第3話

 騒ぎの方向へ向かえば、何やら一人の女が四名の男に囲まれているのが見えた。

 木々生い茂る森を巧みに使い、逃げ回っているようだが……流石に疲れ果てたか。

 しかし、見た限り女の方が強そうであるが、なにゆえ逃げ回っているのだ?


「はぁ、はぁ。無駄に逃げ回りやがって」

「道場主の娘を攫ってこいって任務がこんなに手間がかかるとはな」


 人さらいの類か。

 詳しくは知らんが、同族を売るとは面妖なことよ。

 天敵に襲われた群れが弱者を切り捨てるならわかるが、そうでもないというのだからまことに疑問でならない。


「……待て、なんかいるぞ」

「なに?」

「おい! そこにいる奴! 出てこい!」


 む? 気が付かれたか。

 とはいえ、気配を消していたわけでもない。

 見た目通り、大した連中ではないようだ。


「ふむ、呼ばれたから出て行くが、何用か?」


 別に隠れている理由もない。

 こやつらが我を脅かすこともなく、我は干渉するつもりもない。

 ならば出たところで何も不都合はあるまい。

 茂みをかき鳴らしながら、かの者らの前に姿を現す。


「ぜ、全裸だこいつ!」

「この山の中で全裸って正気か!?」

「失礼な奴らであるな」


 全裸なのは仕方がないだろう。

 着るものがないのだ。


「それで? 我に何か用か?」


 見た限り、親切に道を教えてくれる人間でもなさそうだ。

 それならばこ奴らに用事はない。

 はっきり言ってしまえば、もう立ち去りたいのだが。


「おい、どうするよ」

「どうするって、見られたからには口封じだろ?」

「山賊に追いはぎされたようなガキだぞ?」

「だが、そうする決まりだ。悪いな、ガキ」


 言いながら、男どもは懐から刃物を取り出す。

 ナイフという奴か?

 以前我の目の前で悠長に飯を作り始めた奴が使っていたのを覚えている。


「ふむ、我に挑むというのか?」


 やはり、人の感覚器は脆弱なのだな。

 まあ、分かれと言う方が酷い話か。


 これまで我に挑んできた者どもはやはり特別であったか。

 まあよい。挑むというならば、受けてやるが強者の務め。

 しかし、その前に聞くべきことがあるな。


「時に、我に挑むというのなら一つ聞こう」

「……なんだ?」


 竜に挑む――もう竜ではないのであったな。

 では、強者に挑むならば、心するべきことがあるだろう。

 こやつらにあるようには見えぬから、尋ねておいてやろう。

 今の我は機嫌が良いのでな。


「――死ぬ覚悟はあるか?」


 軽度の威圧を飛ばしながら、尋ねる。

 戦の前の嗜みだ。

 お互いに威圧し合う、心地よい殺気を浴びせ合う。

 これはもはや、礼儀であろう。


「う、うわあああああああああ!」

「殺せ、殺せぇえええええええ!」


 なんと、こやつら狂乱に陥りおった。

 この程度は挨拶代わりであろう?


「ふむ、覚悟はなさそうだな」


 で、あるならば、殺すのは勘弁してやろう。

 我は寛大である。


「力加減は……この程度で良いか」


 右こぶしを軽く握り、これまた軽く振るう。

 拳は襲ってきた男の顔にめり込み、手には骨が砕ける感触が伝わる。

 男は大きく飛んでいき、その勢いのまま茂みに落ちていった。

 ……思っていたよりも脆いな。もう少し加減が必要か。

 はてさて生きているかどうか。


「ひ、ひぃ!」

「こいつ強いぞ!」

「……せっかくだ。力加減を確かめる手伝いをしてもらおう」


 今後人としてやっていくのだ。

 力をそのまま振るい続けていれば、近づくもの全てを傷つける存在となってしまう。

 それは望むべくところではないのでな。

 狂乱ながらも襲い来る残り三人に、向かい直す。


「ふん」


 乱雑に蹴りを放つ。

 胴体を横薙ぎにした一蹴は当たった相手をくの字に曲げて吹き飛ばす。

 ずどんと木の幹にぶち当たった音が響く。

 落ちていく木の葉がまるで木が彼を埋葬しようとしているかのようだ。


「まだ強いか」

「化け物がっ!」

「ふむ、この程度ではどうだ?」


 今度は軽くこづく程度で。

 おっ、いい感じか?

 吹っ飛び具合が控え目だ。

 それでも茂みに頭から突っ込んでいった。


 これは我が悪いんじゃなくて、こやつらの鍛錬が足らんのじゃないか?

 そんな気がしてきたぞ。


「ひ、ひぃ……」

「なんだ、お主はかかってこんのか」


 最後の一人はすっかり腰を抜かしてしまっていた。

 まあ仲間が目の前でぽんぽん宙を飛べば仕方がないか。

 こやつらに、我が挑戦者ほどの気骨を期待するというのが間違いよ。


「さて、かかってこんのなら、話をするか?」

「な、何でもするから助けて……」

「ふむ、おかしいな。殺す気などこちらには毛頭ないぞ?」


 人というのはここまで臆病な生物だったか?

 個体差が激しいことは知っておったが。

 これもまた一つ学びということにしておくとしよう。


「殺そうとしたのはそちらではないか」

「に、二度と歯向かいません! なのでどうか……っ!」

「見苦しいな。が、命乞いする相手を潰すのも気が乗らん」


 命乞いをする相手に追い打ちをかける行為は虐めである。

 虐めなど、何も面白くない。

 むしろ、矜持を持たぬものがやる恥ずべき行いぞ。


「挑まぬというのなら疾く去るが良い。仲間も連れてな」

「み、見逃してくださるんですか?」

「どうでもよい。もはやおぬしらに興味もないわ」


 多少群れたことで強くなった気がするとは。

 こやつらは愚か者の類であったようだな。

 今はすこぶる気分が良いので見逃してやろう。


「ありがとうございます。ありがとうございます……」

「うむ、感謝するが良い」


 思えば、こやつらの五体満足なのは我の優れた技術あってこそではないか?

 意識はないやもしれぬし、顔の形がやや変わっているかもしれぬが。

 流石我である。


「そうだ、良いことを思いついた」


 機嫌が良いと頭も冴える。素晴らしきかな。


「そこの、やはり待つが良い」


 仲間を何とか回収しようとして諦めかけている者に声をかける。

 もはや一人で逃げていきそうであるが、それでよいのか?

 仲間意識は強くなさそうだ。


「な、なんでございやしょう。へへへ……」

「そなた、その衣服を置いていけ」

「……へ?」

「気絶している人間より身ぐるみを剥ぐのは恥である。故に、そなたの衣服を我に献上せい」


 これで全裸状態から解放されるというわけだ。

 うむ、我ながら素晴らしいアイデアである。

 献上させるのであれば、盗人とも違う。


「旦那、それは……」

「断るのか?」

「是非献上させていただきやす!」


 随分と乗り気ではないか。

 では、なぜ一旦間を挟んだ?


 人間の生態は摩訶不思議よ。これを知るのも、また一興と呼ぶべきか。

 何にしろ、一つ問題が解決したので良しとする!

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