第7話 同類
『友とは、選ぶものではない。選ばれるものだ。』
──沼田たけし
放課後というものが、こんなに長いとは知らなかった。
授業が終わる。掃除が終わる。帰りのホームルームが終わる。
そこから、下校時刻までの一時間半。
部活のある人間は、そこへ行く。行く場所のある人間は、行く。
俺は、行く場所がない。
いや。訂正する。
俺には、行く場所がある。
図書室だ。
◆
図書室というのは、正しい人間が集まる場所である。
騒がしい場所を好む人間は、騒がしさで自分の中の空白を埋めている。静けさに耐えられないからだ。
静けさに耐えられる人間だけが、図書室にいる。
俺は、静寂を好む男だ。
◆
三日連続で通っている。
一日目は、歴史の本を読んだ。二日目は、動物図鑑を読んだ。虎の項目を読んだ。三日目の今日は、まだ何も選んでいない。
窓際の席が空いていた。
そこに座って、外を見た。
グラウンドでは、サッカー部が走っている。相川がいる。走っている。
見ていても仕方がないので、視線を戻した。
書架の間を歩いた。
背表紙が並んでいる。文学、歴史、科学、料理。ここには全ての分野がある。全ての分野があるということは、どこにも属していないということだ。
図書室は、俺に似ている。
奥の窓ガラスの前に、男がいた。
窓の外を見ているのかと思ったが、違った。
ガラスに映った自分の顔を見ていた。
前髪を、手で押さえていた。押さえて、離した。少し首を傾けて、また押さえた。角度を変えて、確認した。
三十秒ほど、それを続けていた。
目が、合った。
ガラス越しに。
男は振り返って、俺を見た。
「今の、見た?」
「……見た」
嘘をつく理由がなかった。
男は、気にした様子もなく続けた。
「いや、さっきさ、司書の先生が俺のこと見ててさ」
「……」
「絶対見てたわ。二回見てた」
俺は、カウンターの方を見た。
眼鏡をかけた女性の先生が、本にバーコードを貼っている。こちらは見ていない。
なるほど。
つまり、こういうことだ。
この男は気づいていない。
司書が見ていたのは、この男ではない。俺だ。
考えてみれば当然のことで、俺は三日連続でこの図書室に通っている。毎日来る一年生。一人で来る一年生。何も借りずに帰る一年生。
大人は、そういう人間を見る。
観察されている、という言い方が正確だ。
「あの人は、俺を警戒している」
俺は言った。
男が、こちらを見た。
「え?」
「三日、通っている」
「……いや、俺を見てたんだって」
「そうか」
「そうだって」
……。
まあ、そういうことにしておこう。
男は、そのまま隣の書架に移動した。
そして、そこにあったガラスの扉に、また顔を映していた。
俺は、その二つ隣の書架にいた。
「なあ」
男が言った。こちらを見ずに。
「一組?」
「二組だ」
「あー、俺、四組」
「そうか」
「野球部入ろうと思ったんだけどさ、坊主にしろって言われて。やめた」
「……そうか」
「髪って、大事じゃん」
俺は、髪について特に思うところがない。
だが、この男には、あるらしい。
譲れないものがある人間は、嫌いではない。
下校の放送が鳴った。
男が伸びをした。
「じゃ、帰るわ」
「ああ」
男は歩いていった。書架の間を抜けて、扉の方へ。
その途中で、ガラスに映った自分をもう一度確認していた。
背中に視線を感じた気がしたが、気のせいだ。
◆
「おかえりー。今日も遅かったね」
「図書室だ」
「本読んでるの?」
「まあな」
母は、鍋の火を弱めながら聞いた。
「学校、友達できた?」
俺は、少し考えた。
「……同類がいた」
「え?」
「なんでもない」
◆
夜。
明日、また図書室に行くかどうかを考えた。
行くだろう、と思った。
あの男も、おそらく来る。毎日ガラスの前にいる人間は、明日もガラスの前にいる。
別に、待ち合わせているわけではない。
同じ場所に、たまたま同じ時間にいるだけだ。
それを友人とは言わない。
……。
そういえば。
名前を、聞いていない。
向こうも、俺の名前を聞かなかった。
名乗るということは、隙を見せるということだ。
つまりあの男も、それを知っている。
やはり、同類だ。
『向こうから来た。それだけのことだ。』
──沼田たけし(同日・追記)
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