第16話 愚直に。貪欲に。

 恭一郎の仕事終わりを待って、三人は高円寺駅前の喫茶店に立ち寄った。

 汗だくになって洗車の仕事を終えた恭一郎にとって、ヒンヤリとした喫茶店の冷気が無性に心地よかった。


 恭一郎、陽子、森下の三人で昔話に花が咲いた。


「菅原さん、覚えてます? あの、団子屋のハゲ親父。すっごく怒られた」

 陽子が聞いてきた。

「あった。あった。『風紀JAPAN』の撮影だろ。怒られたよな。あの時は」

 恭一郎は苦笑いを浮かべた。

「商店街のど真ん中で、あれだけ大声出して騒げばね。そりゃ」

 森下も、うんうん、と頷いた。


 その『風紀JAPAN』は世の乱れた風紀を取り締まるオッサン二人が、街中で誰彼構わず説教して回るという、いかにも若い自主映画らしい、無茶な作品だった。

 学生服にハチマキ、白手袋。まるで応援団のような出で立ちで、街中を徘徊し、タバコのポイ捨てなどを見つけては、すかさず、その場で説教をする。

 ピーッ。と笛を吹き、応援団旗のような大きな旗を振って、大声で怒鳴る。

 そんなシーンを商店街のど真ん中で撮影してたら、近くの団子屋のハゲ親父がやってきて、こっぴどく怒られたのだった。

 その時はこの、恭一郎、陽子、森下の三人が横に並ばされて散々に怒られた。


「撮影だと? 知るか、そんなこと。誰に許可とってやってんだ」

 団子屋のオヤジの説教は、ネチネチといつまでも続いた。

「一応、道路使用許可を取ってはいるんですけど」

「俺は聞いてねエ!」

 団子屋がさらに、ヒートアップした時だった。

「うっさい。タコ・・・」

 陽子が口を滑らせた。

「なんだ。タコだと。誰がタコだ。ええ、この小娘が!」

 団子屋のオヤジの顔が真っ赤になった。


「あれはまずかったよ。陽子ちゃん」

「よく言えたよね、あんなこと」

 恭一郎と森下が、笑いながら陽子を見た。


「ごめんなさい。我慢できなくて、つい」

 陽子も、半笑いで手を合わせた。


「でも、心の底では、よく言った陽子ちゃん。ありがとう。と思ってました」

 森下がぶっちゃける。

「確かに、俺も思ったけど、まずいでしょ。あれは。あの後、俺、土下座して謝った記憶があるぞ。ははは」

 恭一郎は、笑いが止まらなくなった。


「楽しかったな、あれは。僕は、あの映画がキッカケでこの世界に入りましたからね。感謝しております」

 森下が、改めて恭一郎に頭を下げた。

「なんの。こちらこそ、お手伝い頂いて、感謝しております」

 恭一郎も頭を下げた。

「和也のことも、何卒、宜しくお願いします」

 さらに、深くお辞儀した。

「来月、一週間の体験入社がありますので、それで、和也君がウチを気にいってくれたらいいのですが。今度はウチの方が、選ばれる立場です」

 森下が笑顔で答えた。


「その、和也君のどこが気に入ったの?」

 陽子が、森下に聞いた。

「うん。30秒のデモCMを創ってきて、プレゼンしてくれたんだ。なかなかいい出来だったので、驚いたよ。で、質問を重ねてたら、菅原さんの名前が出てきて、甥っ子さんだったのかと判明して、僕は二度ビックリだった」


 ――ん?


「俺の名前を出したの?」

 恭一郎が聞いた。

「ええ。そうですよ」

「なにやってんだあいつ。バカだなぁ」

 恭一郎は、顔を曇らせた。

 陽子が聞く。

「なんでバカなんですか?」


 森下が答える。

「あ、分かります。陽子ちゃん、菅原さんは、こう言いたいんだ。いいモノが出来た。頑張って創りました。と自分の手柄にしてプレゼンした方が、印象がいい。就活の面接なんだから、普通はそうするでしょ。でも、彼は、叔父さんにいろいろ教えて貰ったので、なんとかなりました。って言ってきた」

「え? 叔父さん自慢がしたかったのかしら」

 陽子が首をひねる。

「ううん」

 森下が首を振った。

「そんなニュアンスはかけらもなかったよ」


「ちょっと待って。確かに、俺は少しアドバイスをした。ただ、それは入口のキッカケであって、和也は、自分で独自に取材を重ねて、細部を詰めて行ったんだ。逆に、俺の方が、感心させられることがあった。ホントなんだ。いや、むしろ、ものづくりの楽しさを思い出させて貰ったのは、俺の方だったかもしれない」

