悪女は一日にしてならず

尾崎妖狐

第1話 悪役令嬢になる方法(別視点)


「エンディミオ、私は悪役令嬢にならなきゃいけないんだ」


また俺の監視対象(カミサマ)が変なことを言い出した。


彼女の監視を始めてから早3年。

魔王陛下からの『半神の監視と暗殺』という命に「何を馬鹿なことを」と悪態を吐いた日々が懐かしく思えてくる今日この頃。

かくして長らく人の世に溶け込み、『月の半神』の側仕えとしての振る舞いも板についてきたが、どうにもこの主人の奇行だけには未だ慣れそうにもない。


その監視対象は16歳の少女の姿の姿をしている。

淡雪の肌に、揺れる弓弦の黒髪。凛々しくも可憐なる少女神の望月の瞳にエンディミオの姿が映り込んだ。

 

 

「(……口さえ開かなければ、本当に完璧なんだが)」


  

誰が言ったか、曰く『立てば芍薬、座れば牡丹、口を開けば超変人』――ああ、まさにその通りだ。

今日も今日とて主人の降り止まぬ奇行に鈍い頭痛を感じながら、エンディミオは必死に笑顔を取り繕った。



「アルテミシア様……その……なんなんですか、『アクヤクレイジョウ』ってのは」


「流行小説のジャンルの一つらしい。私もあまりその手の類は買って貰えないからよくわからないけど……まあ悪役のご令嬢なんじゃないか?」



その口ぶりから、その願いが自発的なものでないことを感じ取る。であれば問題は誰に吹き込まれたのか、という点であるがそれも心当たりがあった。



「……アグリッピナ様ですね。また美神の聖域に行っていたのですか?」


「いや、月都(こっち)にお忍びでいらしてたから挨拶をしたんだ。その時に言われたんだよ『お前は悪役令嬢になりなさい』って」



釣り上げた口角がぴくぴくと震えるのを実感する。

――いつだ? というかコイツ、どうやってあの監視網を回避して抜け出したんだ?

ネズミ一匹通さないと自負していたが、どうやら体制の見直しが急務であるらしい。しかも予想通りではあるが、よりにもよって会ってきた相手が『美の半神』だと言うじゃないか。



「俺達、約束しましたよね。『美の半神』アグリッピナと関わるのは極力避けましょうねって。あの悍ましい権力者は『自身が最も愛される世界』を維持することに執着する。そして自分が輝くためだけに、衝動的に自分以外の半神を敵視し陥れようとする自己愛の怪物だって」



半神とは、神々にその代行者として選ばれた現人神だ。かつて、先代魔王を討った勇者や聖女も半神であったと言われている。

しかしその誰しもが善人であるとは限らない。それ良い例が当代の『美の半神』だ。


『美の半神』アグリッピナ。エンディミオにとってはアルテミシアと並ぶ2大頭痛のタネであり、半神の中で最も厄介な権力者だ。これまで何度あの半神の癇癪に振り回されてきたかなど数えたくもない。


――アルテミシアの評判を下げて、相対的に自分の評判を上げようという魂胆か。


馬鹿馬鹿しい、なんて単純で稚拙な作戦だろうか。


エンディミオが内心で悪態をつく一方で、アルテミシアは「でも」と言い募る。少女神らしく無邪気で予測不能である彼女ではあるが、当然後先考えず行動したわけではない。



「でも出迎えに行かなかったら行かなかったで文句と嫌がらせをされると思うぞ」


「それはまあそうなのですが」


「それにわざわざ月都に来るってことは十中八九私に会いに来ているんだろうし、出迎えをしようがしなかろうがどうせ顔を合わせることになる」


「それもまあそうなのですが」



どうせ顔を合わせるのだから波風立てないほうがいいのでは、とそんな言い分にエンディミオは言葉を詰まらせた。実際、アルテミシアが対応していなければアグリッピナは相当機嫌を損ねていたに違いない。

 

