第33話 必要な事


それから、

さくらは共有スケジュールを以前よりよく見るようになった。


自分の予定だけではない。

部署全体の予定。


その中にある、

さくやの名前。


午前 社内打ち合わせ

午後 機材確認

翌日 現場


見つければ、

仕事用のノートに書き留める。

最初はそれだけだった。

________________________________________

ある日の午後。

さくらは翌日の予定を確認していた。


さくやは朝から現場。

集合時間は早い。


その予定を見ながら、

ふと周囲の会話が耳に入った。

「明日の資料、現場にも持っていくんだよね?」


主任がさくやに確認している。

「あ、そうですね。」


「じゃあ印刷しておかないとな。」


さくらは画面を見る。


その資料なら、


自分も場所を知っている。


少し考えて、

必要な部数を印刷した。

机の端にまとめて置く。


誰かに頼まれたわけではない。


でも、

明日の朝に慌てるより、

今やっておいた方がいい。


それだけだった。

________________________________________

翌朝。

さくらが出社した頃には、

さくやはもう現場へ向かったあとだった。


机の上に置いてあった資料も、

なくなっている。


それを見て、

少しだけ安心した。


何も言われなかった。

感謝されたわけでもない。


それでも、

使われたのなら、

やっておいてよかった。


そう思った。


以前なら、

頼まれていない仕事をすることに、

もう少し迷っていたかもしれない。


今は違う。


必要になると分かっているなら、

先にやっておけばいい。

困ってからでは、

遅いこともある。



昼過ぎ。

現場へ出ていたさくやが戻ってきた。

「お疲れさま。」


「お疲れさまです。」


鞄を置き、

パソコンを立ち上げる。


それから、

すぐに別の社員に呼ばれた。

「咲夜さん、今いいですか?」


「はい。」


さくやが席を立つ。


少し離れたところで、

話を聞いている。

笑っている。

頷いている。

いつも通りだった。


ただ。

話が終わって席へ戻る途中、

ほんの一瞬だけ、

表情から笑顔が消えた。


そして、

椅子に座る。


小さく息を吐いてから、

また画面へ向かった。


さくらはそれを見ていた。


この前感じた、

あの小さな違和感は

なくなってはいなかった。



その夜。

さくらはノートを開いた。


仕事の予定に混じって、

さくやの予定がいくつか並んでいる。


水曜 午後外出

木曜 午前打ち合わせ

金曜 現場


どれも、

会社で確認できる情報だった。

何もおかしくない。


ページを眺めながら、

さくらは少し考える。


この予定を知っていたから、

今日の資料を準備できた。


その前も、

仕事の状況に気づいたから、

手伝うことができた。


傘のときもそうだった。

気づけたから役に立てた。


だったら。

知らないより、

知っていた方がいい。


ペンを持つ。

ページの下に、

小さく書いた。


『知っていた方が、助けられる。』


少し考えて、

その下にもう一つ。


『困る前に。』


さくらは、

その二行を眺めた。


さくやから、

何かを頼まれたわけではない。

助けてほしいと言われたわけでもない。


でも。

頼まれてから動くより、

先に気づけた方がいい。


実際、

そうしたことで、

何度も喜んでもらえた。


だから、

間違っていない。

さくらはそう思った。


ノートを閉じる。


知ることは、

誰かを助けるために必要なこと。


その夜、

さくらの中に生まれたその考えは、

とても自然で、

とても正しいものに思えた。


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