ハンドメイドとストロベリー

蝶鮫

第1話 わたしの居場所、いつもの光景


 今年度も部活は始まる。

待ちに待った春が訪れた。やさしい日差しが手芸部の部室に注ぐ。ぽかぽか陽気で、ちょっと眠たい。手芸部は春休みは活動がなかったから、部活が始まるのが楽しみだった。

「ねむたくない? みんな」

 わたしがそう聞くと、隣にいた手芸部の後輩、上野さんはメガネを人差し指でくいっとあげながら、ふふん、と笑った。黒くきれいな髪が、昼の日差しに照らされてなんだか美しい。

「いえいえ。春はインスピレーションが湧きます。春の花たちを見てたら、いい案、たくさん思いついちゃいました! 寝てる暇なんかないですよ!」

 メガネ越しに、目を細めている上野さん。わたしはほっとする。

「そっかー。よかった。上野さんのフラワービーズリング最高だもん」

「ありがとうございます! 今のマイブームは薄い色というか……桜色とか、薄紫を使うのが好きです」

 上野さんは制作中であろうフラワービーズリングを見せてくれた。小さいビーズでお花の形をつくる、可愛い指輪だ。カラーバリエーションも豊富で、透明なもの、色がはっきりしてるものなど全く印象が違って、見てて楽しい。

