第2章 「星が集う日は次なる祭典」 第2話

百合々咲音楽学院は桜が満開に咲き誇る中、

新年度を迎えていた。


淡いピンクの花びらが風に舞い、

校舎の白い壁を優しく彩っている。


新入生たちは真新しい制服に身を包み、

期待と緊張を胸に大講堂へと足を運んでいた。


空気全体が、春の甘い香りと新しい始まりの予感で満ちていた。


大講堂では、入学式が盛大に執り行われていた。


高い天井から吊るされたシャンデリアが、

柔らかな光を落とし、壇上の花々や学院旗が華やかに飾られている。


新入生たちは誇らしげに背筋を伸ばし、

まっすぐ前を見つめていた。


その瞳には、これから始まる演劇の道への夢と、

少しの不安が混じり合っている。


在校生代表として壇上に並ぶのは、

エーデルの5人だった。


学院の顔として、圧倒的なオーラを放っている。


二乃の明るい笑顔、八重の凛とした佇まい、

砂月の気品ある立ち姿、 哪吒の静かな威圧感——


エーデル達は堂々と、しかし自然体で新入生たちを見守っていた。


ただ、1人を除いて。


(ヤバいヤバいヤバい……!)


翼はガクガクと震えていた。


隣に座る二乃が、横目でチラチラと心配そうに見てくる。


翼の震えを気にして、小声で囁いた。


「翼、落ち着いて……」


翼が焦っている理由は、ただひとつ。


壇上中央のマイクが、

彼女を待っていたからだった。


「在校生代表挨拶。フラウ・ヒンメル 飛彩翼」


「はい!」


学院の行事における挨拶は、ほとんどフラウ・ヒンメルが担当してきた伝統がある。


去年は空席だったため、フラウ・ヴァッサーの哪吒が務めたが、 今年は翼がその役割を担うことになっていた。


自分がこの場に立つなんて、思ってもみなかった。


数日前に理事長から「代表挨拶、よろしくね」と言われた時、正直、拒否したかった。


喉がからからに乾き、足がガクガクと震える。


一歩一歩が、鉛のように重たい。


なんて言えばいいのか、考えがまとまらない。


頭の中は真っ白で、言葉が浮かんでこない。


SNOW WHITEの本番以上に緊張する出来事が起きるとは、 思ってもみなかった。


翼は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

壇上に上がり、マイクの前に立つ。


新入生たちの視線が、一斉に彼女に注がれる。


期待と憧れの目。

その重圧に、翼の指先が小さく震えた。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」


声は少し掠れていたが、

それでも、翼は精一杯の笑顔を浮かべて言葉を紡ぎ始めた。


桜の花びらが、講堂の窓から舞い落ちるように見えた。


新しい1年の幕開けと共に、

翼の新たな挑戦も、再び始まろうとしていた。




翼はカフェテラスのテーブルに突っ伏せていた。


代表挨拶をなんとかやり遂げたものの、

緊張の糸が一気に切れたのか、

全身から力が抜け落ちていた。


木漏れ日が優しく背中を照らす中、

翼は額を冷たいテーブルに押しつけたまま、

ぐったりと動かない。


「お疲れ、ちゃんと言えたじゃん」


二乃が明るく声をかけ、翼の隣に腰を下ろした。


「もうやりたくない……」


翼の声はテーブルに押しつぶされ、くぐもっていた。


「でも、卒業までエーデルなら翼さんが卒業式も挨拶することになりますわ」


砂月が優雅に紅茶を啜りながら、からかうように言う。


「またやるの??」


翼はさらにテーブルに顔を埋め、

悲鳴のような声を上げた。


そんな翼の様子を見て、

侑樹がくすっと笑いながら近づいてきた。


「そんな翼にこれ」


「なにこれ……?」


侑樹が差し出したのは、厚みのある紙の束だった。


『SNOW WHITE 第2部 第1稿』


「SNOW WHITEの台本!?」


翼が顔を上げ、目を見開いた。


「あら、もう出来たんですの?」


砂月がティーカップを置いて、

興味深そうに覗き込んできた。


「スケジュール考えると、第1稿はもう完成させておかないとなんだよね」


数十枚にも及ぶページ数に、

翼は思わず息を飲んだ。


「瑠々ちゃん大変だったろうに」


八重が苦笑い気味に言うと、

その隣で哪吒が静かに頷いた。


「流石、舞台創造学科だな」


翼は台本を両手で受け取り、

大切そうに表紙を撫でた。



第1部を終えたばかりの興奮が冷めやらぬうちに、

もう第2部の物語が形になり始めていた。


「みんな……ありがとう」


翼の声は少し震えていた。

疲れと喜びが混じり合い、

目頭が熱くなる。


二乃が翼の肩を優しく叩いた。


「これからが本番だよ。

私たちで、最高の第2部にしようね」


カフェテラスの木漏れ日が、

五人のエーデルと舞台創造科の仲間たちを、

優しく包み込んでいた。


桜の花びらが1枚、

テーブルの上に静かに舞い落ちる。


新しい物語の幕が、

静かに、しかし確かに上がり始めていた。






これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……








世界を知る物語である。


第2話 完

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