婚活疲れを経て明治風異世界の士族に転生した十五歳の私は、お見合いで良縁を得たい。 ~母から娘への最後の教え~

和えもん

婚活疲れを経て明治風異世界の士族に転生した十五歳の私は、お見合いで良縁を得たい。 ~母から娘への最後の教え~

「ついにこの日が来ましたね、千代。」


「はい、母上」


 十五になった私は、明日お見合いをする。


 前世の私なら、きっと驚いていただろう。


 けれど......前世で三十まで婚活を失敗し続けていた私なら――こうだ。




『お見合い、サイコーーー!!!』



 いま思い返しても前世の私は――もう疲れ果てていた。


 不意に襲い掛かってくる、婚活の魔物。

 好条件の相手が現われたと思えば、超高倍率の争奪戦。

 異性受けのしやすい外見とプロフィールを取り繕う準備段階。

 愛読書が『女子の武士道』だなんて書けるわけない。

 SNSから流れてくる愚痴と不満に満ちた怨嗟の体験談。

 今いち上がらないモチベーション、無駄に伸びる婚活歴......


 それが今世では......なんということでしょう!

 家柄も育ちも保証されて

 遊び目的だという心配も要らない案件が

 家同士の調整も済んだ状態でやってくるのです!

 まさにカモネギではありませんか。ホホホホホ......

 あぁ、なんて素敵なのでしょう。家柄というパワー!

 おっと、士族たるもの、顔に出しては、いけない、いけない。(ここまで2秒)



 母上から渡された写真を、私はもう何度目か分からぬほど見返した。


 凛々しく、真面目そうな顔立ち。


 笑うと、どんな顔になるのかしら?


 その笑顔が私だけに向けられたら、どんな気持ちになるだろう?


 前世の婚活では「リスク回避」ばかりをチェックしていた。


 年収は。


 学歴は。


 将来性は。


 浮かれ気分なんて、とてもとても......


 しかも、良い感じと思った相手が自分に気があるとは限らない!


 そこまで全力で振り向かせたくなるほど好きにもなれない。


 前世の私にとって婚活は難易度設計がバグっていた。


 今は違う。


 この人と、どんな恋が始まるのだろう。


 そう思える自分が、少し嬉しかった。


 体感時間で30年ぶりの、恋する乙女心。


 安心して味わえる浮かれポンチ気分というのは、何て甘いのでしょう!





