第1章 「白雪姫は夢の跡……」 第9話

哪吒は、市内の貸しスタジオで開催される殺陣のワークショップに参加していた。


薄暗い照明が照らす広いスタジオには、木の床の軋む音と、木刀が空を切る鋭い音が響いていた。


壁一面に張られた鏡が、

参加者たちの動きを冷たく映し出している。


哪吒は久しぶりのこの空気感に、

静かに胸を高鳴らせていた。


日本に来たばかりの頃は、こういったワークショップに頻繁に通っていた。


当時はまだ言葉も十分に通じず、

ただ必死に動きを盗み、技術を吸収しようとしていた。


今は少し余裕を持って参加できるようになった自分に、小さく満足を感じていた。


しかも今回のワークショップの主催者は、

あの大帝都歌劇団のアクション指導主任として活躍している、孫王龍(そん わんろん)だった。


元々アクション俳優として名を馳せた人物だが、

怪我を機に現役を引退し、

現在は若手育成に尽力しているという。


アジア最高峰と称される大帝都歌劇団のアクション指導主任から、 直接指導を受けられる機会は、

たとえ百合々咲の生徒であっても滅多にない貴重なものだった。


哪吒は木刀を握りしめ、静かに呼吸を整える。


ワークショップが始まろうとしたその時——


「ごめんなさい、遅れました!」


スタジオの扉がガラッと勢いよく開き、

長い青い髪を靡かせた少女が息を切らして入ってきた。


すると、その青髪の少女の後ろから、もう1人の少女が慌てて続いた。


「あれ、遅刻しちゃった?」


「あなたが寝坊するからバスに遅れたのよ。

みなさんに迷惑かけてるからちゃんと謝るよ」


2人の少女は揃って頭を下げ、

参加者たちの間に急いで席についた。


哪吒は思わず視線を向けた。


赤髪の少女と青髪の少女。


顔立ちがよく似ていて、姉妹……もしくは双子のように見えた。


2人は息を整えながらも、

どこか楽しげな雰囲気を漂わせていた。


哪吒は木刀を軽く握り直し、

心の中で小さく呟いた。


(……興味深い人たちだ)


孫王龍が、厳しくも温かみのある声でワークショップの開始を告げた。


スタジオに、再び木刀の音と足音が響き始める。


哪吒は集中しながらも、

時折、あの2人の少女の動きに目をやっていた。



王龍のワークショップは、1時間半の短い尺に対して、驚くほど濃密な内容だった。


刀と剣の持ち方の違い、

基本的なアクションの呼吸、

棒術や体術を織り交ぜた実戦的な動き——


参加者たちは汗を滴らせながら、孫王龍の鋭い指導に食らいついていた。


「イメージしろ。刀の振り方一つで、その刀の質を観客に伝えることができる。 名刀、妖刀にもなりうる」


孫王龍の声が、スタジオに力強く響く。


イメージ……


哪吒は木刀を握りしめ、目を閉じた。

真剣はこの木刀より遥かに重い。


その重さを、腕の芯まで感じるようにイメージして振る。


刀が空を裂くたび、風を切り裂く音が、

彼女の耳に鮮やかに響いた。


ふと視線を横に移すと、

さっきの双子の少女たちの姿が目に入った。


青髪の少女は、流れるような水のようにしなやかな剣捌き。


赤髪の少女は、荒々しく激しい炎のような剣捌き。


2人とも、しっかりとした自分の型を持っているように見えた。


技術だけでなく、個性までが刀に宿っている。


ワークショップが終わり、参加者たちは汗を拭きながら帰りの支度を始めていた。


哪吒は木刀を置くと、双子の少女たちに近づいた。


「あの剣捌き、見事だった」


哪吒が静かに声をかけると、

赤髪の少女がにやりと笑った。


「そうだろ、爺ちゃん直伝の朱ちゃんスペシャル!」


「バカ、変な名前つけないの!」


青髪の少女が慌てて注意する。


「お爺さまは何をなされてる方なのか?」


哪吒が尋ねると、赤髪の少女が元気よく答えた。


「ん?爺ちゃん?刀教えてる先生だよ」


「刀?」


突然、青髪の少女が大きな声を出した。


「バス、時間やばいかも!」


「嘘!?」


「急いで、帰寮が遅れたらまた結依に怒られます」


「それはマジでやだ〜」


2人は慌てて荷物をまとめ、

あっという間にスタジオの扉を飛び出していった。


「……結依?」


哪吒は思わず呟いた。


その名前を聞いた瞬間、

胸の奥に小さな波紋が広がった。


白羽結依——

かつて百合々咲でフラウ・ヒンメルを務め、

突然学院を去った少女。


まさか……あの双子が、

結依と関わりがあるのだろうか。


哪吒にはわからなかった……。



これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。

そして……






世界を知る物語である。


第9話 完

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