更なる高みへ昇るために弱き人間となった最強の黒竜、人間やるのは思ったよりも大変でした
パンデュ郎
第1話
竜とは至高の存在だ。
完成された存在であり、世界を見渡してもこれ以上の生物は存在しない。
同時に、完成されているが故に、成長の余地がない。
――なんと、退屈なのだろうか。
今日も今日とて吹雪いている。
高き峰たるこの場所では、風も吹き荒れて吹雪も横薙ぎのようになっている。
到底まともな生物の住む場所ではない。
故に、我はここを居場所に選んだのだ。
退屈には、退屈なりの過ごし方があるのだと。
そう諦めにも似た理解をしているが故に。
そんな雪積る山頂を、またしても人間が歩いてくる。
いつぶりかなど覚えていない。竜は不朽だ、時間など気にするものではない。
「竜よ、気高き黒竜よ、一つ立ち合いを願いたい」
「……人の子か」
「しかり。どうか、我が生涯を賭けた挑戦を受けてはくれまいか」
既に年老いた剣士と見える人間は、剣先をこちらへと向ける。
目には溢れ出んばかりの熱意が。
剣を握る腕には鍛え上げてきた自信が。
にじみ出ている。
だが、勝利への渇望が感じられぬ。
「その様子、既に勝てぬと分かっているようだが」
「しかり。それでも、挑まぬわけにはいくまい――全ての生命の頂点、黒竜よ」
竜とは完璧な存在である。
その中でも、黒竜は別格の存在だ。
だからこそ、こうして頂点を見たいという物好きがやってくるのだが。
「既に我が人生のピークは過ぎた。退屈な終わりを迎えるぐらいならば、名誉ある死を」
「覚悟はできているという事か」
「当然。受けてもらえるか」
長らく動かしていなくても、我が手足は自由自在に動く。
鈍るということはあり得ないのだ。完璧な存在故に。
我の上に積もっていた雪が、音を立てて落ちていく。
我がゆっくりと体を起こしただけで、既に人間は威圧感を受けているようだ。
表情が臨戦のそれに変わっていた。
「よかろう」
既にこの山の雪の下には数多くの屍が眠っている。
黒竜を殺す栄誉を得ようとしたもの、黒竜の素材が欲しいと欲に溺れた愚か者、恐怖し討伐せんとしたもの。
――この者のように、己の限界に挑まんとする者。
「今更、屍が一つ増えた程度では、山も文句は言うまい」
「ははっ。それは素晴らしい。憂うことは何一つないということだ」
「来るがよい。全てを受けてやろう」
慢心ではない。
このような、求道者と呼ぶべきような相手が来る時のみ、こうしているのだ。
なぜそうしているのか、と言われればよくわからないが。
いつからか、そうしていた。
「では、参る――っ」
人間は数々の技を繰り出し、必死に我の周りを飛び回る。
いくつもの手段を用い、いくつもの道具を用い、いくつもの知恵を用いた。
ただ一つの羽ばたきで吹き飛ぶほどの脆弱さでありながら、持ちうる全てを吐き出させた。
吐き出したうえで――この者は我に傷一つ負わせることが叶わなかった。
そして、爪の一裂きで容易に息絶える。
おそらくは、身にまとっている鎧も丹精込めた品だったのだろう。
しかし、竜の爪の前では新雪に等しい。
「――ああ、これが、全ての頂点か」
「……」
「素晴らしきかな。どうか、来世こそ、わが、ひがんを……」
何一つ敵わぬというのに。
何一つ報われなかったというのに。
どういうわけか、彼らは決まって満足そうな顔をして死んでいく。
我にはそれが理解できない。
戦闘中もそうだ。己の技が何一つ通じずとも、己の生涯が我に届かぬと理解しながらも、至上の喜びを感じているかのように笑っている。
我にはそれが、理解できない。
ああ、なんと――退屈なのだろうか。
「……我にも、そのような楽しみがあればよいのだがな」
また一つ増えた死体の前で、ぽつりと呟く。
竜は成長しない。完成された生物である竜は、最強であり最高であるからだ。
仮に何かを求めたとて、形あるものは時の流れに逆らえず朽ちていく。
不朽たる竜が何かを求めるのは無価値な行為だ。
「ならばなぜ我はこのように生まれた?」
最高位の存在として生まれたのであれば。
最強の存在として生まれたのであれば。
――これ以上ない存在として生まれたのであれば。
我々の存在に、一体何の価値がある?
停滞以外の選択肢がないというのに。
長い長い時を経ても、わからぬことはわからぬまま過ぎていく。
「我も、そう、人のように目指すべきものがあれば――」
きっと、この悠久の退屈も、癒されるのかもしれない。
だが、ないのだ。竜であるがゆえに。
……竜であるが故に?
「我は最強にて最高たる黒竜ぞ」
それは世界が定めた摂理である。
「しかるに、我を定めるべきは……我自身なのではないか?」
限界を定めていたのは、我の方だったのではないか?
「人の子らは、人の限界を定めなかった。故に、我に挑んだのではないか?」
人の身でありながら、脆弱な身でありながら。
それでも、最高たる竜を越えられると信じたからこそ、挑んだのではないか?
「なれば……竜たる我が、我の限界を定めるのは、軽率と呼ぶべきではなかろうか」
そう。我に劣る存在である人間が、己の限界を越えんとしたのだ。
ならば我が我の限界を越えんとせんことは、これまで蹂躙した者どもへの冒涜だ。
「我には、更に強くなる術があるのではないか?」
頂の景色を見てきたつもりであった。
事実、我は敗北を知らぬ。
同族との争いにも打ち勝ってきた。
――この程度のものなのか? 彼の者らが目指した頂の景色と言うのは。
これほどまでに、退屈に満ちたものなのか?
そのようなはずがない。そうであってよいはずがない。
でなければ、あのような満足した表情で死に絶えられるはずがない!
「何が足らぬ。何ができる。完璧な存在たる竜が、更に手に入れられるものはなんだ」
――そうだ。
足りてるが故に、進みが無いのであれば。
欠ければ、進むのではないか?
足るを得られるのではないか?
「人の身でありながら、竜に近づいた人間は、いる」
あれほど不完全な存在でありながら、完全な存在である竜の足元に届いた人物はいる。
そのような人物を、我は知っている。
天を裂くような剣を振るう勇者を知っている。
山を崩すような魔法を振るう賢者を知っている。
鋼を砕くような肉体を誇る武闘家を知っている。
いずれも、我と戦う土俵にたどり着いていた。
あれほどの脆弱な生命で。
「――人よ、人の子らよ。そなたらの
この度、我は気づきを得た。
我は未だ頂にあらず。真の頂は、さらなる上にある。
そうに決まっている。
「人の身を得れば――」
我は、最強を越えられる。
彼の者らの武と知恵を我が持てば。
どうして、持たぬ我を越えられぬ道理があろうものか?
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