「ふふふ、いいねー。あ、下田くんは?」

 もうひとつの大きい机の前に座っていた下田くんは、かぎ針編みであみぐるみを作りつつ、あくびをしていた。その姿はなんだか猫っぽい。

「おれはもう眠いです。……編み物、また目を飛ばしちゃいそう」

 編み物の目を飛ばすと、編地に隙間ができてしまう。だから、たびたびチェックをすることが大事なのだ。

「前、絶望の表情でほどいてたよね、毛糸」

 わたしの言葉に、下田くんはうなずく。

「そうっす。結構進んでたのに……残念でした、あれは……。ところで部長、そのスケッチはなんすか? 新作?」

 下田くんがわたしのノートに目をやる。

「ふっふっふ、これは刺しゅうの図案です!」

 わたしはノートを掲げた。そのノートの中には、クッキーやショートケーキ、プリンなどのお菓子の絵が書かれてる。

「すごい! スイーツの刺しゅうするんですね! 自作ですか? この図案」

 上野さんが目を輝かせた。

「えっと、手芸本に載ってた図案だよ。いつかは自分の考えた絵で刺しゅうしたいんだけど……この図案集に乗ってた絵がかわいくて」

「お、かわいい。おいしそー」

 わたしは「かわいすぎ! あまーいスイーツ刺しゅう」という、市の図書館で借りた本を二人に見せびらかすと、ふたりは、興味津々で身を乗り出した。

「さて、図案を布に写さなきゃね……」

 わたしはかばんから小さいトレース台を取り出した。それを、モバイルバッテリーにつないで電源をつけた。トレース台がまぶしく光る。

 トレース台の上に図案、その上に刺しゅう布を置く。すると、図案が透ける。

準備はオーケー。これで、水で消えるペンでなぞれば、布に図案を転写できる。

 みんなで、それぞれの作業に取り掛かる。

 刺しゅうはお絵かきみたい。刺しゅう図案を考えたり、好きな色の糸を選んで、ちくちくと縫ったり。

 図案をペンで写し終わって、ふぅ、と深い息を吐いた。

 今度は刺しゅう枠、刺しゅう針、刺しゅう糸の入ったケースを取り出し、縫う作業に入った。

 丁寧にちくちく糸を通す作業が好きだ。長時間やってると、ちょっと目が疲れるけど……。刺しゅうは時間がかかる。けど、その時間がわたしにとっては大切だ。

 ていねいに刺しゅうをすると、頭のもやもやがなくなっていく感じがするんだ。

 と、その様子を上野さんと下田くんがじっと眺めていたことに気づく。

「わっ、どうしたのふたりとも」

 刺しゅうしてる手を止めて、わたしはたずねた。

「いや、部長、刺しゅうが上手で羨ましいなと思って」

「あ、ありがとう」

 わたしは照れくさくて、思わずはにかんだ。

「いいなー。……っと、おれも編みぐるみ作り頑張らないと」

「そうね、お互いがんばりましょ、下田くん、部長!」

「はーい」

 と、手芸部のみんなで、こんなふうに手芸をしたり完成品を見せたりしながら、のんびりとした時間を過ごしている。

 わたしにはこれがたまらなく幸せだ。

 この幸せがずっと続くといいな。わたしはぼんやりそう思っていた。


 翌日の放課後。顧問の百道先生に、職員室に来るように言われた。

 なんだろう、と緊張しつつ入ると、とんでもないことを言われた。

「え……廃部……?」

 わたしの顔が青ざめていくのを感じた。

「いや、まだ決まってないよ。ただ……部員が三人のままだと、廃部の可能性はあるんだ。今年度から、四人いないと部として認められなくなるんだ。」

 百道先生は困ったよねえ、とお茶を飲みながら言った。ふさふさの白眉毛をひそめていた。

「麦田さん。ぼくも、手芸部の雰囲気が好きなんだよ。三十年勤めてきたけれど、あんな和やかな部活ははじめてだ。だから終わってほしくない」

「ひえ……どうしよう……わたしも終わらせたくないです」

 わたしは涙目になる。どうしたらいいんだろう。どうやって部員を集めよう……。 

「……来週の新入生歓迎会で、部員を集めたいよね。部活紹介のコーナーがあるから、そこでアピールするのがいいと思う」

「そっか、そうですね……。

「そこで完成品を見せたり、文化祭で手芸品を売ったりしたりとか……。去年もやったじゃない。そういうところとか、普段のおだやかな活動をアピールするのもいいと思う」

「部活、存続してほしいですね……ぼくも、できる限りの協力はするよ」

「はい、助かります……」

「し、失礼しました……」と力ない声で言うと、わたしはとぼとぼ歩く。足取りは重い。

「……はぁ、どうしよ……」

 廊下でわたしはため息をつく。ほんとうにどうしよう。どうアピールしたら、新入部員が集まる? ていうか廃部になったら、上野さんと下田くんはどうなっちゃうんだろう。

 個人的に、学校の外で集まる? でも……それって大変じゃない? そもそも集まる場所って、どこがあるの?

 もんもんと考え込むわたしに気付いた。いつもの考えすぎの波が来た……!

 と、とりあえず部室に行こう。みんなの力を借りよう。

 廊下を歩くスピードをはやくして、部室へ進んだその時。


「きゃー! 一吾くんかわいー!」

「ほんと弟にしたい!」

 向かいから、女子たちの黄色い歓声が聞こえた。

 なんだろ、アイドルの動画とか見てるのかな? と思ってたら。

 曲がり角から、女子の集団が――とてもかわいい男子を囲んで、歩いていた。

 背は低め。周りの女子たちの方が女の子みたいな丸い瞳の男子は「えー、うれしいです!」とまんざらでもなさそうだ。萌え袖というのだろうか、カーディガンがだぼっとしている。

「一吾くんってアイドル目指せるんじゃない?」

「そうですか?」

「あたしが応募してあげるよー」

 なんてね、あはは、と嬉しそうに笑う取り巻きの女子達。

 と、通り抜けにくい……! ……すっと避けてすれ違った。すれ違い成功。


……なんていうか、珍しい光景だな。入学式はまだ始まってないし、わたしは中学三年生だけど、同学年にあんな人はいない。……二年生か。知らない子だな……。

 と思ってふと振り向くと、誰かが落とし物をしていた。刺しゅうのパステルピンクのハンカチ。

「……あっ」わたしはハンカチのところへと駆け寄り、手に取った。

 どうしよう。誰が落としたの? 声をかけて落とし主へ渡したいけど、ちょっとあの取り巻きの中に入るの怖いかも。

 ――でも。このハンカチ、すごくかわいい。多分ハンドメイドなのかな、手刺繍がほどこされている。薄いピンク色の生地に、ワンポイントで苺の刺繍がほどこされてある。シワもなく、大切に扱っているような気がする。

「あ、あの! だれか、ハンカチ落としたよ!」

 柄にもなく大きい声が出た。みんなが振り向く。

 「えー、誰の?」「可愛いハンカチじゃん」と女子たちがお互い顔を見合わせて言う。

すると、「あ、ぼくのです……」と手を上げた。――真ん中の、ミルクティーみたいな色の髪の毛をした、背が低い男の子だった。

 わたしはその子へと、駆け寄る。

「このハンカチ、パステルカラーでかわいいね! 刺繍も素敵。手刺繍なのかな? すごく上手だし、ていねいで───」

と、語りだしたところで、周りの子と男の子のキョトンとした顔に気づく。しまった。語りすぎちゃった。

「あ……とりあえず、素敵なハンカチだねーということを言いたかったんだ! ごめんね!」

わたしは気まずくなってそそくさとその場を離れるのであった。刺しゅうのことになると、いつもこうだ!

いそごう、手芸部室へ。

「あ、部長おかえりなさい」

上野さんが挨拶をしつつ、すぐ視線を机の上に戻した。

――いつものように、かわいいビーズリングを作っていた。今回は、パステルイエローと透明なビーズを使っているようだ。

下田くんも、かぎ針で、慣れた手つきで水色のくまのあみぐるみを編んでいた。

—―生き生きしてる。楽しそう。でも、この場所、もしかしたらなくなるかもしれない、と思うと悲しい。

「ん? 部長、どうしたんですか?」

下田くんがちらりとわたしをみる。その言葉に、上野さんもわたしを見た。

「……実は……今年度、部員が集まらなかったら、廃部するみたい」

 わたしは重々しく口を開く。

「え……!?」

 ふたりは手を止めた。

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