第14話 激重な少女たち 同じ、気持ち
ちゅ。
あ……。
ちゅ、ちゅ。
ちゅ、ちゅちゅちゅ。
ちゅ……!
……おいおい。
なんか、止まらなかった。
「え?」
「な、な……!」
「おとな」
凍りつく少女三人。
頭がぼーっとする。
柔らかい肌。
驚いた表情。
触れたくちびる。
何もかもが熱い。
目と目が合う。
潤んだ瞳。
「聖女様……」
ん?
ふと、気づく。
な、なにしてんだ、私?
聖女様の驚いた瞳に、私は我に返る。
急に背筋が、凍りつく。
「なんという……神でも許しませんよ……」
「誰がここまでやれと言いましたか……?」
「おとな」
後ろからなんか非難の声が飛んでくる。
わ、私は、あーんできなかったから、キスしただけで……。
よく考えると、よく分からなかった。
「……す、すみません!」
あ、あああ。
「ち、違うんです、これは! 本当は聖女様に食べさせてあげたかったんですけど、なんかうまくいかなくて、ずっともどかしくて、もっと色々あげたいのにって考えたらそうか私自身をあげればいいんだって思っちゃって」
も、もうだめ!
「と、とにかく、聖女様、今のことは綺麗さっぱり忘れてもらって……」
あれ?
「聖女様?」
よく分からないことを話しまくる私の前で、聖女様の髪がふわりと揺れた。
ぱたん。
「せ、聖女様!?」
聖女様の体がソファ席に倒れ込む。
え、びょ、病気とか?
私は慌てて倒れ込んだ聖女様の顔を覗き込む。
……目を回している?
気絶……?
手で頬に触れてみる。
熱い……。
熱、かしら?
「だ、だめです……」
聖女様の口から呟きが漏れる。
「聖女様、今から医務室に運びますので!」
「クロエ、薬とか持ってない?」
「持ってるわよ、もちろん」
「……あなたって、本当に薬屋の娘として満点ね」
「ウェイター! ちょっと手伝ってくれないか?」
「あわわ」
潮騒の港町。
風吹く町のその中で。
今日も少女たちの賑やかな声が響き渡っている。
「もうこれ以上は持ちません……」
聖女の呟きは、少女たちの声に隠れて消えてしまう……。
◇ ◇ ◇
グーパーグーパー。
グーパー、グーパー。
手のひらを何回も握っては開く。
誰が聖女様を看病するか。
じゃんけんに勝った私は、この医務室の椅子にこうして座って、聖女様を見ている。
私にしては珍しい。
いつもこういう時はセレナに勝てないのに。
……シルヴィはなんか、分かりやすかった。
静かな医務室。
ほんの少しだけ、扉の外から店の喧騒が聞こえてくる。
「ん……」
小さな声とともに、聖女様が目を覚ます。
「ここは……」
「聖女様……!」
良かった……!
「目が覚めましたか、聖女様! 急に気を失ったので、医務室で横になっていたのです!」
「……そうなのですね。私ったら……」
「ごめんなさい!」
私は謝る。
本当に、心から。
「私が、なんか変なことしたから、だから聖女様も嫌な気持ちになって……」
「……いえ、そんなことは……」
聖女様が顔を背ける。
あああ。
もう終わりだ、私、完全に嫌われちゃった……。
でも、それでも最後はちゃんと謝らないと……。
「ごめんなさい、嫌でしたよね。あんなこと……」
「それは、別に、そのなんというか」
聖女様が顔を背けたまま続ける。
「嫌では、ないです」
「私、反省して、二度と聖女様のスケッチを描いたりなんてしませ……え?」
「決して嫌では、ないのです」
聞き間違い……?
いじいじ。
聖女様の組まれた指が、お腹の上で弄ばれている。
私の手も、気づけばいじいじと意味もない図形を、宙に描き続けている。
「なんか、大切にされている感じがして……」
大切……。
そ、それだ!
「そ、そうです。大切にしたい気持ちがあふれて、つい……」
「そ、そうなのですね。それは嬉しいです……」
これで、切り抜けられる。
私だって嘘はついていないし、この気持ちは本当だし。
目は、合わせられないけど。
「それに、謝る必要はありません。私が悪いのですから」
「そんなことは……」
悪いのは確実に私の方だろう。
……私というか私たちというか、実は一番悪いのはセレナなのでは?
