第43話『責任』
ルミシスが王宮に近づくにつれ、エレメントから逃げる市民と兵士がすれ違うようになってきた。
「我々の馬車は逃げる市民から邪魔になるかもしれません。端に寄せて歩いて行きましょう」
逃げ惑う市民と逆走するように徒歩で王宮に向かった。
「もしやルミシス様では?」
「グラリオ閣下!」
声をかけたのは王家騎士団のグランドであり、兵をまとめて北に逃げているグラリオたちと、禍学専門学校の教頭サーモスだった。
「ブレア将軍の判断で禍学に逃げる際にサーモス教頭も連れていけとのご命令でして……」
グラリオはサーモス教頭逮捕にあたり、逮捕状のサインをルミシスがしたため、つい余計な説明をいれてしまった。
「有事においては構わない、むしろ彼がいることで避難先の禍学とこじれることはないかと思う」
ルミシスは教頭に頭を下げた。
「都合がいいことを言っていると思うだろうが、国の一大事になった。サーモス教頭においても国のためと思い、
「私も
ルミシスと教頭が握手を交わした。
ドゴッ!と王宮の方角から爆裂音が響き、ちょうど
「ブレア将軍……みんな……」
グラリオがため息を吐くように呟いた。
グラリオの目に止まる黒煙の位置は、先ほどグラリオがブレアたちと別れた場所だった。
先に王宮を離脱したグラリオは皆がそこで戦っていると勘違いしていたが、そこではブレアがひとり懸命に戦っている。
「……グラリオ閣下、知っている
グラリオはルミシスにその場で説明を端的にした。
ルミシスはブレアの指示の的確さに驚く一方で、仕事とは言えユラソル逮捕によってこのような事態を引き起こした責任を感じて沈黙した。
(黒曜派など単なる少数派と思っていたが、その庇護者や背景に誰と通じていたかまで考えてから行動するべきだった……きっとロータスならそうしただろうな)
この沈黙にグラリオがまず耐えきれなくなった。
「いかがなされる?」
ルミシスはそれでも考えていた。
(私の失策だ……自らの過信が招いた結果だ。追い詰められたネズミは猫を噛むのだ……その噛まれる役目を私は……ブレア将軍に押し付けてしまったのだ……なんたること……)
「ルミシス卿?」
(こと、ここに至れり……私に出来ることは皇帝陛下と市民の安全を担保しつつ、エレメントを取り戻す。そしてこの恥を一生背負って生きること……しかし私にその資格があるのか?恥を背負う資格すらないのでは……)
「ルミシス卿!!」
グラリオの呼びかけに代わりに答えたのはオフェリアだった。
(ルミシス卿は自信を失っておられる)
オフェリアはこの場においてはルミシスに判断能力がないと決めつけた。
「グラリオ閣下、私たち警備局が市民の避難を代わりますので、ルミシス様をお連れして禍学にお逃げし、反転攻勢のご準備を」
オフェリアの起点で、グラリオは半ば強引にルミシスを連れてネオマとケイミューがいるであろう禍学専門学校に向かった。
◆
到着すると高い壁のような門がそびえており、侵入はかなり難しい要塞のような学校だった。
(思えば方角的には鬼門になるのか)
やや北東に位置しているこの学校はまるで王宮の魔除けのようにそびえ立っている。
まるでこの様な時の一次避難先として禍学がこの場所と距離に建設されたのかもしれない、とルミシスは思った。
門の中に入ると校舎からケイミューが飛び出し、手を広げてルミシスたちを歓待した。
「これはルミシス様……よくぞご無事で」
「ケイミュー閣下こそ、ご無事でなにより。陛下は中におられるのか?」
「無論、今は応接室でお休み頂いております」
「ケイミュー!」
グラリオは挨拶は早々に、王宮を奪還したいため、戦略の話がしたかった。
「……いや将軍、状況を聞かせてください」
「いや、このような時だ。今は昔のままでいよう」
グラリオとケイミューは同期の仲だった。
ケイミューが見慣れぬ囚人服を着ている男を見て、グラリオが紹介した。
「こちらはこの禍学のサーモス教頭だ。中のことは彼に任せたい」
ケイミューは驚き、横目でルミシスを見た。
「たしか投獄されておったな……」
ルミシスは気まずそうに伏目で
「有事ですから……いずれエレメントを取り戻した後に責めは私が負う。虫のいい話だがこの場においては各教員や生徒と我々の間を、サーモス教頭に取り持ってとらいたい」
「この様な事態ですので、もしここが攻められることになれば私も皇帝陛下の盾となり、一兵隊として身を散らす覚悟です」
ケイミューが感動したのは、つい先ほどまで半ば強引な逮捕により投獄されていた男の言葉とは思えなかったからであった。
「たしかに、魔族による魔力への対抗は、禍動士たちの助けが必要になりますからね」
教頭はルミシスの今の言葉にハッとした。
「ちなみに早速ですが、一つご献策をしてもよろしいでしょうか?」
ルミシスは「どうぞ」と許可をしたが、その言葉はルミシスを最大に葛藤させた。
「先ほどのルミシス様のお言葉を借りれば『有事』であればこそ、超法規措置としてゼン教諭をここに呼び寄せ、魔族に対抗させるのはいかがでしょうか?」
「それは……!」
ルミシスの顔が曇った。たしかに一理はある。
国が滅亡するかもしれない今、心臓の悪魔やら、ギルドによるゼンたちの捕縛など、それどころではないのも確かである。
ケイミューは諸手で賛成をするようにサーモスの案に頷いた。
「良き考えかと。魔族の特殊能力『魔法』に対抗するなら禍動しかありません。もしゼンがいるなら戦略立案における選択肢の幅はかなり広がります」
ルミシスもこの状況において、ゼンと言うカードは喉から手が出るほど欲しい、
「ゼンをここに呼ぶのならフィーナも
教頭はルミシスの前に出て
「ルミシス様、是非とも彼らの罪を一時お
「………っ」
ルミシスはそれが最善とわかっているからこそ、立ちはだかる法と心臓の悪魔の歴史に、奥歯をすり潰すような歯痒さと戦っている。
(そう言えばロータスもあの時……)
それはロータスを解雇したきっかけはフィーナの「赦免」を提言されたことだった。
(そうか……思い返せばあの時から私は失敗をしていたんだな)
ルミシスは一文字に結んだ口が綻んでいく。
(ロータス、私が間違っていた。いや、本当は私もそうすべきと心の中では思っていたんだ。国がなくなるかもしれない今になってようやく気付けたよ……)
「……もう間違わない」
ルミシスの独り言のあと、いつもの自信に満ちた顔に戻った。
(命を賭ける、よく使った言葉だが、その言葉の意味がいま初めてわかったよロータス……)
「わかりました。ゼンとフィーナの懸賞を取り下げ、彼らをこの禍学専門学校に
ルミシスはケイミューと共に決死の覚悟で仮初の王室へと歩みを進めた。
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