第9話 ふたごたまごは笑顔をもたらす
制服を着た、後ろ姿の女子高生。
ピンクのエプロンの紐を腰の辺りで、キュッと締める。
「はい。OK」
和也がOKを出す。
スマホを、手振れ補正してくれるジンバル付きの自撮り棒に固定して構えている。
撮影は、エプロンの紐を締める後ろ姿の女子高生から始まった。
和也は、大学ノートの絵コンテになにやら書き込んでから、もう一度スマホを手に持った。
「次、アップいきます」
「は~い」と言って、美穂が振り返って笑顔を見せる。
「まずは、テストいきます」
和也が美穂の顔にスマホを近づけて、
「テスト。よーい、スタート」
「よし!」
と両手を握って、気合を入れる美穂。
「美穂さん。もっと手を上げてください。低いと写りません。かなり顔に寄ってますので」
「この辺ですか」
美穂が握った手を上げた。
「そうそう。そのあたりで」
「わかりました。監督」
「じゃあ、本番いきます。よーい、スタート」
「よし!」
美穂が、キリっとしまった顔で言葉を発した。
「はい。OK!」
和也が声を張って、OKを出した。
美穂が聞く。
「かんとく~。私どうでした?」
「いい表情でしたよ」
「次も頑張りまーす」
「お願いします」
和也は、ニコッと笑って満足気に答えた。
「ミポリン。今のよかった~。頑張るぞって気合と、初々しさが相まって、見ててドキッとした。なんと言っても、可愛かった~」
倉本が横から口を挟んだ。
手に撮影用の小型LEDライトを持っている。和也がアマゾンで購入した安価な照明機材だ。
美穂が倉本にすり寄る。
「ホント? もう一回言って」
「可愛かったあ~」
「もういっかい」
「可愛かった。可愛かった。可愛かった」
倉本は何度も繰り返した。
和也は、大学ノートの絵コンテを確認して、指示を出した。
「じゃあ、次、焦げたハンバーグのシーン。準備お願いします」
「はあい」と、加恋がハンバーグの入ったフライパンを火にかける。
強火にしてハンバーグを一生懸命押し付ける加恋。失敗したというほどに焦がすには、それなりに時間が掛かった。加恋の額からは汗が噴き出した。
撮影は、加恋の自宅のキッチンをお借りした。
ここの家のシステムキッチンは明るく、生活感がありながら驚くほどきれいだった。加恋のお母さんがお掃除をこまめにしていることもあり、撮影するには理想的な場所だ。
包丁で指を切ってしまうシーン。
「振りだけいいですからね。手元は写ってませんから。音をトントン鳴らして、イタって言って、指を舐めましょう。じゃあ、テスト」
「はーい」と言って、美穂がトントントンと包丁の音を鳴らす。
和也が止めた。
「待って待って。美穂さん。リズムが良すぎます。包丁に慣れていない設定なので、ぎこちなく使ってる感じで。もっとゆっくり音をたててください」
「そっか。初めて包丁を握ったんだった」
美穂は小刻みに頷いた。
「監督、これでどうですか?」
トン・・・トン・・・トン、トン。と包丁を鳴らす美穂。
「OKです。そんな感じでいきましょう」
和也が親指と人差し指で丸をつくった。
「じゃあ、二枚目の絆創膏を巻くカット。もう、いや。って、半泣きで」
美穂は人差し指を顔に近づけて、二枚目の絆創膏を巻いた。
人差し指の先の方にはすでに一枚巻いてある。二枚目は指の根元に巻いた。
「もうう、いやっ」と言って、グスンと鼻を鳴らした。
「OKです。いいですね」
和也が親指を立てた。
美穂が絆創膏二枚を巻いた人差し指を立てて言った。
「この子、料理のセンス、全くなし。可哀そうな子だわ」
和也が絵コンテを見ながら、思索している。
加恋はお鍋の蓋を開けては、噴きこぼれ具合をチェックし、火加減の調整をする。
