〝空っぽの人間〟
三野瀬三咲は、自分自身をそう言い表します。
他人はもちろん、自分自身の感情さえ信じられず、向けられる好意には理由を求める彼女。
周囲の人と、まともな関係を築くこともほとんどできません。
そんな彼女に、ただひとり親しく接してくる人物がいます。
市川悠人という整った容姿と朗らかな人柄の、誰からも好意を寄せられる青年です。
彼はなぜ三咲に心を寄せるのでしょうか。
その答えもまた、三咲の心の中にありました。
この物語は、恋愛を描きます。
しかし、それはどれも一方から求めることから始まるものばかりです。
三咲から見える人間関係も、同じでした。
高校時代の悠人とのぎこちない関係。
級友の萌衣子との、どこか距離のある関わり合い。
大学時代、サークルの仲間たちと交わす表面的なつきあい。
それらはすべて、彼女自身の言葉でいう〝上っ面の詭弁で自分に嘘を吐き、卑屈な言い訳を続けること〟その延長にありました。
ただ、時とともに形が変わっただけなのです。
三咲は、男女の関係も長続きしません。
何度相手を変えても、結果は同じでした。
大学生になった三咲の不可解な行動。
その理由は、幼馴染である相見優奈との会話によって、少しずつ読者にも明らかになっていきます。
三咲が自分を〝空っぽ〟と呼ぶ理由も、そこで明かされます。
彼女の事実を知った瞬間、それまでただ暗く内向的な人物として見えていた三咲の内面が、まったく違ったものに見えてくるはずです。
それは、高校時代から三咲の心に何が起きていたのかを明らかにする物語の大きな転換点です。
十年前、彼女の身に起きた出来事。
それが起こる直前にあった出来事。
悠人との会話を通して、状況が少しずつ明らかになっていきます。
会話の中では三咲だけでなく、悠人自身が抱えてきた過去もまた浮かび上がります。
過去をどう受け止めるのか。
そして、過去を抱えたまま、これからをどう生きるのか。
二人の過去が交差することで、それぞれの未来までもが変わっていくのです。
『雨と心の残響』は、恋愛小説です。
けれど同時に、〝自分とは何なのか〟を知っていく物語でもあります。
雨に包まれて始まった三咲の〝愛を求める心〟は、十年という長い時間を経て、ようやく自分が本当に求めていたものを見つけます。
それもまた、雨の中で。
過去を見つめ直し、自分自身の未来へと心を定める。
その瞬間に三咲が吐露する言葉。
それが読む者の心に届いたときには、きっと胸を揺さぶられるはずです。
なぜなら、誰かに愛を伝える瞬間は、いつだって最高なのですから。
【レビューコンテスト応募】
ネット小説は読者にストレスを感じさせないほうがいい、などと申します。
それには大部分同意するところではあります、が……
一方で、暗さ、未熟さ、痛々しさ、悪意というものを鮮やかに描くことができるというのも、ある種の才能なのではないかと思うのです。
本作『ただ、愛を求めていた。』という作品は、けっしてストレスフリーなお話ではありません。
けれども文章自体は簡潔で読みやすく、その読みやすい中にも、私は上記のような「鮮やかさ」のようなものを感じたものです。
読者が読み進めるうちに感じるであろうストレスは、きっと結末のカタルシスへの布石なのでしょう。
この作品は、人間の「弱さ」をきちんと描いた作品である、と私は思います。
二万字以下で読める上質な短編小説をお探しの方には、特にオススメいたします。