「へえ。そうだったんですか」

 陽子の目がキラリと光った。


「うん。夏休みの宿題じゃないからね。ガッツリ手伝ってはないよ。そりゃ、あいつがガキの頃は、手伝ったよ、ガッツリね。合体ロボを10体作って、へとへとになったこともあった。でも、そこまでやると本人のためにならないでしょ。もう、大人なんだから」

 恭一郎は、必死で訴えた。和也の評価が下げられたら困る。


「大丈夫です。分かっています」

 森下が答える。

「むしろ僕たちは、作品の出来よりも、彼のその姿勢の方に目を奪われた」

「どういうこと?」

 陽子の問いに、森下が丁寧に答える。


「うん。和也君の姿勢は一貫していた。絵コンテをつくる段階から、動画に仕上げるまで、事細かに説明しながら、『ここで叔父さんに、こう言われました。』『この時自分が迷っていると、叔父さんから、こういうアドバイスを受けたんです。』と。かれこれ、1時間はその説明に終始していた」

「やっぱり、叔父さん自慢しているみたい」

「ううん。違う。あれは確認作業をしていたんだ」

「確認作業?」


「和也君は初めて動画をつくった。頼りになるのは、叔父さんだ。自分の知らないことをいっぱい知っている。なるほど、そういうものかと指示に従ったら、思わずいいモノが出来た。でも、叔父さんだってCMのプロではない。多少不安なところもあったのだろうと思う。そして、都合のいいことに、今、第一線のプロが目の前にいる。この際、いろいろ聞いて、確認したい。まずは、叔父さんから教えて貰ったやり方を説明して、このやり方に、抜けはないのか。足りないところはないのか。是非、それを聞かせて欲しい。そういう熱意に溢れていた」

「面接に来たんじゃないの?」

 陽子が首をひねる。


「そこだよ。彼は、面接に来たんじゃないんだ」

「何しに来たの?」

「正確に言うと、当初は面接にやって来たつもりだった。だけど、話をしているうちに、勉強したくなったんだよ。彼は」

「まああ・・・」

 陽子は開いた口が塞がらなくなった。


「役員面接だよ。普通は、受かるために精一杯自己アピールをするでしょ。それどころじゃなかった。叔父さんのアドバイスをいちいち我々に説明する。我々が、なるほど。と感心する。すると、小さく拳を握ることが何度もあった。『よし、このやり方に間違いはない』という、彼の心の声が聞こえてくるようだった」

 森下はそう言って、腕を組んだ。


 恭一郎は、じっと話を聞いていた。


「僕たち役員は揃って、そこに合格点を出したんです」


「そうですか。そっか、そっか・・・」

 恭一郎は、噛み締めるように頷いた。


 森下が続ける。

「菅原さん。僕は彼を見てて、ジョブズのスピーチを思い出したんです」

「え?」

「スタンフォード大学の卒業式の、あのスピーチ。最後にジョブズはこう締めました。『Stay hungry Stay foolish』愚直に。貪欲に。と。彼はまさに、それを体現していました」


