もう一人のアイラ

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★元祖アイラ・サウスに対する疑問が。

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 わたし――アイラ・サウス十七歳。北橘(ほっきつ)佳奈としては二十六歳。


 書きかけの小説の上に日記帳をのせて、小説家という立場をごまかしています。だって知られたくないもの。


『晩餐逃亡事件』以来、レディーらしさを押し付けてくるフェロモン大王。わたしもこのままではマズイと思っていますよ。

 ギーズ邸ではかなり自由に暮らしていたし、専属の侍女なんていなかったし、必要なかった。困ったことに、世間では貴族令嬢と見なされているらしいんだよね。


 なぜか最近になって、本物のアイラが出ちゃうのよ。泣き虫アイラ。

『アンタ、奥深くにいたんだ。今までどうしてたの?』って感じ。


 思い出してみて。

 タンディーさんに言葉を教えてもらったとき、手をパタパタさせて喜んでいたのは誰? わたしだったら、あんな風に子供みたいなことはしない、だって北橘(ほっきつ)佳奈は二十代半ばのごく普通の社会人だったんだよ。


 アイラちゃん人形の真実をランベール様に指摘されたとき、泣いたのは誰? 悲しい映画を観たときくらいしか泣いたことはなかったのに。


 アイラが出てくると、北橘(ほっきつ)佳奈は身動きできなくなる。これはマズイ状況なのでは。わたし――二重人格になったのでは。



※



 会議がないと、ジェシー・ウエストは居間で新聞や書物を読んだり、ナットさんと世間話をしたり、離れでお仕事しているわたしをからかったりする。


(奴って暇人だよね〜。友だちもいなさそう。引きこもりボッチ)


 外交補佐官として国外を忙しく巡っていたときの反動かもしれない。


 再びウエスト邸に来て二か月後、契約のひとつ、『必要な場合は社交の場に出る』を実行するときがやってきた。


 初めての舞踏会ですのよ、フフン。


 ギーズ家のサロンパーティーなどではなく、国内お貴族様たちが集まる正式な舞踏会、わたしの社交界デビュー。エスコートが親族でも婚約者でもない、伯爵家当主のジェシー・ウエスト。

 小説のネタとして興味がある。『これ、どこの国の舞踏会なんですか?』とフリップさんからツッコミ入れられたしね。


「今シーズン最後の舞踏会があるから、一緒に参加しよう」

「行ったことがありません」

「あっ……そうだったな、デビューするはずの去年はここに閉じ込めてしまったから……改めて謝罪する、申し訳なかった……」

「それは別にいいんですけど(ホントどうでもいいです)、ダンスとかするんですか?」

「あぁ、そうだ。私のパートナーとして参加するわけだから、それなりに振舞ってもらわないと。場所は宮廷だ、長居することはない。挨拶回りをしたらさっさと帰るよ」


 いきなり宮廷ですって?



※



 翌日から舞踏会用ドレスと礼服の準備、ダンスレッスンがはじまった。

 ジェシー・ウエストのレッスンは厳しいものではなく、『そこそこステップを踏めればいい』程度の。


 ――でもねぇ。


 そうです、アイラは運動オンチだったのです! 体が動きません!


「む、無理です、踊れない……」

「大丈夫だ、あわてないで、ゆっくり……プロじゃないんだから、それなりにできればいいんだ」

「足がもつれて……」


「それじゃあ、もう一度」


 ワン、ツー、スリー。


 できない……シクシクシク……。

 しゃがみ込んで泣き出したわたし。アイラになってから涙もろいし、すぐ泣く。


「分かった、今日はここまでにしよう」

「ご、ごめんなさい」



※



 ――舞踏会当日。


 ウエスト邸は早朝から使用人全員があっちへこっちへ忙しい。

 わたしは朝から本邸にて、三人がかりで着付けをさせられています。舞踏会は夕方からなのに。


 用意されたのは、肩を露出し、後ろの裾を長く引きずったアイボリー・イブニングドレス。胸のレース部分に白いバラ、申し訳程度の細いジュエリーストラップ肩紐を強調した大胆デザイン。


 結いあげたプラチナブロンドの髪にフラワーモチーフのティアラ、羽をまとったような白いロンググローブに白い舞踏会靴を履いて、いざ出陣。


(こ、こんな胸の空いたドレスで踊れるの!? 誰のデザインなの!?)


「ドレスコードに沿った正式なデザインだ」


 これが?


「フッ、天使に衣装、女神の愛し子様」と言って、ジェシー様が目の前で躓き、わたしの両手に頬ずりした……って、これは何の真似!?


 彼の素晴らしさときたら――エロが服着てるわ~、ケシカラン!

 上品なスワローテールコートにホワイト蝶ネクタイ、ピカピカのエナメル靴。胸には真紅のバラ。自慢の天パは隅々までワックスで固め、お決まりの謎の香水。

 さすがフェロモン大王、何を着ても様になるのだ。


 魔王のように堂々としたパートナー様(仮)を見直した。このくらいのオーラを発する殿方の隣に侍るには、それなりの女性でないと。

 エレン奥様を推薦します。


(問題はわたしがポンコツ令嬢モドキということよ)



※



「ヴェストル伯爵様とサウス家のご令嬢アイラ様。ようこそ宮廷舞踏会へ」


 王宮到着後、わたしたちはサイドに花が飾られた赤絨毯の階段を一歩ずつ上った。もう、心臓バクバク。


 倒れていい? わたし、倒れてもいい?


 わたしたちは少し遅れて大ホールに入ったので、会場はすでに混雑していた。巨大な円天井、たくさんのシャンデリア、最高にドレスアップした紳士淑女のみなさま。圧倒的な光と香水の嵐。

 思わずジェシー・ウエストの腕にキツく巻き付いたら、髪の毛にキスされた。


 ヤメテ、これ以上ドキドキさせないで。足がふらつく。


「両親を亡くした令嬢を保護しているという名目だから、堂々としているように」

「りょ……分かりました」

「私がエスコートするから、常に前を向くこと。できないことはしなくていい、そばを離れないこと」

「りょ……分かりました」

「オドオドしていると足元を掬われるからね」


 そんなことを言われましても。


 ジェシー・ウエストはこういうことに慣れているみたい。さすが外交補佐官。


(……サウス家も来るのかな、会いたくないなぁ……ギーズ家は? フリップさんは?)


「宮廷ということは、この国には王族がいるんですよね」

「知らなかったわけではないだろう?」

「モ、モチロン知ってましたよ? 王政ですか、帝政ですか、議会があるから立憲君主制?」

「そんな言葉を知っているのに王族を知らないのか? アイラは今までどうやって暮らしてきたんだ? 外国にでも行っていたのか?」

「ふ、普通に?」


「普通に、ねぇ……」



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☞しばらく舞踏会編です。

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