『ただ自分が最も愛されたい』――それだけのために、他者を貶める。エンディミオにとってはどうにも理解しがたい在り方だ。

実際他半神達も反感を抱いているが、アグリッピナは既に彼らを黙らせるだけの権力を手中に収めていた。

どうして自分を磨く方向に進んでくれなかったのか、とげんなりとした気分になる。



「(……さて、どうしたものかな)」



あまり周囲の視線が煩くなると、監視も殺害もしにくくなる。不用意な注目は避けたいところだ。

それにスパイと言えどもエンディミオは一応は側仕え。何もせず放って置くのは逆に周囲に疑念を抱かせることに繋がりかねない。

いずれ殺す相手ではあるが、まだ暗殺命令が下されていない以上は大人しく守りに徹するのが出来るスパイというもの。


神殿に抗議文を送るか、或いは後ろ盾の選定を――……

エンディミオはそんな物思いに耽っていたために、自身に向かって跳んできた金貨袋を顔面で受け取ることになった。



「っ、あ。ごめん、大丈夫か……? まさか顔に当たるとは思わず……」


「ッ……なんですかこの金貨」


「その。それで参考文献を買ってきて欲しい。私、今から神儀の時間だから」



金弓の手入れをしながら「悪役令嬢は資格が必要なのかな、勉強する時間も作らないとだ」などとぼやくアルテミシアに、エンディミオは絶句した。



「……やるんですか、アクヤクレイジョウ」


「? やらないのか、悪役令嬢。こんなに楽しそうなのに。神生(じんせい)楽しまないと損だぞ」



楽しそう? 厄介事の間違いだろう。第一お前は今、あの女に馬鹿にされているんだぞ……と、そんな非難をエンディミオは飲み込む。

 

――人の世は解し難いが、この女は更に増して理解できない。


馬鹿ではない。馬鹿ではないのだ。世間知らずだが聡明で、ふとした時に見せる思慮深さには驚かされることもある。空位の『太陽の半神』に代わって医学を学び、魔物氾濫(スタンピード)の際には最前線で駆け回っているのも、彼女の地頭の良さのためになせる技だろう。


だが、その賢さを持ち合わせながらも時々このようにぶっ飛んだ選択をする。予想の遥か斜め上を行く言動は、まるで理解するだけ無駄だと言わんばかりに。


――半神(カミサマ)とやらは場をかき乱さないと気が済まない存在なのか?


だが、エンディミオは主人を諌める言葉を飲み込んだ。

否、飲み込まざるを得なかった。



「お前となら、何でも楽しくなりそうな気がするんだ」



何故ならば。エンディミオはその無邪気な笑顔に、殊の外弱かったから。




***




月都エフェシス、またの名を月神の聖域。『月の半神』の御わす大神殿を北部に抱える一大都市である。


活気立つ人々の表情は皆朗らかで、冬の寒さをも忘れてしまうほどの生命力に溢れている。そんな賑わいぶりは、深刻な顔をした自身を浮かせることなく包みこんでいた。


――来た。来てしまった。


エンディミオは苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、大通りに並ぶ小洒落た本屋の前で立ち往生をしていた。



「(……本当に? 『悪役』にだなんて正気なのか?)」



今更考えても仕方のないこと。しかし考えずには居られない。

口元を手で抑えながら逡巡していると、とん、と背中に優しい衝撃が走った。

どうやら旅人の荷物が背に当たってしまったらしい。当の旅人はあっと驚いた顔をして、間もなくぺこぺこと頭を下げた。


 

「……おっと、申し訳ない。不注意で荷物が当たってしまって……お怪我は?」



その出で立ちは、典型的な冒険者と呼ばれる者のそれだ。腰に履いた長剣と無造作に羽織られた外套。使い込まれた長靴(ブーツ)は丁寧に補修されているが、その傷の中にフェンリルの爪痕があることを、エンディミオは一瞥で見抜いた。



「いえ、こちらこそ路端で失礼しました。どうぞお気になさらず。こちらへは『商売』へ? それとも月神様への巡礼でしょうか」


「! あ、ああ……その通りだ。よくわかったな」


「月都エフェシスの主、『月の半神』アルテミシア様は月と狩猟の女神ですから。その加護を求めて兵士や冒険者の方々がよくいらっしゃるんですよ」



周囲を見遣れば一目瞭然だ。道行く人々は、皆一様に武器を携えているのもこの月都エフェシスならではの光景である。

月と狩猟の女神は同時に野の獣の庇護も司る。その影響もあってか、月都は魔獣の資源に恵まれた地でもあった。故に迷宮都市と呼ばれることもままある。

石を投げれば冒険者に当たる……そんなことを真面目に考えてしまいそうなほどのこの盛況ぶりをみれば、その二つ名もあながち間違ってはいないなと思えてしまう。



「もしこれから大神殿へ向かわれるのでしたら次の通りを曲がって、坂を登るのをおすすめします。多少急勾配ではありますがその分早く着きますし、何より今はサフランの花が見頃ですから」


「なるほど……! ありがとう。これから行ってみるよ! 貴方の行く先に『伝令の半神』トリスメギストス様のご加護がありますように」


「こちらこそ。貴方の剣とその腕に『月の半神』アルテミシア様のご加護がありますように」



快活に手を振って旅人は去って行った。


――十二神教、といったか。


多神教の元に生きる人間はああして複数の神を崇拝することを厭わない。それを自然の事として受け入れる。

魔族のエンディミオにとって、そのような信仰のあり方は中々に解し難いものだった。


旅人の背が人々の波に呑まれ見えなくなった頃、ようやく意を決して、エンディミオは扉を押し開ける。間もなく古いインクと埃の香りが彼を包んだ。


 