「実は、ちょっと寝不足が続いていまして……」
「聖女様がですか?」
「……はい。ここのところ夜寝られないのです」
聖女様が……。
そんな素振りを見せなかったから、気がつかなかった。
「色々考えてしまうのです。しかもこんなこと初めてで……」
「……良かったら、お話し聞きますよ?」
いつも、私が聞いてもらってる側だもんね。
「えっと……それは言えません」
「そうなんですか?」
「言えないというか、なんというか……」
いじいじ。
「私自身、よく分かっていないのです、この気持ちを。今話しても、よく分からないと思うのです」
そ、そうなんだ。
聖女様でも分からないのなら、私が聞いても、よく分からないかもしれない。
「何だか、ぼんやりとしているのです」
聖女様が言う。
「ぼんやりとした何かが、ずっと私の中にいるのです、ここのところ、ずっと」
そう言って、聖女様は私をちらりと見て、再び視線を外した。
うう。
なんかこういう聖女様も可愛い……。
組んだ指の動きが止まらない。
「……えっと、もし話したくなければ、大丈夫です。聖女様のペースで」
「……せっかく聞いてもらったのに、すみません」
「ぜ、全然。気にしないでください」
静かなのに、やけにうるさい。
私の呼吸の音と、聖女様の呼吸の音が聞こえる。
ずっと聞こえる息遣い。
「あの」
先に声をかける私。
もう一つ、気がついたことがあった。
「は、はい」
聖女様が少しでも長く寝ていられる、方法。
私は話し出す。
「も、もし大変でしたら」
「……」
「明日は相談に行きません。……そうしたら、少しでも朝寝られますよね」
「え……」
そうだよね。
私、毎日毎日相談しに行って。
ちょっと重かったよね。
「ごめんなさい、明日からはゆっくり寝てください。聖女様が元気になられた頃に、また行きますから」
「だ、だめです。明日も来てください」
「でも、聖女様の体調が……」
「構いません、今日はしっかり寝ますから!」
聖女様……?
「で、でも……」
「来てください」
「わ、分かりました」
行ける分には、私も嬉しい。
だって、聖女様に会えるし。
「無理はしないでくださいね」
「もちろんです」
そう言って微笑む聖女様に、
「あ、そうだ、これ、いいかもしれないです」
と、私は鞄をごそごそと探ると、紙の包みを渡す。
「これは……?」
「それはお薬です。よく眠れるように、気分が落ち着く成分を調合しています」
私も、微笑む。
「効果なら、私の体で実証済みです。良かったら、飲んでください」
効き目を貫通してくる夜もあるけど。
多分、それは私だけだと思う。
「ありがとうございます……。嬉しいです」
そうして、私のあげた薬を大切そうに胸に抱く聖女様を見て、私も嬉しくなった。
「私も、同じ気持ちです、聖女様」
目が合う。
「ふふ、一緒ですね」
柔らかい、笑顔。
「あ……」
急に、さっきキスした柔らかな頬に目が行く。
「そ、そうですね」
「なんか、私、おかしくなっちゃったのかもしれないですね。今まで、こんなことなんかなかったのに」
「そう、ですかね?」
そう、ですかね。
そんなことないですよ。
多分、ずっとおかしいのは私の方ですから。
「あ、聖女様、起きられたのですね!」
ふと、聞こえた明るい声。
私が振り向くと、フィオラが医務室の入り口に立っていた。
「良かったです、皆さん心配していましたよ」
フィオラが私たちに駆け寄ってくる。
「フィオラさん、すみません、ご心配をおかけして」
「そんな、謝ることありません! 聖女様は働きすぎなのです」
うっ。
やっぱり心が痛い。
私のせいでもあるでしょ、絶対。
「そんなことないですよ、私がしたくてしていることなのですから」
聖女様は微笑んだ。
「皆さんの笑顔が見られるのが、私にとって一番嬉しいことなのですから」
……。
◇ ◇ ◇
なんか、席に戻ると、二人が仲良くなっていた。
「さすがセレナ殿、分かっていますね」
「シルヴィさん、そこが、聖女様の最大の萌えポイントなのです」
何を大声で話しているんだ、二人は。
「二人とも、戻りましたよー」
「あ、イリア様!」
「大丈夫ですか!?」
フィオラの声に、二人が席から立ち上がる。
「心配かけてすみません」
聖女様が、頭を下げる。
「すみません、私が暴走したばかりに……」
「私も、もっと早く二人を止めるべきでした」
「いいのです、私の体調不良が原因ですから」
そう言って、聖女様はみんなに席に座るよう促す。
「体調不良? 大丈夫ですか? 今日はもうお帰りになってお休みになられた方が……」
シルヴィの言葉に、聖女様は首を横に振る。
「大丈夫です。だいぶ良くなりました。それに私、デザートもとても心待ちにしていましたので……」
楽しそうに笑う聖女様に、シルヴィも安心したように笑う。
「それなら、良いですが……」
「ところで、聖女様、体調不良とは? 何かあったのですか?」
セレナが尋ねる。
「いえ、実は、ただの寝不足です」
聖女様が、あははと笑う。
「ちょっと、考えごとをしていて寝付けなくて……」
クロエ、薬は?
そう、目線を向けてくるセレナに、私は澄まし顔で頷いた。
もう渡してまーす。
「あの……気になっていることとは?」
シルヴィが言った。
「うーん……」
聖女様が、指を頬に当てて考えた。
「それは、まだ内緒です」
目を合わせる少女たちの席に、再びパエリアが運ばれてきた。
ウェイターは、温め直してきました、と言った。
「わあ、ありがとうございます!」
聖女様は、熱々のパエリアを、ひとくち食べた。
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