第10話 とっぴんぱらりのぷう
和也は無料の動画編集ソフトをダウンロードして、編集作業に没頭していた。
とは言え、本格的な編集作業は初めてであり、まずは編集ソフトの使い方に慣れるのに苦労していた。
「にいちゃん、いる? いるの?」
香織と沙織が和也の部屋のドアを開けて、顔を覗かせた。
「どうした?」
パソコンと睨めっこしながら和也が答える。
「花火連れてって。 花火だよ」
香織と沙織が、椅子に座っている和也の背中にドンと寄りかかってきた。
「こら。やめろ。重いんだ。お前らは」
和也は机の角に手をついて、肘を伸ばした。その反動で二人を押しのけた。
「にいちゃんは忙しいんだ」
振り返って睨んだ。
香織が言う。
「天満宮の花火があるんだよ」
「今年は行かないの?」
沙織が問う。
毎年夏にやる防府天満宮の花火大会のことだ。防府市民にとっては夏の一大イベントである。
「行こう。行こう。行こう」
香織と沙織は、シンクロしつつ、飛び跳ねている。
「もうそんな時期か。う~ん、今年は無しだな。にいちゃんは今、それどころではない」
和也は冷たくあしらって、パソコンに向き直った。
「ズルい。去年、香織は行けなかったから、今年は絶対行くの」
香織が後ろからTシャツを引っ張る。
香織は去年、夏風邪をこじらせ熱を出し、花火に行けなかった。毎年楽しみにしている花火に行けず相当ショックを受けていたのは確かだった。
Tシャツを引っ張られて、背もたれに、ぐ~とのけ反った和也。
香織の手を掴んで体を回し、「こら。」と強引に振り払った。
香織はバランスを崩して尻もちをついた。
「きゃあ」と声が出た。
「かあさんに連れてってもらえ。にいちゃんは無理だ!」
「おかあちゃんは、仕事だもん」
沙織が答える。
母親は、ゆめタウンというショッピングセンターで働いている。その日は仕事が夜まであり、香織と沙織を花火に連れて行くことは無理だった。
「じゃあ、諦めろ」
和也は椅子ごとクルっと回って背中を向けた。
香織がむくっと立ち上がり、両手を握って、肘を突っ張った。
「にいちゃんのバカ! もう知らない」
すーっと、深く息を吸って、
「とっぴんぱらりの、プウ!」
と叫んで、部屋を出て行った。
和也は振り返って沙織に聞いた。
「なんだ。今のは?」
「相当怒ってる。あの、プウ。は、激おこのヤツだからね。し~らない」
と、プイっと首をひねった。
「とっぴんぱらりの、プウ!」
と沙織もそう言って、部屋を出て行った。
和也は訳がわからず、チェッと舌打ちをした。
するとスマホが鳴った。倉本からの着信だ。
「はい。どうした?」
「お前、花火大会、西沢さんをちゃんと誘ったのか?」
「いや・・・」
また花火の話か。と和也は思った。
「明後日だぞ。天満宮の花火」
「らしいな・・・」
「らしいな。じゃないよ。駅前イオンにいるから、ちょっと出て来い!」
そう言って、倉本は電話を切った。
* * *
イオン一階のフードコート。
「信じられない。信じられない。花火を忘れるなんて、あり得ない」
美穂が、テーブルに両手をついて半立ちになった。ご立腹だ。
テーブル席に和也と倉本と美穂の三人がいる。夕方のフードコートはほぼほぼ席が埋まっている。隣の席にも丸聞こえの声で、美穂が和也に詰め寄る。
「ミポリン。落ち着こう。落ち着こう」
倉本が、まずは座って。と言いながら美穂を静めた。
「だって、防府の恋人達の一大イベントなのよ」
美穂の怒りは静まらない。
「忙しいからうっかりしてたんだ。うっかり・・・なっ」
と、倉本は和也に視線を送った。
美穂がすかさず言う。
「そのうっかりが問題なの。スガ君はこの間の制服事件で、前科一犯なんだよ」
「制服事件?」
和也が首を傾げた。
「ほら、撮影の時の・・・」
倉本が、目配せをして知らせてくる。和也は、ああ、と気がついた。
「アレは、あとからちゃんと制服可愛かったねって、フォローしたけど」
「ほら。フォローとか言ってる。気持ちがこもってない。心から、制服姿が可愛いって思ってないから、そうなるの。フォローじゃダメなの」
美穂がテーブルを叩いた。
「加恋だってわかってるから。どうせ、私達に言われて、フォローしたんだって」
和也が恐る恐る聞いた。
「レンちゃんがそう言ってたの?」
「言わないわよ。けど、私には、わかるの。絶対そうなの」
美穂の視線が突き刺さる。
「そっか。ゴメン」
「とにかく、ちゃんとして。じゃないと加恋が可哀そうじゃない。ただでさえ、スガ君が東京へ行っちゃうから寂しがっているのに」
「レンちゃんがそう言ったの?」
「加恋が言うわけないでしょ。そういうところよスガ君。マー君もなんか言って」
