スキャンダル王激怒 契約は破棄だ死ね!

「失礼いたします。当主様にお会いしたいという方がお見えです。ランベール・ギーズと名乗っております」


 エントランスにいたのは、珍しくフォーマルな装いをしたランベール・ギーズと用心棒の丸眼鏡大男だった。


「突然申し訳ありません、伯爵様。そろそろ僕の大切なご令嬢の様子を見たいと思いまして。これはパトロンとしての義務でもありますので」


(まさか、こんなタイミングで?)


 契約なので後見人との面会は守らなければならない。しかし、申し訳が立たないこの状況をどうしたものか。


「あいにくアイラは体調が少々悪く、部屋で臥せっています」

「どういうことでしょうか?」


 普段はいかにも優男で通っていそうだが、目を細めて睨みをきかせると意外な迫力があった。


「実は母との間で少々行き違いがありまして……揉めごとが起きたのです」

「どのような? 詳しいことは後ほど伺います。とりあえずアイラ嬢に会わせていただけませんか」

「……分かりました」



※



「あ〜、あ〜」〈怖い、パパ、ママ……どこにいるの?〉


 相変わらずうなされていた。


「これは……どういうことですか!?」


 アイラの部屋に入るなり、ギーズ卿がベッドの前でうろたえた。


「手や顔に擦り傷が付いているではないですか! 何があったんです? しかも苦しそうにうなされて……しかもこれは……!」


 ランベール・ギーズが壊れた人形に気付いた。


「アイラ嬢が大切にしていたご両親の形見!」

「形見……だったんですか?」

「そうですとも、片時も離さずにいた……」


 知らなかった。私はどこまで間抜けだったのか。


「それにこれは……僕への手紙?」と、震えながら手紙にキスした。


「失礼ながら説明させていただきます」と、アイラを診ていた医者が言った。

「ここのところご令嬢は体調がすぐれず、おとといは朝から頭痛が消えませんでした。そこにきて夜間の馬車での無理な移動もあり……」

「病人が馬車で移動?」

「申し訳ありません。実は……私の母が暴走してしまい……」


 私は母の謀(はかりごと)として説明した。

 間違いではない、事実なのだから。

 ここでオリエンス侯爵の名を出すわけにはいかない。そんなことをしたらスキャンダルをばら撒かれかねない。侯爵は政界の片翼を担う政治家なのだ、巻き込まれたくない。


 早急にエリーゼとの繋がりを絶たなければ。


「何ということを! 伯爵様、どう責任を取るおつもりで? これは『安心・安全を保障』についての契約違反ですぞ!」


 ギーズ卿は持っていた杖をダンッと床に打ち付けた。優男風だった男がいきなり狂犬に変身した。


「病人の前では静かにお願いできませんでしょうか」と、侍医。


「場合によっては容赦しません。紙面に載せる覚悟は出来ておりますか!?」

「脅迫するつもりですか!?」


「よろしい、それならこの契約は中止としませんか」と、ギーズ卿が申し出た。

「こちらからの契約不履行は、伯爵様の不始末とトレードということでよろしいかと。でしたらお互い無傷となりましょう。すぐにでも彼女を連れ戻します」


(とんでもない! このまま終わりにしたら、アイラとの関係も終わってしまう! そんなことになったら何もかもお終いだ!)


「……いいえ、私は責任を持って最後まで彼女を守りたいと思います」

「この状況でそれを言うと? 傷ついた上に意識を失ったままとは……貴族の令嬢に何ということを……!」

「私は中途半端なまま契約を終わらせたくありません。それに、契約とは言いましたが、あくまでもウエスト家への招待、今後は必ずアイラを守ると誓います、誓わせて下さい!」

「契約で縛り付けて、伯爵様はアイラ嬢をどうしたいのですか?」


「契約というのは表向きの理由で……できるなら彼女を妻に、と思っています」

「何をおっしゃって……!」


「それに、このまま彼女を馬車で移動させるなどできないでしょう」

「傷つけられるのなら連れ戻します!」

「落ち着いてください。彼女の回復が先ではありませんか」

「……ならばせめて、ギーズ家からアイラ嬢の侍女を付けます。構いませんね?」

「……分かりました、それで納得して頂だけるのなら」

「それから護衛も」

「護衛ですか?」


 外国籍のこの男は、スキャンダルで社交界を引っ掻き回す力を持っている。今は下手に出て用心するに越したことはない。スキャンダルは私が最も忌避することなのだから。


「……不本意ですが、回復するまでは伯爵様を信用しましょう」

「ありがとうございます」

「近々彼女を迎えに来ます。そこで契約は終わりにしましょう」

「それは……できかねます」


「アイラ……」とつぶやきながら、ランベール・ギーズはうなされている彼女の髪をしきりに撫でた。ときにプラチナブロンドの髪にキスしながら。


 何やってんだ、お前!


「ギーズ卿、あなたはアイラ嬢の経済面でのパトロンなんですよね?」

「そうですが、何か?」

「距離が少し……近くはありませんか?」

「それが何か?」

「いや、だが……(パトロンの域を超えているだろうが!)」

「彼女は僕にとって大切な存在です。それだけですが?」

「……」


 あとで分かったことだが、あのとき使用人ひとりと馬一頭が消えていたらしい。



※



 息子のことなど少しも考えていない母。どこまでも追って来るエリーゼ……。

 思考力を失った私は無力だ。しかしこのままではいけない、行動を起こさなければ!


 軽く夕食を摂った私は、眠るアイラの前でひざまずいた。


「すまなかった……前回の謝罪のつもりで伯爵家へ招待したのに、私はまた失敗してしまった……母は遠い別荘へ行かせる。どうか私を嫌わないでほしい……」


「あ〜、ぱ~ぱ、ま~ま」


 彼女が……泣いている? パパとママ? 亡くなったご両親?


 アイラの涙を見ると胸が押し潰される。エリーゼの盾になんかするんじゃなかった……。折れないように、壊れないように、彼女を抱きしめた――あの男の残り香を全て消すように。


「今だけは許してくれ……回復したら、タウンハウスへ戻ろう」



~~~~~~

☞ランベールとジェシーの愛情表現は異なります。この辺は相いれないものがありそうです。

☞これで【第四部】はおしまいです。次回から【第五部】『追いかけてきた過去、絡まる運命』がはじまります。曖昧だったサウス家とアイラの過去です。第五部はシリアス寄りです。主人公たちが少~しくらい反省するかも。

☞伏線回収します。

~~~~~~

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