0-4
次の日の午後は、問題の選択科目の初回だった。
割り当てられた教室へ向かうと、噂の二人がいるのだとすでに知られているのだろう、他の学年の生徒を含め、数人が廊下で中をうかがっているのが見えた。
中に入ることが何かの特権のように思えて、多少の優越感を持ちながら、その前を横切って進む。
転校生は、明科という名だったはずだ。
多少の期待を持って、席順が書かれた正面のホワイトボードにその文字を探したが、敦哉とはかなり離れた位置関係だった。
まあいい。仮に隣だったとしても、どうせ何も起きず、逆に幸運を無駄に費やしたことに嫌気が差してしまうのだ。
無風続きだった過去の経験を引き合いに、自身を納得させつつ、席へ向かおうとしたときだ。
教壇のすぐ前の列、窓際のあたりで何かの光が見えた気がした。朝からずっと曇り空。雲の切れ間からの光芒だろうかと、そちらに目をやり、息が止まった。
女子が一人、座っていた。
背中までの黒髪を無造作に伸ばし、薄笑みを浮かべたような横顔は肖像画のようだ。白い肌は皮膚が薄いのか、透き通っていて、まるで後光が差しているかのごとく輝いている。
噂には聞いていたし、本郷のアバターで、雰囲気を把握していたにも関わらず、生身の彼女は、その想像をはるかに凌駕した美少女だった。
他の生徒と制服は同じなのか、思わず近くにいた別の女子と見比べてしまったほどだ。
背中を押され、通行の邪魔になっていることを知って、慌てて後方の自席へと移動した。
授業が始まってからも、そのうしろ姿を見る衝動を抑えられない。敦哉から見える他の男子たちもみな、同じように彼女を盗み見ていたが、当の本人は、そんな衆目をまるで関知しないという体で、どうやら机の下で脚を組み、時おり、ぼんやりと窓の外に目をやっていた。
これまでの人生、異性と付き合った経験などなかったが、好意を持った女子は何人かいた。ただ、明科は、そんな対象としてとらえることすら間違っていると思わせるほどの空気感だ。これが一目惚れかとも思ったが、それもどこか違う気がする。
いったいどういう種類の感情なのか、あれこれ悩むことを娯楽として感じているうちに、授業は終わっていた。
立ち上がった彼女は想像していたよりも背が高い。モデルのよう、などという表現がすでに陳腐だ。長野を出たことがほとんどなく、芸能界など遠い世界の存在だったが、有名女優を間近で見たとしたら、こんな衝撃なのかもしれない。
まるで眷属にかしずかれた女神のように、憧憬のまなざしの男子たちの中を、彼女はゆうゆうと歩き、教室を出て行った。
机の上を片付けることも忘れ、その残像の余韻に浸って間もなく、すぐそばに人が立っていることに気づいた。
慌てて顔を上げると、ヘーゼルの瞳にぶつかる。話題のもう一人、カミルだった。
「もしかして、敦哉もあの噂の女子にご執心だったりするのかい?」
「いやいや、そんなことない」
「そう?教室に入ってきたとき、手を振ったのに無視されたから、結構ショックだったんだけど」
「ごめん、見えてなかった。席、どの辺に座ってた?」
「廊下側のうしろのほう」
「それは本気で申し訳ない。ちょっと別のことに気を取られてて」
「知ってる。だからあの子なのかなって」
「まあ……そうなるのかな」
言い訳を思いつかず、仕方なく同意すると、彼はどこか残念そうに、「やっぱりね」とつぶやいた。
「何を考えてるのかさっぱりわからない人間に、人は興味を抱くものなんだねえ」
そう言って、柔らかそうなブラウンの髪を揺らした。
その不服そうな発言に違和感を覚えたのは、喧騒の熱が残る教室をあとにして、かなり経ってからだ。
「話題になっているのは、内面というより、明らかに外見だと思うけど」
明科とはクラスが違うはずなのに、性格のことを口にした。あまり考えたくはなかったが――二人がすでに特別な関係の可能性はあり得る。
他の男子たちと同列に扱うことが不遜と表現できるほどに、彼も格上の存在だったのだ。
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