第1章 「白雪姫は夢の跡……」 第10話
その日、翼たちは理事長室へ呼び出された。
重厚な扉を開けると、
柔らかな日差しがレースのカーテン越しに差し込み、 部屋全体を優しく照らしていた。
古い木の机と、歴代理事長の肖像画が並ぶ壁が、
この学院の長い歴史を静かに物語っている。
理事長——ミリー・マーキスが、優雅に微笑みながら彼らを迎えた。
「よく集まりました、エーデルのみなさん」
5人はそれぞれ緊張した面持ちで並んだ。
翼、二乃、八重、砂月、哪吒——
全員の視線が、理事長の穏やかな瞳に集中する。
「知ってはいるかと思いますが、SNOW WHITE完成のために、例外的にエンドレスワルツを6月にも開催することになりました」
その言葉に、エーデルたちの間に小さなざわめきが起きた。
「新入生にとってはいきなりの大舞台での活動になります。 エーデルのみなさんが先導するようお願いしますね」
哪吒が一歩前に出て、静かに口を開いた。
「理事長、SNOW WHITE第2部からは“7人の小人”が登場しますが、 選考オーディションは新入生が入学してからになるのでしょうか?」
もう既に第1部のキャストたちは続投が決まっている。
第2部から初登場となる7人の小人役を、
新たに俳優育成科から選出しなければならない。
ミリーは穏やかに微笑んだまま、
ゆっくりと首を横に振った。
「その件に関しては問題ありません」
エーデル全員が顔を見合わせた。
「7人の小人役は、外部の学校の方々を起用しようと考えています」
「それってどういう意味ですか?」
二乃が思わず尋ねる。
ミリーは静かに全員の顔を見回した。
「SNOW WHITEを完成させるだけなら、今まで通り我が学院の生徒たちで完結させるのもいいでしょう。 ただ、あなたたちは過ぎ去りし流星たちを越える者たち」
その瞬間、エーデルたちの息が一斉に詰まった。
そうだ。
自分たちは「過ぎ去りし流星たちの再来」などではない。
誰よりも、彼女らを超えたいと願っていた。
「過ぎ去りし流星を越えるためには、その方たちの力が必要であると、私は考えています」
砂月が静かに問いかける。
「外部の学校というのは?」
「立風館女学校、アクターズミュージカルアカデミア、そしてカリスティックアーツ芸術学園の3校です」
ミリーの口から出た3つの校名は、
エーデルたち全員にとって、決して聞き慣れない名前ではなかった。
いや、演劇を齧っている人間は絶対に知っている学校名だった。
立風館女学校——
百合々咲以上の歴史を持つ伝統校。
アクターズミュージカルアカデミア——
新設ながら最新技術を駆使したカリキュラムで急成長を遂げた注目校。
そして、
カリスティックアーツ芸術学園……日本で最も入学が難しいとされる、まさに演劇の頂点に君臨する超難関校。
理事長室に、重くも熱い沈黙が落ちた。
翼は胸の奥で、静かに拳を握りしめた。
外部の才能を招き入れる——
それは百合々咲の誇りを賭けた挑戦であり、
同時に、過ぎ去りし流星たちを超えるための、
本当の意味での「完成」への第一歩だった。
ミリーは穏やかに、しかし力強く言った。
「あなたたちが本当の“エーデル”であることを、この舞台で証明してください」
窓から差し込む光が、
5人の影を長く床に落としていた。
新たな挑戦の幕が、
静かに、しかし確かに上がろうとしていた。
廊下を歩くエーデルたちの足音が、
静かに響いていた。
午後の陽光が長い窓から差し込み、
磨き抜かれた床に5人の影を長く伸ばしている。
先ほどの理事長室での話が、
まだ全員の胸に重く残っていた。
「理事長の話、どう思う?」
最初に口を開いたのは八重だった。
その声はいつも通り落ち着いているが、
どこか探るような響きがあった。
「百合々咲が外部のプロの方を招いて公演することだってありますわ」
砂月が優雅に答える。
確かに、百合々咲は外部の演出家を招くことも、
外部のプロをゲストに迎えることも特段珍しいことではなかった。
しかし……
「あの3校……」
哪吒が低く呟いた。
その言葉に、皆の足が自然と緩まる。
「立風館って、結依ちゃんが転校した学校だよね?」
二乃が少し声を落として言った。
白羽結依——かつてのフラウ・ヒンメル。
彼女が百合々咲を去った後に転校した先として、
その名はエーデルたちにとって特別な響きを持っていた。
「アカデミアってところは……確か二乃が好きなアイドルの学校だし」
翼が軽く微笑みながら二乃を見る。
「うん……D4が通ってる学校だよ」
二乃は少し照れくさそうに頰を掻いた。
そして——
「問題はカリスティックだ……」
哪吒の言葉に、全員の視線が自然と彼女に集まった。
「あの学校にいる奴らは、全員エーデルを凌駕する。それにあの学校には……“王”がいる」
廊下に、重い沈黙が落ちた。
カリスティックアーツ芸術学園。
日本で最も入学が難しく、
卒業生はほぼ全員がトップスタァへの道を約束されている、演劇界の頂点に君臨する超難関校。
その一言で、エーデルたちの胸にさまざまな想いがよぎった。
翼は静かに拳を握りしめた。
砂月は優雅に目を細め、
八重は静かに息を吐き、
二乃は少し緊張した面持ちで、
哪吒は真っ直ぐ前を見つめている。
「つまり……本気で、過ぎ去りし流星たちを超えようとしてるってことだね」
二乃がぽつりと呟いた。
誰も、すぐに返事はしなかった。
しかし、その沈黙は否定の沈黙ではなかった。
挑戦の予感。
そして、興奮。
5人の間に流れる空気は、
重くもあり、熱くもあった。
翼はふっと息を吐き、
小さく、しかし力強く言った。
「……楽しみだね。過ぎ去りし流星たちを超えなきゃ、私たちのSNOW WHITEは完成されない」
その言葉に、4人がゆっくりと頷いた。
夕陽が廊下の先を赤く染め、
彼女たちの影を長く、力強く伸ばしていた。
SNOW WHITE第2部は、
もはや百合々咲だけの物語ではなくなろうとしていた。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第1章 「白雪姫は夢の跡……」 完
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