「――おや。誰かと思えば珍しいお客さんだ。神殿勤めのお兄さんがどうしてこんな寂れた店へ?」

 


仄明るいカウンターの奥で、書き物をしていたらしい栗毛の男が顔を上げる。

年頃は三十がらみ。彫りの深い顔立ちからは骨董品を思わせる風格が滲み、指で眼鏡を押し上げる仕草がやけに似合っていた。

 


「ご謙遜を、店主。華の帝都ではないとは言えここは月神のお膝元。その大通りに居を構えられる店を寂れたと形容するならば、他の店の面子が立たない。……ところで『アクヤクレイジョウ』の小説はあるか?」


「悪役令嬢かい?あるよ、どっちのパターンの『悪役令嬢』だ?」


「待て。なんだ、悪役令嬢には種類があるのか? 増殖する類のものなのか?」



予想外の事態にエンディミオは眉を曇らせた。どうやら『アクヤクレイジョウ』なる体系は中々複雑奇怪なものであるらしい。

店主はカウンターに積み上げた本の山から数冊を取り上げつつ口を開く。



「悪役令嬢には大きく2種類ある。『悪役令嬢』が登場する物語と、『悪役令嬢モノ』と呼ばれる物語だ」


「それは……何がどう違うんだ」


「うーん、そうだな。それぞれいろんな種類と解釈があるけど、一番でかいのは行動じゃないか? 『悪役令嬢』はヒロインに意地悪するのがメインだ。権力や政治力、果ては財力を使ってヒロインを蹴落とす高飛車なお嬢様……ってのがよくあるパターンだよ。こういう場合の大抵はやられ役のサブキャラ、正真正銘の『悪役』として扱われるな。まあ起源を辿ればそんな性悪じゃあないんだけどな、今はそういうのが一般的なイメージだよ」


「典型的な悪役……のご令嬢版、という印象だな」



その場合、アルテミシアは現人神であって令嬢ですらないがその辺りは気にしなくて良いものなのだろうか、なんて疑問が脳裏を過る。

けれども店主の言うことには王女や平民すらも場合によっては『悪役令嬢』であるらしい。


――基準がガバガバすぎないか? これだから人間は……



「他方で『悪役令嬢モノ』は悪役じゃなくて主人公。自分の破滅的な運命を変えるために尽力して、まあついでに人々を救っちゃおうぜという感じ」



こちらは悪役として定められた運命に抗う者たちの物語であるらしい。

同じ『悪役令嬢』を冠していてもここまで違うものなのか。随分とややこしい流行だな、とエンディミオは内心独り言ちる。



「(……だが、なるほど。これは使えるな)」



手のひらで隠した口元が歪むのを自覚する。



「(アグリッピナの所望する悪役令嬢は『悪役』の方だろうが……誤算だったなアグリッピナ。俺が監視対象の余計な風評被害を見逃すわけがない。まったく……誰に皺寄せが来ると思っているんだ、俺だよ俺……!)」



悪役であれ主人公であれ『悪役令嬢』であることは変わらない。であれば『悪役』としての在り方を伏せ、あちらの要求を「破滅的な運命を変えるために尽力し、人々を救う存在としての振る舞い」と無理矢理解釈すればいい。

アグリッピナ側も何かしら工作をしてくるだろうが、アルテミシアの潔白は救った人々が必ず証明してくれるだろう。


――そうだ、折角の機会なのだから。あのやりたい放題の『美の半神』にとびきりのお灸を据えてやろう。


支離滅裂に絡み合っていた紐が解けていくような、そんな錯覚を覚えながらエンディミオは微笑んだ。



「店主、両方包んでほしい。そうだな……まずは手始めにそれぞれ5冊ほどおすすめを」


「お、気前がいいねぇ。でも、それにしても計十冊なんて読み切れるのかい? うちの見習いの親父さんも神殿勤めだけど、話に聞くところじゃ『月の半神』様の側仕えって中々の激務なんだろ?」


「大丈夫だ。『悪役令嬢モノ』はアルテミシア様に、『悪役令嬢』の出る物語の方は俺が読むから」



――さて、まずは刷り込みからだな。


アルテミシアには悪役令嬢が『己を投げ売って善行を成し、運命に抗う勝者』だと認識してもらわなければならない。

美神の半神は横暴だがその分体裁を気にする。曲解した受け取り方でも命じたことを遂行していれば無闇矢鱈に口出しはできなかろう。


――俺が、スパイとしてここで生きていくためにも。



「なぁ、そうだ。値段はちと張るがここでしか読めない特典小冊子付きの特装版ってのもあってだな……」


「なるほど、それも買おう」



……だから、彼女を甘やかす意図など断じてこれっぽっちもないのである。


かくして、奇妙な日常が幕を開けることになったのも、既に半年以上も前の話だ。

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