「大体、こんな感じかな」
「うん、ありがとう。じゃあ、お鍋のシーン行きます」
和也が声を掛ける。
「はーい」と美穂が返事すると、
「ミポリン。もう一枚」
と、倉本が美穂にスマホを向けている。
美穂がエプロンを広げてポーズをとると。カシャっとシャッター音が鳴る。
「どれどれ?」
とスマホを覗き込む美穂。
「ほら、可愛い可愛い。完璧」
倉本がスマホをスクロールして、何枚か写真を見せた。
「制服がいいんでしょ」
「制服&エプロンが、イインデス」
「もう、変態なんだから~」
美穂が倉本を肘で押す。二人は笑いながらじゃれ合っている。
和也が声を掛ける。
「かなりイライラが募ってきてるシーンですからね。不機嫌な感じでいきましょう」
「はーい」
美穂は、むすっとした表情に切り替えた。
「手伝おうかぁ?」
加恋がキッチンの外から声を掛ける。例のお母さん役だ。
このカットでは姿は見せずに、声だけで出演する。
加恋は、口に手を当ててセリフを言った。
言ったあとにすぐさま、ガクッと頭を下げた。
高校時代に母親に言われた言葉を、まさかこの場所で、自分が人に言うことになるとは。お母さんに散々悪態をついた、あの頃の自分を思い出してしまった。
「もう。お母さんは黙ってて。自分で作らないと意味ないの!」
美穂が地団駄を踏んで言い返す。
「オッケーです。OK OK」
和也のテンションが上がった。美穂の名演技に大満足だ。
OKの声に一安心して、加恋がキッチンを覗いてみると、ふと気がついた。
「あれ? ちょっと待って」
そう思って和也に近づいた。
「カズ君。キッチンが綺麗なのは変じゃないかな」
和也もキッチンを見回した。
「そうか。いろいろと失敗した痕跡がないとおかしいね」
表情のアップや寄りの画ばかりをとっていたので、気がつかなかったようだ。
加恋が言う。
「流し台に調理器具や食器が山盛りになってたり、テーブルにも切りかけの野菜が無造作に転がってたほうがいいと思う」
「そうだね。後で掃除するから、やってもいい?」
「うん。全然いいよ」
和也と加恋で食器や調理器具を取り出して、失敗の山を作っていった。
「あ、今パンツとったでしょ」
キッチンの隅で倉本がローアングルから美穂の写真を撮っている。
「バレたか!」
「もう、エッチエッチエッチ」
どう見ても、美穂は喜んでいる。
倉本の背中をポカポカ叩きながら追いかける。
「あんたたち! 少しは手伝って!」
加恋がキレた。
「すいましぇーん」
と言って、シュンとなる美穂と倉本。
加恋が卵を二つ割ってボールに落す。多すぎる白身をすくって半分捨てた。
黄身が二個ある、ふたごたまごのスタンバイ、オッケーだ。
「じゃあ、いよいよふたごたまごを割って、笑顔になるところをやります。美穂さん、小麦粉で汚しかけてください」
「はーい」
美穂は小麦粉を手につけ、鼻をこすった。鼻の周りが白くなる。料理に悪戦苦闘している女子高生の演出だ。
和也が演出する。
「じゃ、失敗続きの女子高生が無残な姿になって半べそ掻いています。今にも泣きだしそうな顔で、卵を掴んで、コンコンと割る。割って、あっ。と止まる。止まるだけです。変にビックリしないでください。いいですか。よーい、スタート」
美穂が今にも泣きそうな顔で、卵を掴んで割る。
あっ。と止まった。
「はい。OKです。美穂さんバッチリでした」
ふたごたまごは、女子高生の見た目で別撮りすることになっている。
加恋がすでにスタンバっているふたごたまごを、ボールからボールへと滑り込ませる。それを和也がアップで撮る。スマホを上から構えて撮影した。
プルンプルンと揺れて、ふたごたまごが出現した。
