五の十
雑草という名の植物はないというけど、わたしにとって雑草は雑草だった。草むしりするにあたって、違いを知ることがなんの役にも立たないからだ。きれいな花を咲かせようと、薬効があろうと、庭の景観を損ねるものは等しく雑草だった。
夏休みに入って三日、夏はますます暑くなった。朝の八時にはもう三十度を超えている。しかしいまを逃せば、屋外での活動は絶望的になるばかり。肝心なのは、一刻も早くこの仕事を片付けること。そうすれば、あとはクーラーの効いた部屋で、お菓子を食べながらくつろぐだけである。
今日のお菓子は水ようかん。荻のおばあちゃんが用意したものではなく、わたしが父さんに持たされたものだった。おかげで、おばあちゃんの負担になるのではないかと気がねせず遊びにいくことができている。
「ねえ、玲愛」草の根までほじくりながら、七波はいった。「うちの親相手に啖呵切ったってほんと?」
「え、いや、それはその——」
あれから七波と両親のあいだで、どういうやりとりがあったのかはまだ知らない。けど、変わらず七波はここに来ていたし、わたしのことを聞かされたということは、少なくとも会話は交わされているようだった。
「啖呵ってほどじゃないけど、あのときは不安定だったというか、つい勢いで強気なことをいってしまったような」
「でも、なんだか気に入られてるみたいだよ。口ごたえされるとか久しぶりだったらしくて」
七波はおかしそうに笑った。
気に入られても困る。こちらとしては、なるべくお近づきになりたくないんだから。
思い返すと、やっぱりあのときのわたしはどうかしていた。初対面であれだけカマしておいて、今後、どんな顔をして会えばいいというんだろう。授業参観とか体育祭とか、遭遇しうる機会はいくらでもあるというのに。
変な汗が出てきた。わたしは「あっついなー」と手であおぐフリをしながら、日陰に逃げた。
逃げたさきにいた莉帆は、石塀のほうを向いて、腕を組んで立っていた。草むしりをするでもなく、微動だにせずそこにいた。
わたしは塀の影に入るようにしゃがみ込んだ。
「なにサボってんの」
「なあ、これはさすがに、草じゃないよな?」
莉帆がわきに動くと、そこにあったのは高さ一メートル近くなる若木だった。日陰で育ったためかヒョロヒョロと弱々しくはあるが、青々とした葉をつけて、先端はようやく日向に飛び出していた。場所は、ちょうどシイちゃんの像の背中がわにあたる。
「どう見ても草じゃないじゃんか」
「けどさ、意図して植えてるようには見えないし、このまま育ったら困るんじゃないか? おばあちゃんが」
「それはまあ、たしかに」
処理するならいまのうちだろう。これより大きくなられたら、とてもわたしたちの手には負えない。
「おばあちゃんにどうするか訊いてみる?」
しれっとわたしの背後に立って会話を聞いていたらしい七波がいった。
「それがいちばんか。——あ、ちょっと待って」
その木の根もとに、金属質な光があった。近づいて指さきでつまんでみると、それは四角い輪のような金具だった。古いもののようで、半分ほど錆びてしまっている。
「なんだろ、ベルトをとめるやつかな」
「女ものの腕時計じゃないか、その大きさだと」
莉帆がわたしの手もとを覗き込んでいった。二センチほどの大きさしかないから、たしかに腕時計のサイズ感だろう。けど、それがどうしてこんなところに落ちていたんだろう。
「日陰の若木、小さなベルトの金具。——ふんふんふん」
七波は曲げた人さし指を口の下に当てていた。両足を肩幅に開いてまっすぐ立ち、若木のてっぺんより少し上を見つめていた。顔に日が当たっているのに、まばたきひとつしなかった。
しばらくして動き出した七波は、画面が割れたままのスマホでなにかを調べ、「やっぱり」と得心して頷いた。
「なにが『やっぱり』なんだよ」
口を尖らせて莉帆がいうのを、七波はさらりと受け流した。
「結論からいうなら、それはそのままにしておくのがいいと思う」
「なんで?」
「なんででしょう。その植物の種類がわかれば、謎も解けるんじゃない?」
七波はそれだけいって身をかわし、草むしりの続きに戻ってしまった。
「赤沢、あのひねくれたヤツが友だちなのか?」
「残念ながら。ほかに相手してくれる人がいなかったもんで」
冗談をいいながら、自分たちも植物の種類を調べてみることにした。それがどうして金具と関係があるのか、どうして若木をそのままにしておくのがいいとわかるのか、つながりが見えないけど、とにかくやってみるしかない。
いずれは太い幹になるであろう部分が真上に伸びて、そこから、ところどころ枝が分岐している。まだ茶色い樹皮というより青さが残る。葉は左右交互についていて、フチが浅くノコギリ状になっている。葉脈が中心の太い一本から網目のように広がっているから、これは網状脈に分類されるんだろう。
特徴から検索したり、写真と見比べたりして調べても、なかなかぴったりの種類は見つからない。そもそも、若木の状態では成長してからの姿がわからない。
「これじゃないか?」
調べ始めてから十分近くたって、ようやく莉帆が見つけたようだった。スマホの画面を見せてもらうと、どうやってたどりついたのか〈スダジイ 苗木〉で画像検索していた。候補に上がった画像と若木を比べてみるかぎり、同じ植物のようにしか見えなかった。
「スダジイってドングリの木だよね」
七波は植物の種類がわかれば謎が解けるはずだといった。けど、スダジイの木だからなんだというんだろう。なにも特別なところはない、山や公園によくある木だというのに。
いや、考えなければならないのは、なぜスダジイがここに生えているのかだ。おばあちゃんが植えたものではない。苗木を植えるなら、こんな日陰は選ばないはずだから。とすると、これは偶然ここに生えてきてしまったものだということになる。スダジイの種とは、つまりドングリのことだけど、この近くにスダジイの木はほかにはないから——。
「あ、そういうことか」
ドングリは、おばあちゃんの手によってこの場所に埋められたか、蒔かれたんだ。とすると、この小さなベルトの金具は、腕時計をとめるものなんかじゃない。
「わかった?」
離れて様子をうかがっていた七波が、ひょこひょこと近づいてきた。
「たぶん。おばあちゃんが、あの名前にちなんで、ここに埋めたか蒔いたかしたってことだと思う。それが偶然、芽を出してここまで成長した」
わたしがいうと、七波は満足そうに笑った。
「ほらね、なにもする必要ないでしょ?」
そう、べつにわたしたちがなにかをする必要はない。けど、あえてなにかをするのであれば——。
わたしは抜いた雑草のなかからねこじゃらしを見つけて、それをスダジイの根もとに置いた。金具も、あった場所に戻しておいた。
「これでよし、かな」
「——うん、カンペキぃ!」
七波は頭の上で肘をつかんで、気持ちよさそうに腰を反らした。
「よくないって。まだ考えてるんだぞ、あたしは」
「今日はこのへんにしとかない? もう熱中症になっちゃいそう」
「そうしよっか、わたしも冷たいお茶が飲みたい」
「おーい」
「玲愛が持ってきた水ようかんと一緒にね」
「あれ前に食べたことあるんだけど、味も見た目もよかったよ」
「なー、置いてくなってぇ」
——。
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