「そうだぞスガ。そういうところだ」
倉本も、こちらをキッと睨んだ。
「少しは加恋の気持ちを汲んであげてよ。彼氏の夢を応援してあげたい。でも、離れたくはない。東京へ行ったら、都会の綺麗な女の人に目移りして、私のことなんか忘れてしまうかもしれない。けど、そんなこと言って困らせちゃいけないわ。って。絶賛お悩み中なんだからね」
「まだ、東京へ行くと決まったわけじゃ・・・」
和也は、もごもごとした口調で言った。
美穂が聞く。
「受かったら、就職するんでしょ」
「万が一、俺なんかが受かるような企業じゃないから」
「そんな弱気でどうすんのよ」
美穂が突っ込んだ。
「そうだぞスガ。弱気はダメだ」
倉本も後を追った。
二人の圧が凄い。和也に肉薄して言い寄ってくる。
「待ってくれ。どっちなんだ?」
和也は両手を上げて、二人を制した。
「何が?」
「就活。していいのか?」
美穂が目を見開いて、言う。
「いいに決まってるでしょ。スガ君の人生なんだから」
「そうだぞスガ。お前の人生だ」
倉本も目を見開いた。
「だから。今、一生懸命編集しているんですけど・・・」
和也はそう言いながら、ペコっと頭を下げた。
「当然よ。だからと言って花火を忘れていいはずないでしょ」
「そうだぞスガ。いいわけない」
「同じ過ちを繰り返さないで」
美穂が拳を握って、ドンっとテーブルを叩いた。
「同じ・・・過ち?」
和也には、なにがなんだかわからない。話の論点が見えないのだ。
一瞬の間が出来た。
この空白の時間に美穂の表情が変わった。
目を瞑って呆れたように首を振った。
そして、静かに問いかける。
「いい。スガ君。花火といえば、なに?」
「なに・・・ん?」
和也は戸惑った。
打ち上げ花火。線香花火。ワードはいくつか思いつくが、そんな答えを期待されてないのはわかった。そんな返しをしたら、怒られるのは自明だ。とは言え、他に思い当たらない。倉本に助けを求めて、横目で見た。
「ほら、前科一犯」
倉本は、わかるだろ。という目でこちらを見る。
和也は、う~ん。と顔を歪めて考えた。
「ゆ・か・た」
美穂が口火を切った。ゆっくりと、一音一音区切って、はっきり言った。
「花火と言えば、浴衣。でしょ」
「あ、そっか」
「見たいでしょ。加恋の浴衣姿」
「うん。見たい」
「はい。合格。今のは本心だわ」
「やった」
和也は両手を握った。
「調子にのらない」
「え?」
「花火忘れてて、なに言っての!」
「あっ」
握った手を開いて、頭を抱える和也。
美穂のスマホが鳴った。
「加恋だわ。はいはい」
スマホにでる美穂。シー。と人差し指を立てて、席を離れる。
和也と倉本は、しばらくの間、美穂を目で追った。
倉本が和也に向き合う。
「わかったか。制服の失敗を、浴衣で取り戻して欲しいんだ」
倉本は、声を低くして、さもありなん。という顔をしている。
和也は改めて聞いた。
「ミポリンがそう言ってんだな」
オッとなった倉本が、咳ばらいをして答える。
「う、ううん。ま、そうだ」
「お前、オウム返ししてたな」
「うん? そうか」
「なんとなくわかったよ。君らの関係性が・・・」
「なんか、問題か?」
「いや、べつに・・・」
「なんだよ。なんかあるなら言えよ」
「ないよ・・・」
和也は、若干口を尖らせて呟いた。
* * *
タクシーが一台戻ってきた。
「菅原さん、頼むよ」
運転手が千円札を渡す。
恭一郎は頭を下げて、千円札を受け取り、ホースを手にした。
高円寺にあるタクシー会社の駐車場の一角。
恭一郎はここで、臨時の洗車要員としてアルバイトをすることになった。
本来、タクシー運転手は勤務が終わると、自分で洗車しなければならない。
手作業でタクシーの内と外を水拭き・空拭きして拭き上げる。フットマットを洗浄機にかけ、タイヤとホイールをブラシでこする。
これだけの作業を勤務終了後に運転手がやるのは結構キツイ。
そこで、その洗車を代行するアルバイトがいる。運転手は帰社すると、アルバイトに千円を渡して、洗車をお願いする。アルバイトは10台請け負うと、一万円になる。
糖尿病でまだ運転が出来ない恭一郎は、そのアルバイトをさせて貰うことになっていた。
夕方五時を回ると、日勤業務のタクシーが一斉に帰社する。
洗車アルバイトはその時間から、フル稼働して洗車業務が始まる。ところが、五時ではまだ日が落ちておらず、うだるような暑さが続いている。
アルバイトはホースの水を車にかけ、そして、自分の頭にもかけたりしながら、熱中症にならないよう気をつける。
恭一郎も、充分に水分補給もしながら、滝の様な汗を掻いて洗車をしていた。