二つの黄身が揺れて落ち、底に留まると、仲のいい二人が並んでいるみたいだ。
いよいよ、大詰め。
『ふたごたまごは笑顔をもたらす』
の瞬間だ。
和也は、スマホを美穂の顔の下に差し入れ、煽りでアップを狙った。
「じゃあ、最後。笑顔いきます。あっ。と止まった顔から、ふふっと、笑顔がこぼれる感じで。本番いきます。カメラ目線で。よーい、スタート」
美穂が、ニコッと笑った。
「OKです。もう一回いきましょう。別パターンもください」
和也がここはこだわった。正直、笑顔が固いと思った。
というのも、事前に恭一郎から一言、助言があったからだ。
恭一郎が言うにはこうだ。
「多分、笑顔を撮るのが一番難しいと思う。このCMのキモは笑顔だ。役者が変に顔をつくったら、自然な笑顔にならないからな。かといって、役者に変にダメ出しはしない方がいい。プロじゃないんだ。こうやってくれと言って、すぐに出来るもんじゃない。逆に、混乱してなにも出来なくなるから、気をつけろ」
「じゃあ、どうすればいいかな」
「顔以外に意識をもっていかせろ。例えば、肩の力を抜きながら、笑ってください。とか、両手を握りながら、笑ってみてください。とか。いろいろ試してみ。良くなったら、めっけもん。ダメでも、そういう演出でトライしてみました。と、三次面接でアピールできるネタになる」
「うん。わかった。ありがとう」
和也は、恭一郎の言葉を思い出した。
「美穂さん。笑う瞬間に、肩の力を軽く、ふっと抜いてみましょうか」
「はーい。やってみます」
「よーい。スタート」
OKでーす。
和也の力強い声が響いた。
* * *
ラストシーン。校庭でお弁当を渡すシーンだ。
和也は高校時代の担任に事情を説明して、母校の校庭の一角を借りた。
就職活動の一環だと説明すると、学校側はすんなり了承してくれた。
女子トイレの中で美穂と加恋が制服を着て、鏡に向かってメイクをしている。
加恋が薄い口紅を塗って、美穂に向き直る。
「私、無理っぽくないかな?」
「大丈夫。昔のまんまだよ」
「でも、もう何年も経ってるから」
「私だってそうじゃん」
美穂は腰に両手をあてた。
「美穂は若いもん。お肌ピチピチだし」
「まあね。お手入れだけは欠かしてないから」
「一応ね。コレ持ってきたんだけど」
加恋が、差し出した右手を開くと、オレンジ色の花ヘアピンを持っていた。
高校時代に愛用していた花ヘアピンだ。
「あ、懐かしい。まだ持ってたの?」
「うん。ちょっとでも、高校生に見えるようにって思って」
「どれどれ。つけてあげる」
美穂が加恋の前髪をかき分け、花ヘアピンをパチンとつける。
「うん。可愛い。女子高生の加恋ちゃんの出来上がり」
「ありがと」
加恋は、はにかんだ。
和也は校庭にパイプ椅子を置き、座って絵コンテを見て考えている。
お弁当を差し出すシーンは、ワンカットで狙う。
絵コンテになにやら書き込み始めた。
サッカー部のユニフォームを着た倉本がやって来た。
「撮影始めるか?」
「ああ、もうちょっと、陽が落ちるのを待とう」
和也が絵コンテを見ながら言った。
そこへ、美穂と加恋がやってくる。
「お待たせ~」
倉本は、オオッという顔をした。
「わお。西沢さんの制服も似合いますよ」
「あんまり見ないで。恥ずかしい」
「ヘアピンもいいじゃないですか」
倉本はすぐに気がついた。
和也は、相変わらず絵コンテと睨み合いを続けている。
「このヘアピンは、高校の時につけていたモノなの。加恋って健気でしょ。ねー」
美穂は和也に聞こえるように、わざと声を張った。
が、和也の耳には届かなかったようだ。
美穂が倉本に意味深な目配せをして、服を引っ張った。
二人で、こそこそと瞬間的に内緒話をする。
