第2話

 発泡性の血液が彼女にかかったのだろう。


 ほんの人ひとりの重さ、それが夜空いっぱいの重さに感じられた。それが一瞬で、なくなってしまうのは寂しい。だから片方の腕で、その重さを取り戻す。


 彼女の全てをひきつける。


「あー、やば、涙とまんな、わたし死ぬかも今日」

「死因なに、笑い死にとか、親が泣くぞ、おれ泣かんけどな、ばかすぎて笑うわ」

「あ、あんたもころすから、はは」

「おい、来いよ、笑わせろよ」


 飛び上がった。ぽいと缶を地面に捨てて、俺は両腕を広げた。彼女に胸板を見せつけるように「来いよ」と叫んでやった。


「まてぇえええ」


 逃げてやる。

 ジャングルジムの向こう側まで走ってたら、彼女はさっき俺がいた場所にいて、絶対に捕まえられたくないから、ブランコの場所まで逃げる。


「あんた、まて、はは、はやい」

「こいこい、ははは、俺より運動できてねえじゃん」

「まじぃ、あんた、ころすぁ」


 そしてら、彼女は俺がさっきいた場所いて、俺は捕まりたくないから、回り込んでベンチに向かって目一杯走る。ベンチの下に置いてあるビニール、くたびれたビニールに向かって、目一杯に走るぞ、俺は。


「わあああ」


 鈍くて重苦しい力がぶつかる。どすっ。

 茶色い砂地がズームして近づく。

 たっだ一粒の砂に意識が向いてる。

 それが俺に向かって、百倍も千倍もズームしてくる。


「ひゃっ、捕まえたあ」

「は、おま、重たっ、どけよ」

「いやだあ、ころすから」

「はは、いいから、ははは、どけ」


 もう顔が、笑いで引きつって痛い。

 でもそれがたのしい。痛さがすき。

 それで力いっぱいに彼女を退かしてやった。


「わああ、もうつよい」

「運動しな、俺が言う資格ないけどな」


 はぁ、走った。仰向けだ。


 たぶん、彼女も仰向けだ。


 横をみると、彼女の服は砂まみれ、案外それもいいかも。月夜に照らされて、砂粒、まるでラメのように光って、まるで高級ドレスのように、まるで星空を飲み込んだように、そんなの無理か。なに考えてんだ俺。


「ねぇ、見て」

「なに」

「そら」


 彼女は大きな瞳で、上を見ていた。


「きれいだね」

「きれいだ」

「ね」

「そうね」


 でももう、完璧な夜空じゃない。


 もう朝日に、空が染まってる。


 ほんのりと、建物のてっぺんから出てくるオーラは、砂粒が散った紫色の夜空を、追いやるようにして、なんだろ、ぼんやりと広がる、それってすごく貴重で美しい時で、言葉でいうと、わからない。


 きれい、なんだか、眼ににじんだ涙みたい。


「ねぇ、握って」 


 手が捕まった。


 ぐっと鷲づかみにして、離さないみたい。


「どーしたの」

「離れないで」

「なんで、ここにいるよ」

「ほんとに?」

「ほんと、好きな人だから、離れない」

「私もすき」

「すきだよ」

「うん、すき」


 その温もりを握りしめた。


 満足した。満ち足りた気分だ。


 全身から力が抜けて、また仰向けになった。


 宇宙から、俺たちはどー見られてるのだろう。


 きっと地球にある、二つの星だろう。


 たくさんの電球があって、人がいて、その中でも輝いているかもしれない。お星さまから、俺たちってどー見られてるのかな。


「星、きれいだね」

「うん、きれい」


 砂の枕はジャリジャリする。

 星みたいに小さい砂粒。


 たくさん。


「ねぇ、砂って星みたい」

「あんた、何言ってんの、おかし」

「いやだって、砂って」


 なんて言えばいいだろ。


「ああ、だって砂って」


 うん、合ってる感じ。


「砂って、小さくてキラキラして、どれも同じ形じゃね。光があると光って、数えても数えても無限でさ」

「意味わかんね、本の読みすぎじゃね、はは」

「かもね。でも俺思ったんだよ、聞いて」

「おもしろい?」

「わからん」

「おもんないなら、ぱんち」

「わかった」


 砂って星の子供。だって同じだから。それで俺らも星の子供、小さいから。それで俺らって死んだら小さくなる。だから今よりもっと小さくなって、砂になる。だから砂は俺らの子供。だから俺らって星の子供だ。


「俺らって、星の子供かも」

「は、なにそれ」

「ほら、星って光ってるじゃん、それで俺たちもさ、光っててさ、似てるかなって」

「は、あんた、意味わからんすぎ、まって、ちょっとおもろい、意味わからんくておもろいんだけど」


「それでそれで、砂って光るじゃん。だから俺たちの子供が砂じゃね。だから星が落ちて、俺らが生まれて、俺らが死んだら、砂が生まれるんじゃねって」

「ばかすぎ、じゃあ砂が死んだら何が?」

「えー、なに、なんだろ、あそう、星」

「は?」

「星が生まれる。だって砂が集まったら星じゃん。それでまた落ちて、俺らが生まれて、砂になるんだよ」

「あんた」


 過呼吸と笑ってる。

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