『SIDE A:第一章』#02 "反響"

朝の札幌は、昨日と同じ顔をしていた。


違っていたのは、スマホの中だけだった。


⸻


市内を見渡せるファミレスにて。


「これ、もう出てる」


結城美咲(ゆうきみさき)が画面を見せる。


昨日のスタジオ演奏の切り抜き。


正式な配信でもなく、編集も雑な短い映像。


それでも再生数だけが、妙に速く伸びていた。


⸻


「……もう見られてるんだ」


白坂蒼唯(しらさかあおい)は静かに言った。


驚きというより、現象の確認に近い声だった。


⸻


「見つかってるっていうより、流れてる感じだね」


美咲は少しだけ笑う。


まだ“実感”に届いていない笑い方だった。


⸻


鼎まりみ(かなえまりみ)は、映像ではなくコメント欄を見ていた。


「“SIGN@Lって何?”って多い」


「曲名だけ先に広がってる」


指が止まらない。


スクロールの速度だけが、現実より少し先を行っている。


⸻


その少し後ろで、蔡涼歌(さいすずか)は何もしていなかった。


スマホも見ていない。


ただ、昨日の音を反芻している。


揃っていないのに、なぜか自然だった音。


崩れていないのに、説明できないまとまり。


⸻


2時間後、スタジオにて。


四人は引き続きスマホやタブレットを見て盛り上がっている。


倉橋(プロデューサー)は隅の席でそれを見ていた。


「想定はしていない。でも驚きでもない」


「どっちなんですか、それ」


美咲が聞くと、少しだけ間があった。


⸻


「結果として、“最初に外へ漏れた音”になっただけだ」


⸻


その言い方には、評価も熱もない。


ただ事実だけが置かれている。


⸻


「でもさ」


まりみがぽつりと言う。


「10曲ある中の1曲なんだよね、あれ」


「そう」


⸻


倉橋は続ける。


「全部、自分が作った曲でね、」


⸻


その事実は、誰にとっても自然だった。


疑う理由も、特別視する理由もまだない。


⸻


「SIGN@Lも、その中のひとつなんだよ」


「特別扱いされる前の、ただの1曲だった」


⸻


蒼唯が小さく頷く。


「じゃあ、たまたま出た感じ?」


「たまたま、という言い方もできる」


⸻


倉橋は視線を少し落とす。


「でも、鳴ったものは外に出る。」


⸻


短い沈黙。


⸻


そのとき、涼歌が初めて口を開いた。


「……なんでだろう」


小さな声だった。


⸻


「なにが?」


美咲が聞く。


⸻


「この曲」


⸻


涼歌は少しだけ間を置く。


「すごく、しっくり来る」


⸻


誰もすぐには返せなかった。


⸻


「気持ちいい、とかじゃなくて」


「当たり前みたいに入ってくる」


⸻


その言葉に、まりみが一瞬だけ反応する。


けれど言葉にはしない。


⸻


「理由は分からないのに」


「外れてる感じがしない」


⸻


その感覚は、誰かに説明できる種類のものではなかった。


⸻


倉橋は少しだけ息を吐いた。


(まだ言語化されていない段階か)


⸻


「それは、悪いことなの?」


美咲が聞く。


⸻


涼歌は首を振った。


「分からない」


「でも、嫌じゃない」


⸻


その言葉だけが、妙に残った。


⸻


窓の外では札幌の空が少しずつ明るくなっている。


昨日と同じ時間のはずなのに、何かだけが少し違う速度で流れている。


⸻


スマホの通知がまた一つ増えた。


知らない誰かが、その音に触れた証拠。


⸻


美咲は画面を伏せる。


「ねえ、これさ」


「うん?」


「もう“外側の話”になり始めてない?」


⸻


その問いに、すぐ答えは返らなかった。


⸻


ただひとつだけ確かなことがあった。


その音は、もうスタジオの中だけのものではなくなり始めていた。


⸻


「なんか…ワクワクするなぁ」


倉橋が言った。


みんなも同じだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る