 恭一郎は、思わず、うんうんうん、と何度も頷いていた。


 *   *   *


「かあさん。東京の会社から内定通知が来た」

 和也は、先程届いた内定通知を、帰宅して母親に報告した。

 母親の紀子は、見せられたスマホを手に持って、驚いた。

「ホントだ。良かったわね。あんた、凄いじゃない。絶対、落ちるって言ってたから、かあさんは無理だと思ってたわ」

 紀子は目を白黒させている。


「来月、体験入社が1週間あって、それで入社するかどうかを、決めてください。だって」

「え? 1週間も。東京に?」

「うん」

「また、叔父さんのところにご厄介になるの?」

「いや。宿泊に関しては、ホテルを用意するのでそちらにお泊まり下さい。とある。ほら、ここ」

 和也は、スマホをスクロールして、体験入社の案内文面を見せた。

「ああ、よかった。あまり叔父さんに負担かけちゃまずいわ。体の調子がよくないんだから」

「うん。今度は大丈夫。だけど、最終日ぐらいは厄介になるよ。いろいろ報告することが出来るだろうからね」

 紀子は、そうね。と頷いて、

「内定のことは、叔父さんに言ったの?」

「うん。これから報告するところ」

 和也は、そう言って、自分の部屋に入った。


 机の上に、スマホを置いて、和也はしばらく見つめていた。

 届いた内定通知を何度も読み返していた。


 株式会社ゲット。


 自分が、あの会社に採用された。それが、まだ実感できない。

 来月1週間、東京で、実際に、働いてみる。それから、決めればいい。それで結論を出せばいいんだ。とにかく、おじさんに報告しなきゃ。


 本来なら、

「おじさん。内定もらった。ありがとう、おじさんのお陰だよ!」

 と喜び勇んで電話をするケースだ。

 だが、そんな気分になれない。このまま、東京に就職していいのか、わからない。


 今、電話で報告すると、おじさんのことだ。

「どうした? 声に張りがないじゃないか。嬉しくないのか」

 と見抜かれる。あれだけ世話になっておきながら、それはない。

 とりあえず、LINEで報告を入れることにしよう。


『おじさん、やったよ! ゲットの内定貰った。おじさんのお陰だよ。ありがとう。今、忙しいから、また、電話するよ。とりあえず、報告です!』


 *   *   *


 恭一郎のスマホにLINEが届いた。和也から、内定通知の知らせだ。

 恭一郎は確認して、目の前の森下に頭を下げた。

「和也からだ。森下君。ありがとう。本人はかなり喜んでいるよ」

「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いします」

 森下も、お辞儀をして返した。


「良かったですね。なんか不思議な縁でみんなが繋がっていく。私、嬉しいなあ。こういうの。菅原さんのお陰ね・・・」

 陽子が吐露した。

「いや。嬉しいのはこっちだよ。こうやって昔の仲間が来てくれて、おまけに、甥っ子の将来が開けた。俺は、これ以上なく嬉しいよ」

 恭一郎が答えた。


「陽子ちゃんの言う通りです。菅原さんのお陰です。少なくとも僕は断言できる。すいません。今、ご病気と戦っていることも聞きました。負けないでください。生意気なことを言うようで申し訳ありませんが、菅原さんのやって来たことは、無駄ではありません」

 森下が、グッと目に力を入れた。

「ちゃんと生きています。和也君の中にも、陽子ちゃんの中にも、そして、僕の中にも」


「森下君・・・」

「僕は、菅原さんと岸川さんを見て、この仕事をしてみたいと本当に思いました。それまでの僕は、ロクでもなかった。夢も希望もあったもんじゃない。単なる腑抜け野郎でした。でも、あの映画を撮ったときの情熱は凄かった。お金も無い。機材も無い。スケジュールも無い。毎日、トラブルは多発する。こんな状態で、完成するんだろうかと、毎日冷や冷やしていました」


「タコが邪魔しに来るしね」

 陽子が漏らした。

「タコだけじゃなかったよ。邪魔は。雨は降る。機材は壊れる。役者さんは来ない。スタッフ同士で喧嘩が始まる。その度に、いろいろ工夫を重ねて、菅原さんと岸川さんは、乗り越えていった。ああ、こんな風に臨機応変にやればいいんだって。今も僕は現場にそう指示を出しています。臨機応変にやれって」

「そうかい。役に立ったなら良かった。こっちはただ、無我夢中だったんだ」

 恭一郎は苦笑いして答えた。


「その無我夢中が、今、うちの会社に足りないんです」

「ん?」

「和也君に内定出しておいて、なんですが。正直言って、今、うちの会社は安定志向に入ってます。代理店やクライアントの言うがままになって、最後は利潤を追求する。うちのクリエーターは、日々モンモンとしています。俺達のやりたいことは何なんだって。僕は、それが仕事だって。彼等を抑えてきました」

「そういう事情なの?」

 陽子が言った。


「うん。だけど、和也君が面接に来た。そして、菅原さんのことを思い出した。これじゃいかん。と思い直した。自分の原点を振り返ることに繋がりました。そういう意味でも、和也君には期待しているんです」

「そうかい。和也が役に立てば、いいんだけどね・・・」

「今、会社内で新しいプロジェクトの構想を練り始めました」

 森下の鼻息が荒くなっている。


 それを聞いて、恭一郎は嬉しかった。

 胸の奥が、少しだけ熱くなった。

 よし。俺も病気になんか負けていられない。

 そんな気持ちが、ふと湧いてきた。


「私も負けちゃいられないわ」

 陽子も乗り出してきた。

「今、橋本加寿子脚本賞に出すシナリオを書いてます。今年は必ずとるって宣言するわ。菅原さん、良かったら、また、読んで貰えます? 穴があったら、遠慮なく指摘してください」

「そりゃ、俺で良かったら、いつでも」

「ありがとうございます。やった。頑張ろっと」

 陽子は、小さくガッツポーズした。

 ついでに、サラッと、聞いた。

「菅原さんも、書いてみたら。一緒に挑戦しましょうよ」


 恭一郎は、ビクッとした。

「いや。俺は、無理でしょ。もう、何年も書いてないよ。無理無理。陽子ちゃんのお手伝いをするぐらいが、精いっぱいさ。ははは」

 恭一郎は、眉毛をへの字に曲げて、笑って返した。



 第16話 終

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