第16話 大地が終わらない
海を越えてから、二年。
彼は二十八歳になっていた。
新しい大地を歩き始めた当初は、雪と岩ばかりだった。
しかし、南へ進むにつれて景色は少しずつ変わっていった。
森が増えた。
川も増えた。
そして、見渡す限りの大地が広がっていた。
彼は高い丘へ登る。
振り返る。
歩いてきた道。
その先に広がる森。
さらにその向こうに連なる山々。
前を見る。
また大地。
「……。」
彼はしばらく何も言わなかった。
地図を描くために、紙を広げる。
まず、今いる場所。
次に川。
山。
森。
そして海岸線。
描き終えた紙を眺める。
その紙の端には、昨日まで描いていた場所がある。
今日描いた場所は、そのさらに先。
一枚の紙が終わる。
新しい紙を出す。
また終わる。
もう一枚。
また一枚。
彼は苦笑した。
「紙がいくらあっても足りないな。」
それでも嬉しそうだった。
旅に出た頃は、紙を一枚使い切るだけでも大仕事だった。
今では、一日で何枚も使う。
それだけ世界が広いということだ。
ある日、彼は大きな川に出会った。
対岸が遠い。
流れも速い。
彼はしばらく川沿いを歩き、渡れそうな場所を探した。
「川一つ渡るだけでも、こんなに歩くのか。」
ようやく浅瀬を見つけると、荷物を高い位置へ持ち上げて水へ入る。
冷たい。
足元の石が滑る。
それでも一歩ずつ進む。
無事に対岸へ着くと、彼はその場に座り込んだ。
「よし。」
それだけ言って笑う。
そしてすぐに紙を取り出した。
川の形を描くためだった。
疲れているはずなのに、筆を持つと目が輝く。
「この川は、どこから来ているんだろう。」
その疑問が、また次の旅を生む。
川を追えば山へ行く。
山を越えれば別の川がある。
その川を追えば、また別の土地へ出る。
彼はいつの間にか、地図を完成させるためだけではなく、地図の中にある「つながり」を確かめるために歩くようになっていた。
ある夕方。
彼は地図を並べていた。
海を越える前に描いた土地。
海を渡ったあとに描いた土地。
そして今日まで歩いてきた土地。
紙と紙の間を、彼は指でなぞっていく。
「ここから、ここまで歩いた。」
指をさらに進める。
「そして、ここ。」
自分の指先が進むほど、紙の上の世界も広がっていく。
彼はふと手を止めた。
「……これ、いつ終わるんだろう。」
初めてだった。
旅の途中で、そんなことを考えたのは。
南の大陸なら、終わりが見えた。
北の大地も、海へたどり着いたことで一区切りついた。
しかし、ここは違う。
歩いても。
歩いても。
その先に大地がある。
彼はしばらく考えたあと、笑った。
「まあ、いいか。」
紙を丸める。
荷物をまとめる。
そして立ち上がる。
終わるかどうかは、今は考えなくていい。
目の前に道がある。
だったら歩けばいい。
翌朝。
彼はまた歩き始めた。
昨日までより少しだけ、歩く速度が速かった。
大地が広いなら、それだけ見られる景色も多い。
そう思うと、足取りは自然と軽くなった。
彼の地図には、新しい線がまた一本増えた。
そしてその線は、まだまだ先へ伸びていった。
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