「いいわかった?」
「うん。もしものときは、言うよ」
倉本は力強く頷いた。
倉本がスマホを構えた。
「二人の、写真撮ってもいいですか?」
「撮って、撮って」
美穂が加恋の腕にしがみついて、ピースする。加恋もピース。
「じゃあ、リハーサルしましょう」
和也が立ち上がって、声を掛ける。
* * *
倉本がユニフォーム姿で立っている。
倉本の斜め後ろにパイプ椅子を置き、その上に立ってスマホで撮影している和也。
所謂、『肩舐めショット』を狙っている。
倉本の肩から背中あたりを、画面の左の一部に映したまま、奥から近づいてくる、女子高生二人を画角に入るように、カメラ位置を定める。
画面奥の、少し離れたところに、お弁当を持った美穂と、加恋がスタンバる。
「ここは音楽を被せるので、セリフは聞こえなくなりますけど、雰囲気が大事なので、ちゃんと声を出してください。じゃあ、テストいきまーす。よーい。スタート」
加恋が美穂の背中を押して、段々と倉本に近づいてくる。
「ほら。早くいきなよ」と、言いながら、両手で押してやって来る。
美穂は、「もう。わかってるって」と言って、
一度踏ん張って立ち止まり、振り返る。
その時に、後ろ手に持っているお弁当がチラッと垣間見える。
加恋は「待っててくれてるよ」と言って、倉本を指差す。
美穂が、倉本に向き合う。もう、二、三歩の距離だ。
モジモジしながら、近づく美穂。
倉本の目の前まで来て、「あの~、これ」と言って、お弁当を差し出す。
後ろ姿の倉本は、頭を軽く掻いて、ペコっとお辞儀をした。
「はい。いいですよ。女子高生二人はもう一歩奥に下がって、そこから動き出しましょう」
和也がテキパキと指示を出した。
そろそろ、夕方の日が落ちる時間帯だ。
俗に、マジックアワーと呼ばれる時間帯を狙った。
空が赤やオレンジ、紫色にグラデーションを描く幻想的な風景が広がり、映画の撮影にはもってこいの雰囲気が醸し出される。
「じゃあ、もう一度。動き出しの位置を確認してください。よければ本番いきます」
和也がパイプ椅子の上に立って声を掛けると、
「はーい」
と、加恋と美穂が返事をした。
倉本が振り向いて、和也に言う。
「西沢さんの制服姿も可愛いな」
「ああ、ちゃんと女子高生に見えるよ」
和也が素っ気なく答えた。
倉本がチッと舌打ちをした。
「そうじゃなくて。お前、ちゃんと言ったのか? 制服似合いますねって」
「え? いや・・・」
「あのな。そういうところだぞ。お前がダメなのは」
「な、なんだよ」
和也が戸惑う。
美穂が遠くから声を掛ける。
「かんとく~、そろそろ空が、いい色になってきましたよ~」
「ちょっと待って。こっちも打合せ」
倉本が美穂を制した。
和也は困惑して、
「打合せって・・・お前・・・」
「いいか。周りが見えなくなってんじゃねえよ」
「はあ?」
「こんだけ協力してくれてんだぞ。お前の彼女は。俺達の比じゃねーだろ」
「ああ、確かに」
「だったら、ちゃんと見てあげろよ。ヘアピンに気付いてんのか。お前は?」
そう言われて、和也は遠目で加恋のヘアピンを確認した。
「ホントだ」
「いいか。この距離だ。映るどうかわかんないヘアピンをわざわざ自分で用意してきてくれたんだぞ。西沢さんは。頼むよ。せめて気付いてくれよ」
いつになく、真剣な表情で訴える倉本に、気おされた和也は、素直に受け止めるしかなかった。
「ああ、わかった。わかったよ・・・」
思わず、答えた。
空が綺麗なオレンジ色に染まっている。
その光を浴びて、加恋のヘアピンがキラッと光った。
第9話 終
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