ふと誰かに見られていると感じた時、人はある種の恐怖を感じるものです。
それはミラーに映り込んだ像も同じ。
それが知人であれ、赤の他人であれ、視界に入り込んで来る情報がすべてなのかもしれません。
この物語で効果的な演出を果たす鏡――丁字路に設置されたカーブミラーが捉えていたのは黒くて大きな影でした。そこから引き抜かれた凶刃。数瞬帯びるは死を導き終えた後の愉悦。次なる戦慄を求めてミラーを覗き見るのです。
目と目が合う。
ミラーを見据えて返す、黒すぎる顔――血走る双眸は嘲笑う歯列を浮かび上がらせるように、鼓膜にひたりひたりと絡ませては、怯えた網膜を焼き尽くさんと竦然と歩み寄る。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
本能が警告する。
元きた道のカーブミラー。
そこにも影は映り込んで来る。
追われる凝視の果てに至る心境はいかほどか。
心臓が冷たい汗をかくほど、灼熱の乾きが襲うような感覚異常さえ覚える。
ようやく逃げ込んだ赤提灯のラーメン屋。
現実に引き戻される安堵感がなぜか奇妙な予感を伴って、思いのほか、落ち着かない。
心理面に強く働きかける筆致が煽動的。
どこかで見られているかもしれないと影が嗤うイメージが最後まで拭えない恐怖。
本能に働きかける夏の納涼、いかがでしょうか?
いつもながら、巧みな情景描写にうっとりしながら読み始めた。
“湿った空気に熱烈に抱擁され”なんて表現は、佐藤さんならではだと思う。私には到底真似できない技である。その才能が羨ましい。
黒い男から逃げるシーンは迫力満点で、ドキドキして手に汗握る臨場感だ。
ところで、込み入った住宅街での車のすれ違いの場面で、作者の佐藤さんが“離合”という言葉を使っているのが気になって指摘したら『わざと使った』との返信。
九州、中国地方では、狭い道での車のすれ違いのことを離合という。関東から北では通じないらしい。
だが、離合をすれ違いというのは、九州人には抵抗がある。離合は狭い道での車のすれ違いのことであって、それ以外の意味はない。すれ違いには他の意味がある。何でこんな便利な言葉が方言なんだ?
だから、私と同じ大分県人である佐藤さんは、わざと離合を使ってもっと流行らせたいのだとか。
確かに、方言にはその言葉でしか表せないニュアンスがある。佐藤さんの挑戦にエールを捧げたい!
このレビューを読んでおられる“離合”を知らなかった方々に申し上げたい。是非使ってみてください!
おっと、話がズレてしまいました(笑)
ラストのラストまで気が抜けない、佐藤さんの上質な短編ホラーをご堪能ください!
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朝未だきの暗い道を仕事に出かける男。
彼が住んでいるアパートは、酷く入り組んだ
細い道が葉脈の様に分岐している
ラビリンス。
彼ハ誰刻にも未だ早い昏闇の中で
ソレ は起こったのだが。
大きな衝撃音が聞こえる。正面の十字路を
左に曲がった先から。今度は右手から
車のドアが閉まる音。
常夜灯の心許なさに
更に目を凝らす。
そして、カーブミラーに映るもの。
緊迫したチェイスが、真夏の夜のじっとり
重たい湿度の下に繰り広げられる。
黒い影が、こっちを見据えているのを
認めた瞬間に、入り組んだ細い道がじわじわ
貌を変えて行く。
朝まだ昏い 彼ハ誰刻 は、いつの間にか
誰ソ彼刻 を過ぎ越して ───。
ぽつりぽつりと灯り出す商店街の
赤提灯のラーメン屋で
男が見たものは。
彼は、逃げられたのか…それとも。
夏の宵の熱気が全てを狂わせる。
昏闇の中に潜む 影 が、絶望と諦念と
安堵の ラビリンス を築き上げている。