天使は何者?

 アイラ・サウス嬢があんなはねっかえりだとは想像もしなかった!


 ――いや、二回目契約を申し出たときを思い出せば、思い当たる節が……。



※



 私は頭を抱えていた。


 両親を亡くし、儚くも哀れな少女――自分が保護しなければ、貴族令嬢として生きてはいけないだろう――そう思っていた。あの虚ろな目は両親を思い打ちひしがれているのだと。


 全然違ったのだ!


 親からプレゼントされた人形を大事にしているのは分からなくもない。だが、いくら何でもあの振舞いはない、彼女は貴族令嬢の礼儀をまったくもって知らなかったのだ!


 ――孤児になり、叔父に引き取られたとは聞いている。

 だが、それまでは?

 亡き両親は彼女に教育を受けさせなかったのだろうか?

 だとしたら、なぜ?


 アイラを離邸に閉じ込め、私は塞ぎこんだ。


(もちろん契約は履行しなければならない。だが、なぜ、どうして? 男爵家で貴族令嬢として育てられ、最近ではギーズ家にいたはずだ……あそこだって貴族家だ)



※



「伯爵様はアイラについて何をお知りになりたいのです?」


 そう聞いたのは彼女の従姉、ミリー・サウス嬢。最近婚約したらしく、控えめなドレスを身に着けている。


 あれからあれこれ考え、それよりは直接関係者に聞いた方がいいと思い、私はアイラに気付かれないようミリー嬢をウエスト邸に呼び出した。

 一見して派手な外見、鋭い目線。どこを見ているのか、何を見ているのか読めないアイラとは全く違う。


「アイラ嬢について疑問があるのだが……なぜ彼女には、貴族としての礼儀がないんだ?」

「そんなこと……答えられるはずがありませんわ。あの子のためにも過去については詮索してほしくはありません」

「あなたたちはアイラ嬢を引き取ったあと、普通に接していたんだろう?」

「それについても詮索してほしくはありません。もしあの子のためを思うのなら、過去よりはこれからのことについて考えてほしいですわ。伯爵様は、適当にアイラを可愛がったら捨てるおつもりなんですの?」

「そ、そんなことはない!」

「でしたらアイラの将来を考えてくださいませ。伯爵様がどういうおつもりであの子をお屋敷に招いたのか存じ上げませんけれど、サウス家へ戻すなどということは決して仰らないで下さい。わたくしから言えることはそれしかありません」


「……分かった」


 何も聞くな、詮索するな。


 要するに、ミリー嬢が言いたいのはそういうことだ。明かされてはならない秘密があるのだ。


 礼儀がなっていないから、子供みたいに人形に執着するから、という理由だけで私は彼女を離邸に閉じ込めた。なぜそうなのかについては考えようともしなかった。


 晩餐での振る舞いは、まるで駄々をこねる幼女のようだった。舌っ足らずなしゃべり方、十七歳というのにまだ十歳そこそこにも見える外見。それでいて、眼鏡を掛けるといきなりインテリ女史に変身する。


 奇妙で不思議な少女……。


 先の契約に対する後悔で彼女を招待し、なのに気に食わないからと離邸に閉じ込めた。一体私は何をやっているんだ?


 閉じ込めるのはやめよう。これからは少しずつ彼女に礼儀を教えればいい。すぐにでも彼女を離れから解放しなければ!



※



「アイラ!」


 取り乱した私は離れの扉を乱暴に開け、彼女を探した。


 彼女は眼鏡をかけ、日記を書いていた。

 あの日、あのティールームで見かけたときと同じだ。人形を抱いて駄々をこねていた少女とは全く違う。


 何とチグハグな!


「え? どうかしましたか、ジェシー様?」


 様子が違いすぎる。

 母がよく座っていたプリンセスチェアには、例の人形が置かれていた。


「申し訳なかった、あなたを閉じ込めるなんて……」

「えっ?」

「これからは少しずつ私が貴族らしさを教えよう。だから……」


「だから何ですか、教えるって何を?」


 彼女が見つめる。


 あぁ、愛しさがこみあげてくる!


 私は……どうして忘れていたんだろう、彼女の……儚くも可憐で抱きしめたくなるような佇まいを……天使を!


「これからときどき離れで食事することにしよう」

「え、いいんですか? でも、どうしてときどき?」

「晩餐はマナーレッスンだと思ってくれ。本邸での晩餐にはその人形は遠慮してほしいが、離れのときならアイラの隣に座らせてもいい」

「え~、本邸はダメ?」

「ダメだ。フッ、とんだじゃじゃ馬だな」


 こうして見ると、駄々をこねる姿も可愛い。


「貴族として生きるのなら、最低限の礼儀はわきまえなければならない」

「はぁ……分かりました。我儘だったかなと(ちょっぴり)反省しています」

「サウス家時代のことは知らないが、アイラは今までそうやって暮らしてきたんだろう。私もキツイ物言いをしてすまなかった」


 私は素直に謝った。


「お腹が空いているだろう、蜂蜜入りホットミルクを用意しよう」

「ありがとうございます、ジェシー様」

「まったく、どういったレディーなのか。侍女に擦り傷の手当てをさせよう。ともかくこれからもよろしく、レディー」


「レディー?」


 真剣に話を聞いていた彼女が首をコテンと傾げ、訴えるような目で私を見つめた……うっ、その目で見られると私の心が苦しくなる。


「ジェシー様?」


 勘弁してくれ、胸が締め付けられる、呼吸が……できない……。



※



 その後なぜかウエスト邸の雰囲気が変わった。何と、ピアニストの生演奏でアフタヌーンティー。その昔――ときどき母がプチパーティーを主催していたかもしれない、今となってはうろ覚えだが。


 今まで止まっていたウエスト邸の時が進みはじめた。


 あぁ、妻がいるっていいな。

 あの柔らかそうな肌に夜通し触りたいな。


 だが、何なのだ、あのミシェル・バルビエとかいうピアニストは! 彼女にベタベタ触ってばかり! しかも、将来を約束しているだと? 冗談も休み休み言え!



 けしからん!



~~~~~~~~

☞次回はわくわくドキドキはじめての舞踏会。

~~~~~~~~

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