 小笠原家は、古い家柄を誇りながらも和魂洋才を重んじる名家である。


 時代は明治に似ているけれど、私の知る歴史とはだいぶ違う。


 兄たちは十五までに元服し、それぞれ家の役目を与えられた。


 姉たちは礼法と家政を学び、嫁いでいった。


 私は迎えられた兄嫁ともども母上の側で家の切り盛りを修め続けている。


 学校では読み書き、そろばん、修身。


 家では礼儀作法、茶、裁縫、家計、使用人との接し方。


 思っていたより、ずっと忙しい十五年間だった。


 人生五十年時代の人生設計とはそういうものだろう。


 現代知識で世を変える、などという転生譚とは程遠い。


 私が持っていたのは、会社勤めの経験と少しばかりの読書、それに婚活疲れくらいのものである。


 そんな展開が無くても、この今世には充足感を覚えている。


 八犬伝を夢中になって読み、海外から渡ってくる新しい学問に胸を躍らせ、


 家という共同体が一つの生き物のように動いている様子を間近で見られた。


 核家族の一人っ子とは、まるっきり別物の人生体験だった。





「特に聡明であった千代には改めて教えることもないでしょうけれども」


 お見合いを明日に控えて、母上は言う。


「千代。家を守るというのは、一人だけで背負うことではありません」


 母上はいつものように穏やかな声で語り始めた。


「人には皆、それぞれ得手不得手があります。」


「はい。」


「力の強い者もいれば、知恵の回る者もいる。病に強い者もいれば、人の心を和ませる者もおります。」


 私は自然に頷く。


 この話は初めてではない。


 母上が繰り返し語る家訓である。


 聞き飽きる、という類のものではない。


 身に付けてこそ小笠原家、なのである。


「人と人の絆こそ、何より尊い宝物なのです。」


「はい。」


「そのために、人は他人の長所を見出すよう努めなければなりません。」


「短所ではなく、でございますか。」


「短所は補えばよろしい。長所は、その者にしか伸ばせません。」


 母上は茶を口に含まれた。


「殿方は家の外で戦い、経験を積んで来られます」


「家を支えるための務めでございますね。」


「その経験を良い糧として差し上げるのも、女子の務めです」


「はい。」


『さすがでございますね』

『素晴らしいことです』

『存じ上げませんでした』


「これらの言葉に心を込めて与えることは、くれぐれも忘れないように。」


「はい。」


「助言はその後に、1つだけです」


 人を育てる。


 母上は昔から、その言葉を好まれた。


 使用人を叱るときも。


 兄たちへ役目を与えるときも。


 姉たちの嫁入り支度を整えるときも。


 いつも最後は「育てること」が話の中心になった。


「嫁ぐということも同じです。」


 母上は静かに続けられる。


「相手を変えようとしてはなりません。」


「はい。」


「相手の持つ良さを知り、それを活かせるよう努めるのです。」


「活かす。」


「時には、他の殿方の素敵さに目を奪われることもあるでしょう」


「あるのですね?」


「あります。」


「そのときはどうしたらよいのでしょう?」


「必ずこの言葉を思い出しなさい。」


『ひとのもの を とったら どろぼう!』


「これは人生の鉄則です」


「ひらがなで思い浮かべるのですね」



「自分の不得手は、相手に助けてもらえばよろしい。」


「夫婦で補い合う、と。」


「夫婦だけではありません。」


 母上はゆるりと首を振られた。


「舅、姑、兄弟姉妹、使用人。皆で家を支えます。」


「家そのものが一つの......組織なのでございますね。」


「そうです。」


 私は何度も聞いた教えを、改めて噛みしめた。


 現代では、一人で頑張ることばかり考えていた。


 仕事も。


 恋愛も。


 婚活も。


 けれどこの家では違う。


 一人で家は守れない。


 だからこそ、人を見る目を養えと母上は教えてくださった。


「人には相性もございます。」


「はい。」


「厳しく言われた方が伸びる者もおります。褒めて伸びる者もおります。」


「人によって違うのでございますね。」


「その違いを知ることが、家を預かる者の務めです。」


 母上の話は、いつ聞いても筋が通っている。


 私は何度も救われた。


 婚活に疲れ「理想の相手」ばかり追っていた前世よりも。


 今の私は、人を育て、人に育てられることの尊さを知っている。



「それから。」


 母上は少し笑われた。


「人を育てる以上、失敗もあります。」


「失敗、でございますか。」


「むしろどれほど心を砕いても、思うように育たぬことが常です。」


「その時は。」


「自らもまた成長する姿を見せることが肝要です。」


 相手を責めるのではない。


 自分が学びを深め、育つのだ。


 母上らしい言葉だった。


「最後に。」


 母上は私を真っ直ぐ見つめられた。


「姑との争いは、ほどほどにするのです。」


「ほどほど。」


「決着をつけるべき敵ではなく、先輩であり好敵手なのです。」


 私は思わず微笑んだ。


「先輩であり好敵手。」


「ええ。あなたより長く家を見て、経験を積み重ねてきた方です。」


「学ぶべきことがございますね。」


「もちろん、こちらの考えを通すべき時もあります。」


「見極めが肝要なのでございますね。」


「その通り。」


 母上は満足そうに頷かれた。


 部屋に静かな沈黙が流れる。


 いつも通り、だからこそ尊い教え。


 今日まで十五年。


 母上は繰り返し繰り返し、同じことを少しずつ形を変えて教えてくださった。


 私はその一つ一つを受け取り、自分なりに咀嚼してきた。


 そして……一つの問いを温め続けてきた。


 



 私は静かに頭を下げる。


「母上。」


「何でしょう。」


「敬服いたしました。」


「それは何より。」


「では母上、私が母上の教えを修めた深さを、問答にて御測りくださいませ。」


 母上は静かに笑われた。


「よい心がけです――では、問いなさい。」


 






「……ぴか?」



「……ちゅう」


 ――了

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