめながら、早くもペンライトを小さく振り始めた。

 やがて、天井に付いたライトが消えていき、ライブハウスの中は暗くなっていった……。











 ——夕闇の秘密基地へ、ようこそ。






 その瞬間、ライブハウス中に歓声が響き渡った。

 ステージの上には、いつの間にか全身を影で覆われた三人の人が立っている。

 真ん中に、マイクを握り黄色のドレスを身に纏った、ST0N3。

 左に、片手を挙げてギターを構えている、RonaLdo。

 右には、キーボードの後ろでスタイリッシュに立つ、yamatto。


 ST0N3が顔を上げると、暗がりながらもその顔に狐のお面が被さっていることが分かる。次の瞬間、音楽が鳴り出し、ST0N3はマイクを構えて歌い出した。






 蓮也が言った通り、彼女が歌うのはほとんどバラードだった。

 ゆったりとした彼女の歌声に、周りはペンライトを左右に揺らしている。蓮也もその一人として混ざっていく。

 ふと、由希の知っている旋律が聞こえた。歌っているのは最新曲の『Nameless Dream』とやらだったが、由希がバンドサークルに加入する前によく聞いていたあの曲と同じメロディが流れている。由希は、ずっと下ろしていたオレンジ色のペンライトを何気なく見つめた。

『Nameless Dream』を歌うST0N3が、「ずっとそばにいるよ、ここで待ってるよ」という歌詞を口にした。




 ——私、いつかコンテンツクリエイターになりたいんだよね!


 由希が思い出したのは、随分と昔の思い出だった。

 中学生くらいの時だろうか。当時も蓮也が居て、転校してきた女子生徒——確か、長井ながい三葉みつはと言った——と仲良くなり、よく三人で休み時間を過ごしていた。

 仲良くなって分かったのは、彼女は繊細で人見知りな性格に見えるが、意外と明るくてノリが良く、さらに多才であるということだ。

 作詞・作曲が得意で、パソコンやタブレットの操作もお手のもの。学校のタブレットをこっそり使い、すぐに短いメロディを作って聞かせてくれた。

 そして、物語を作るのも好きときた。その上、動画編集やイラストを練習中なのだと言う。いつか、自分で音楽を作り、自分でイラストを描いて、ミュージックビデオを作るのが夢だとよく言っていた。


 そんな彼女がある日、思い立ったように言ったのが『私、いつかコンテンツクリエイターになりたいんだよね!』であった。

「例えばさ、この曲の一番では主人公たちの昼の生活を表して、二番で夜の秘密活動を示唆する。それで、こっちの曲の主人公は、この曲の主人公たちを怪しんでいて密かに調べ始める……みたいな!」

 要は、自分の作ったミュージックビデオに一連の物語を付けて、一つのコンテンツにしたいとのことだった。

 彼女はいつだって自分の夢に本気だった。卒業する前にはイラストも動画編集もすっかり上達していて、クラスメイトに綺麗なビデオレターを作って、先生も含めて全員を泣かせたことがあった。もちろん、後ろで流れていたBGMも彼女が作曲したものだ。


 そう、確か——由希が音楽を作ろうと思ったのは、彼女がきっかけだった。

 ずっと音楽は聞くだけ、動画は見るだけだった由希は彼女の活動を見て、「自分も何か作りたい」と思ったのだった。

 幸いピアノを習っていた経験があった由希は、五線譜とペンを片手に音を並べるところから始めた。思い浮かぶもの片っ端から形にしていくうちに、自分の好きなメロディや作りたいメロディが見えてきた。

 当然ながら、当時は夕闇の秘密基地はまだ存在していない。由希の音楽はすでに確立していたのであった。


 三人はそれぞれ別の高校に進学して、すっかり会う機会が無くなってしまった。蓮也とは大学で再会したものの、三葉には中学卒業以来会っていない。

 連絡先も知らなければ、住所も分からない。中学時代は近所に住んでいたが、高校進学と共に引っ越すと三葉本人が言っていた。蓮也も以来会っていないようだった。


 三葉は、今、何をしているのだろうか。

 今も夢を叶えているのだろうか。




 由希はオレンジ色に光ったペンライトを振った。







 ——下を向いても、後ろを振り返ってもいいの。


 ——「夢は見ている限りきっと無くならないよ」


 ——ワタシ、ココニイルヨ。











「あぁ……最高だよ、最っっ高だったよ! マジで生きてて良かったぜ……!」

 ライブハウスの外に出ようとする人々の波の中、蓮也は掛けていたタオルで両目を覆っていた。

「なぁ、お前、途中からペンラ振ってたよな!? やっぱり楽しかったろ、来て良かったろ!?」

 テンションが振り切って上がった蓮也に揺さぶられながら由希は答えた。

「……ああ、そうだな……懐かしかった」

「そうだろ〜!!」

 一人ではしゃぎ続ける蓮也を横目に由希はライブ中のことを思い返していた。


「俺、やっぱり……なんか、作りたいわ」

 すっかり暗くなった帰り道でそう呟いてみたところ、蓮也はハッとして由希の顔を見上げた。

「……もし良ければ、もう一度、音楽に戻ってきてないか!?」

「……そうだな、音楽でも良いかもしれない。実際、今の俺に作れるのは音楽だけだからな………………でも、俺は、もうあのバンドには……」

「由希! そこは、オレがいるだろ!!」

「えっ」


 由希、オレと組んでくれないか?

 オレもずっと何かを作りたかったんだ。

 今はまだ具体的な目標が無くたって良い、曖昧なままで良い、活動や行動にちゃんとした名前や根拠が無くても良い。

 まずは、一緒に音楽を作ろうぜ! お前が抱いた夢、今からでも叶えよう。お前と一緒に作る何かを見るのが、今のオレの夢だ!!

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