ところが、まだ体力が回復し切れていない恭一郎には、一日五台を受け持つのがやっとだった。五千円稼ぐのが精いっぱいである。
このままでは、生活が破綻する。
恭一郎は、暑さと焦燥感の中で、洗車をする手に力を込めて拭き上げた。
* * *
浴衣の帯をキュッと結んで、よし。と背中を叩いた。
加恋が香織の帯を結び、美穂が沙織の帯を結んだ。双子の着付けを手伝って、準備万端整った。加恋と美穂はすでに浴衣に身を包んでいる。加恋は髪型をアップスタイルの、お団子ヘアにしていた。清潔感漂う、うなじが見えている。
香織と沙織が「わーい」と言って、部屋を出ると、和也と倉本が立っていた。
「やっぱり、浴衣はいいなぁ。みんな可愛いわ~」
倉本が、四人の浴衣姿を見て嘆息するように言う。
和也が、加恋を見て、ボーとしている。倉本がおいっと、和也を肘で突いた。
「いい。いいよ。浴衣。いい」
いいしか言わないが、その方が和也の本気度が伝わった。
加恋がはにかむ笑顔を見て、美穂と倉本は目配せをして、頷いた。
結局、みんなで天満宮の花火に行くことになった。香織と沙織も一緒にだ。
天満宮から歩いて10分の上天神町という所に倉本家がある。そこに一度みんな集合して、各々浴衣に着替えて、お出かけするという段取りになった。和也と倉本も早々に浴衣に着替えて、女子の支度を待っていた。
「にいちゃん。どう? 似合う?」
香織と沙織も袖を広げて、和也に聞く。
「ああ、可愛い可愛い。お前ら、お姉ちゃんたちに、ちゃんとお礼言ったか?」
「あ、まだだった」
香織と沙織は、それぞれ、加恋と美穂のもとに駆け寄り、
「加恋ちゃん。美穂ちゃん・・・」
と声を掛け、
「とっぴんぱらりの、ぷう」
と言って、袖を広げて満面の笑顔を向けた。完璧にシンクロしていた。
「え? なになに。今のなに?」
美穂が驚いて、でも、なぜか嬉しそうに聞いた。
「ゴメン。こいつら、今こればっかり言ってるんだ。なんか流行っているらしい。こら、ちゃんとお礼を言えって、言っただろ」
和也が、香織と沙織の頭を小突く。
すると、香織と沙織は、両袖で顔を隠して、「う~ん」と一旦ためてから、
「とっぴんぱらりの、ぷう~」
と開いた。さっきのぷう。より、こっちのぷう~。の方が声が高いし、息も長く出して響かせた。
「可愛いい。今の絶対ありがとうって言ってる!」
美穂がいいようにとった。
「お姉ちゃんにも、教えて」と美穂が言うと、「俺も俺も」と倉本ものっかった。
「いいよ」
双子が即答する。なんでも、シンクロしてしまう。
加恋が和也に近づいて、
「二人とも、可愛い。でも、どういう意味?」
和也は、加恋から、ほのかに香ってくる石鹸の匂いを感じた。
「学校で、昔話の『笠地蔵』の話が出たんだって。で、先生が、秋田の出身で、秋田ではお話の最後の『めでたし、めでたし』を『とっぴんぱらりのぷう』と言うんだって、教えてくれたらしいんだ。それ以来、ああなっちゃった」
「へえ。そうなんだ」
加恋の双子を愛おしそうに見つめる姿と、香ってくる石鹸の匂い。
和也はうなじのほつれ毛を目の前にして、優美な加恋の存在を再認識した。
「笠地蔵って、どんなお話だっけ?」
加恋が振り返った。
「え? ああ。ほら、あれだよ。お爺さんが傘を売りに行ったけど、売れなくて、村に帰ってきたら、お地蔵さんが雪を被って寒そうにしてた。で、傘をお地蔵さんに被せて帰った。それをお婆さんに話すと、『お爺さん、いいことしなすったな』とお婆さんは褒めてくれた」
「はいはい。そういう話だった」
「その夜、お地蔵さんたちがお礼に米とか反物を持ってきて、お爺さんとお婆さんは幸せに暮らしました。って話」
「それで、めでたし。めでたし。ってわけね」
加恋がニコッと笑った。
「怒ったときはこう」
とっぴんぱらりの、プウ!っと、香織と沙織は両手を腰に当てて、言った。
「恥ずかしい時はこう」
とっぴんぱらりの、ぷう。と両手で頬を包んだ。
「いろいろあるのね。なんでも行けそうだわ」
美穂がそう言うと、
「遅刻しそうになって、ギリギリ教室に入ったときも、あるよ」
「どうやるの?」
「とっぴんぱらりの、ぷううう。」
香織と沙織は、『セーフ』と、両手を横に大きく広げた。
パンパンパンっと、花火の上がる音がした。
「お、一発目が上がった。よし、みんな、花火見ながら、天満宮に行こう」
と倉本が言うと、
とっぴんぱらりの、ぷう!
と、香織と沙織が、右手を突き上げた。
第10話 終
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