パトロンは子爵様

 生活全般が中世から一気に近代へワープしました!

 わたし――アイラ・サウス、?歳。正統サウス家のひとり娘です、でした。


 自由に外出するために、タンディーさんに『賄賂』(出版社からもらった、空飛ぶ機関車菓子店のマロングラッセ)を丸々ひと箱渡し、裏門の通行手形(合鍵)をゲット。

『お嬢、気ぃ付けろよ。くれぐれも旦那様に見つからないように……出かけるときは必ず俺に言うんだぞ』と、何度も注意された。


 それからは週に三日くらい出版社に通った。途中までタンディーさんが一緒なのはなぜ?


 サウス叔父一家に気付かれないよう朝食時を狙って外出し、帰りは馬車で裏口まで送ってもらい、編集担当になったフリップさんと打ち合わせしながら、出版社のデスクを借りてひたすら小説を書く。

 わたしの自立がかかっているから。


「アイラ嬢、少々スペルミスが多いです。文法ミスも。それから、階級によって話し言葉が変わります。気を付けてください」

「ハイ……」

「ギーズ卿から辞書を預かりましたので、使ってください」

「……」

 出版社のお兄さんにダメ出しされた。階級なんて分からないよ。


 もらった原稿料で紙とペンとインク、石鹸やらロウソクやらを外で買い足し、お菓子と食料をまとめ買いしたので、生活が激変した。


(バンザイ! これでしばらく贅沢ができる!)


 これぞ転生チートというやつだね、きっと。粗末な小屋に放置DVされたまま転生特典もないなんて、悲惨過ぎるじゃない。

 良かった、この世界でも生きていけそう。


 ――わたしの自立計画ははじまったばかり。





 初めての作品が週刊誌に掲載されてから、立て続けに三篇の短編小説――薄幸令嬢短編三部作――を世に出した。


『婚約破棄された薄幸令嬢の発狂』

(編集担当フリップ修正『婚約破棄された薄幸令嬢の絶望』)


『狂気の薄幸令嬢、愛の遠足』

(フリップ修正『失意の薄幸令嬢、愛の逃避行』)


『発狂令嬢が隣国のイケオジと掴んだ爆発的幸福』

(フリップ修正『数奇な運命を辿った令嬢と異国の紳士が紡ぐ、官能の日々』)


 どれもグー◯ル翻訳のような文章しか書けなかった。そこは潔く反省しよう。だけど三作目のタイトルが変だし、さりげなく十八禁が入っているんだけど?


 その後わたしは『ギーズ出版社』と専属契約を結ぶことになった。そのときは自分にオメデトウスイーツを買って、マリオンさんとタンディーさんにプレゼントしたのですよ、空飛ぶ機関車菓子店のマロングラッセ。

 いきなりわたしの生活がアップグレードしました。

 ランベール様から頂いたボディーサロンチケットを使い、お肌や髪の毛を整えたので、事故の傷跡もきれいに消えた。


 そこで初めて自分の全身を見た。


 ナチュラルにうねる、シルバーに近いプラチナブロンドの髪。ほっそりとした儚げな面持ち、華奢な身体。黒髪茶目の北関東田舎民だった北橘(ほっきつ)佳奈とは全然違う。

 よく見ると、目つきが変。瞳の色が薄すぎるし白目がち。瞳に輝きがなくてどこを見ているのか分からない、極めて不気味。


 何だかこの身体、早死にしそうじゃない?





 黙って外出しても文句を言われないサウス家の無関心さは感動的だ。わたしが小屋にいないときは、マリオンさんとタンディーさんがアリバイ作りをしてくれる。

 このころやっとカレンダーを買いました。ちなみに今日は十月二十五日。前世のグレゴリオ暦と同じかどうかは分かりません。


 涼しくなって外出も楽になったので、小洒落たティールームにておひとり様でお茶し、雑貨屋で買い物。あぁ、楽しい。


 そして――本日はあのランベール様とカフェデートなのです!


『アイラ嬢、折り入ってお話がありまして……』

 何かな、何かな、ワクワク。


 その前に服飾店でお嬢様風ドレスにお着替えさせられた。

「似合っていますよ。見違えました」

 そして連れられたのは、『空飛ぶ機関車菓子店』経営のカフェ。ティールームではなくてカフェ。

 そうそう、そうこなくちゃ。


 わたしが専属契約をした『ギーズ出版社』の代表、三十四歳のナイースな若オジサマ。実はランベール・ギーズ子爵様。


(そうか、お貴族様だったんだ!)


 初めて出版社に行ったとき、優しく声をかけてくれた人。ギーズ出版社の絶対権力者。

 背はそんなに高くないけれど、後ろに撫でつけた肩まであるセミロングの茶髪ヘアーは芸術家のよう。バラの刺繍をあしらった巨大リボンクラバットを見せつけても様になるケシカランお姿が、またまた素敵。

 憂いのある緑色の目を伏せて、細長い指でタバコを咥えるお姿はもう、極上の美しさ。スーツ姿でシルクハットをかぶるとたちまち威厳が出て、貴族らしくなるの。

 先代が外国からの亡命貴族なんだって。

 外国で革命があったのかな。それに、貴族なのにどうして出版社を経営しているんだろう?


「僕のことはランベールと呼んで下さい」

 鷹のように鋭い目で見つめられた。

「えっ、い、いいんです、か?」

「もちろんです。妻帯者ですが子供はいないので、奥様とはお互い自由に生きています」

「す、素敵な、関係です?」

「僕があなたの後見人になりましょう」


(後見人! ランベール様がわたしの『パトロン』に!? つまり、あしながおじさん? それに、いきなり名前呼びなんて、いいの?)


 自分を堂々と『僕』と呼ぶランベール様尊い。この世界の一推し。でも残念、やっぱり既婚者なんだね。『何か困ったことがありましたら、いつでも僕を頼って下さい』だって。嬉しい。

 体に悪いからタバコを控えてほしい。


「用意して頂いた、ドレス、なんですけど……」

「そうですね……名残惜しいですが着替えましょう。これは出版社で保管しておきますから」

「ありがとう、ござい、ます」

「自立してみませんか、ご令嬢。あの屋敷では不自由でしょう」

 ランベール様から提案された。

「十七歳でしたらアパートを借りることができます。出版社の近くに家政婦付女性専用アパートを探してみました。家賃の心配は要りません。叔父には、ギーズ出版社に奉公することになりましたと話しておきましょう」

 という、有難いお言葉をいただいた!

 もちろん自立したいですとも!


 タバコを吸いながら考え込み、言葉を選んで説明しているみたい。


(どうしてこんなに親切にしてくれるのかな? エレガント紳士ランベール・ギーズ様……好きになりそう。というか、すでに好き、ダイスキ!)





 わたしの担当編集者様は、準男爵家三男のフリップ・セシルさん、二十七歳。ロングブロンドヘアーをリボンで束ねている、ロマンチストな外見の人。上流階級出身らしい身なりをした儚そうな男性である。

 絶対モテる。


『準男爵家出身といっても三男ですから、ただの平民ですよ』と自己紹介された。

『既婚ですか?』と聞いたら、『想っている女性がいます』と返ってきた。

 即失恋であった。


 常連となったティールームのマスターにも『結婚してるの?』と聞いたら、イエースと返された。またまた失恋である。


 いやいやアイラ、見境ないな。逆セクハラだよ。薄幸令嬢の自覚なくない?

 スミマセン、中身は北橘(ほっきつ)佳奈でした。



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☞儚げな外見に騙されている人もいるかもしれませんが、薄幸令嬢アイラの中身はガサツな某北関東民です。

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