第二部 第29話『北の集落』

第29話 北の集落


​ 馬車は全力で集落へと近づいていく。

 さっきまで草原を吹き抜けていた爽やかな風はもうない。代わりに鼻をつくのは、焼けた木や藁の焦げ臭い匂いだった。


 黒煙は夕焼け空を汚すように幾筋も立ち上り、風に流されながら不気味に揺れている。


 その時――

 かすかに、子どもの泣き声が聞こえた。

「生存者がいるぞ!! ホウジョウ、ソロン頼む!」


 御者台からアーサーさんが叫ぶ。

「承知!」

 ホウジョウさんはニーナさんに手綱を託すと、流れるような動きで馬へ飛び乗り、一気に集落へ駆け出した。

 同時にソロンさんも見張り台の上で立ち上がり、静かに手のひらを集落へ向ける。

 きっと探知魔法だ。


「わしらも先行する。アーサー、馬車は頼む。」

 ガーランドさんがベルトランさんと並んで馬腹を蹴る。

「わかった! とにかく人命最優先で頼む!」

「任せろ!」

 ベルトランさんが即答し、二頭の馬は土煙を巻き上げながらホウジョウさんのあとを追った。


​◆


 ホウジョウさんが集落へ飛び込んだ時だった。

 燃え落ちた家々の間で、異民族の家族を襲う黒装束の集団がいた。


 泣き叫ぶ子どもを庇うように立ちはだかっていたのは――赤龍団だった。

 赤龍団リーダーのギルティスさんが叫ぶ。

「かかってこい!! こいつらに指一本触れさせねぇ!!」


 だけど多勢に無勢。

 十人を超える黒装束の精鋭たちに、赤龍団の六人はなんとか持ちこたえている、そんな状況だった。


「お前ら、よく頑張ったな。」


 いつの間にか馬上へ立ち上がっていたホウジョウさんが静かに言う。

 次の瞬間。放たれた矢が空気を裂き、黒装束の一人を正確に射抜いた。


 その一瞬の混乱を、ベルトランさんは見逃さない。馬から飛び降りると、一瞬で間合いを詰め、黒装束の集団の中へ踊り込む。


 さらにガーランドさんが大盾を構え、異民族の家族へ迫っていた黒装束を豪快に吹き飛ばした。


 一瞬で形勢が逆転し、赤龍団も押し返した。

 わたしたちの馬車もようやくその場にたどり着いた。


 黒装束の集団は声もなく撤退した。


 あとでホウジョウさんが教えてくれた。黒装束の一団は、矢を受けても、仲間がやられても、誰一人声を上げなかったらしい。


​◆


 ギルティスさんは肩で息をしながら剣を鞘へ収めた。

「あ、あんたらはフロンティスのギルドの………」

「話は後だ。状況は?」

 アーサーさんが矢継ぎ早に問う。


「あぁ。集落の男どもは敵の拠点を攻めてる。その隙をやつらは狙って来やがった。俺達赤龍団は昨日の戦いで怪我人が出たんで留守番してたんだ。」


「敵はいったいなんなのだ。」

 ガーランドさんが聞いた。

「それがよくわからねぇ………一つ言えるのは、『恐怖を知らない人間』ってことだけだ。」


「集落の民たちは無事なのですか?」

 わたしの姿を見たギルティスさんは一瞬目を見開いたけど、すぐに落ち着いた表情で言った。

「やつらが攻めて来たときにすぐに集落の外れの洞窟に避難させた。俺達は逃げ遅れた民を守るために残っただけだ。」


「酒場でズッコケた時と違って男前になったじゃねぇか。」

 アーサーさんがニヤリと笑いながら言った。


​◆


 黒装束の集団は、もう集落には残っていなかった。

 『渡り鴉』と『赤龍団』は手分けして逃げ遅れた民を探し、集落の外れにある洞窟へ向かった。


 洞窟の中には、不安そうな表情を浮かべる子どもたちや、怪我人を抱える家族が身を寄せ合っていた。


 馬車には食料がたくさんある。

 すぐにケイトさんを中心に夕食の支度が始まり、温かな湯気と料理の香りが洞窟いっぱいに広がっていく。

 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


​◆


 そんなケイトさんに気づいて、ギルティスさんが話しかけた。

 元々ケイトさんは奴隷として東の大陸に連れてこられ、赤龍団のアジトのお手伝いさんとして働いていたのだ。


「ケイト……元気そうだな。」

「はい! 実は私、冒険者になったんですよ!」

 明るい声でケイトさんは答えた。


「そうか。良い人たちに巡り合えたな。おれも彼らに会わなかったら、英雄になる夢を忘れるところだった。ボコボコにやられて目を覚まさせてもらったよ。」

「はい! ギルティスさん、前より活き活きしてるようにみえます!」


「そうか……。」

 その表情は嬉しそうにも、少し寂しそうにもみえた。


​◆


 その日は、わたしたちの馬車も洞窟の近くへ止め、そのまま野営した。

 焚き火の火が静かに揺れ、疲れ切った異民族の人たちも、温かな食事を口にすると少しずつ眠りについていく。


 見張り台では、真っ白なヒヨコ姿のピヨピヨが羽を丸め、子猫たちも寄り添うように眠っていた。

 だけど、おっさんズも赤龍団も、その夜は誰一人酒を飲もうとはしなかった。


 そして翌早朝――

 敵の拠点を攻めた集落の戦士たちが、傷だらけの姿で帰還した。

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