第36話『回収』
ゼンたちが逃亡して21日が経った。
窓から差し込む光に起こされヴェトンが目を覚ました。
「あれ?俺は…」
ベッドからヴェトンが起き上がるとリデアに刺されていた傷がすっかり治っていた。
下から笑い声がするため、ギシギシと鳴る階段を降りた先の部屋にいつもの仲間と、一人の美しい女性がテーブルを囲んでいた。
「ヴェトン!よくなったんだね!ヴェトーーン」
とフィーナが飛び込んで抱きしめた。
「全然記憶ねぇわ…あれからどうしたんだ?」
◆
「なるほどな…そんなに俺の傷は重症だったのか……」
「もう大変だったんだよ?ゼン先生は回禍があまり得意じゃないし、シルキーさんは禍動空っぽでどうしよもなかったんだから……」
フィーナは気まずそうにヴェトンに謝った。
「私も頑張って回禍をしたんだけど、ヴェトンのお腹のキモいのがいっぱいズタズタすぎて……治すイメージが湧かなかったの……ごめんね……」
「そこはキモいじゃなく、内臓と呼んでやれ。ただレミュー先生が回禍をしたのに目を覚さないから少し心配したぞ」
ゼンの言葉にシルキーが失笑していた。
「だから言ったでしょ?こいつはしぶといから唾つけとけば治るって?」
「ふふふ、でもシルキーさん泣きながら治そうとしてたじゃないですか?」
「フィーナ!余計なこと言うな!!」
ヴェトンが倒れたあと、禍動による戦いを察知したゼンとシルキーの元担任『レミュー』が到着してヴェトンを回禍で治療した。
探していた恩師と思いもよらないあっさりした再会に、2人は驚きたいところだったが、疲労困憊だったゼンとシルキーは亡霊のように、案内されるがままレミューの家へと到着し、朝を迎えていた。
「ふむふむ…で、その肝心のお婆ちゃん先生は?」
「ぷぷぷっ…」
と、フィーナとシルキーが口に手を当てて笑いを堪えている。
不思議がるヴェトンに、真面目なゼンだけが真実を伝えた。
「そこにいる女性が、レミュー先生だ」
「おはよ?ヴェトンくん」
「う………嘘……だろ?」
ヴェトンがそう言うのも無理はない。
かつてレミューについて聞いていた情報は以下であった。
「定年前に退官」
「ゼンとシルキーを子供扱い」
「てか普通にババア(シルキー談)」
ヴェトンは気味の悪いヨボヨボの魔女を想像していた。
しかし、目の前にいるのはどう考えても30代前半の美貌だった。
それよりもヴェトンが感動したのは、おっぱいだった。
「おっぱい……で……デケェー!!何カップなんだコレ!!?」
これには他の仲間の反応は様々だった。
「ヴェ……ヴェトンのエッチ!」
「レミュー先生!すみません!すみません!」
「先生?あいつに刺さってた剣貸して?もっかい刺すから!」
しかしレミューの反応はそれ以上だった。
「えぇ!ヴェトンくん?こんなおばさんのおっぱいでもいいのぉ?いいよ?あとでチューチューしちゃう?」
まずヴェトンは一瞬で鼻血を飛ばしてしまい倒れ込んだ。
「ゼン先生!ヴェトンがまた倒れた!」
「きゃーっ!汚っ!!」
女子のわちゃわちゃした声とは別に、ゼンがドン引きしながらも思い出していた。
(そうだった……この人けっこう下ネタ好きだったんだ……)
「てか……ババァの干し葡萄なんて誰も吸いたくないだろ……」
毒突くシルキーの頭上にレミューの鉄拳が落ちる。
ゼンは目がハートになってるヴェトンを羽交締めしながらお願いをした。
「レミュー先生!こいつのせいで色々とカオスになってきたけど、さっき話して続きを!」
「…………」
レミューが脚を組んでタバコに火をつけ、目を細めた。
◆
一方、王宮ではロータスがある決意を持ち、ルミシスの執務室に訪れていた。
「『心臓の悪魔』がなんだって?」
ロータスに見向きもせず、溜まりに溜まった政務をこなしている。
「まだ仮説段階だが、このままフィーナを追えば痛い目を見るのは俺たちかもしれない」
重々しいロータスの言葉を受け流すようにルミシスは微笑を浮かべ、ペンを走らせ続ける。
「聞いてるよ……続けて?」
ルミシスは背が小さいためロータスが後ろから見ると小学生のようだったが、
本人の身長に届かんとする山のような書類がルミシスの激務を一層引き立てさせた。
「この世界の歴史書には所々ページが破かれていたり消されている。古くは2000年前、そして1800年前、1600年前もだ。必ず『200年』ごとにだぞ?」
「うん、それで?」
「分かってるんだろ?ちょうどこのページが最後に記録から消されているのは200年前……つまり、今年はまさに記録から消される年になる」
「……それで?」
「200年置きに『何か』が起きている。そして今年なにが起きたか?『心臓の悪魔』が出た年だ」
「……」
ルミシスは黙らざる得ない。
「他にもある。この何かが『発生した年』以降に何が起きたか?たとえば出生数は崖のように下がり、また緩やかに下がる。そしてまた200年後にはまた崖のように減っていく」
それだけじゃないとロータスは続けた。
「他にも200年ごとに天災、疫病、飢饉が必ず起きている」
ルミシスはようやくロータスを見た。
「それは200年置きに心臓の悪魔が現れて、それを我々が殺しているせいだと言いたいの?」
「……そう思う方が自然じゃないか?」
「じゃ、その200年置きに心臓の悪魔が現れると言う理屈が正しいとして、逆に悪魔が現れたから禍が起こった……とも言えたりはしないか?」
「おそらくだが、それはない」
「理由は?」
「800年前、これは憶測だが心臓の悪魔に逃げられたことがある」
ローターは声を張り上げた。
「なぜそう思うか?それは800年前だけ何故か出生数が爆発的にあがり、天災もなにも禍は起きていない」
「……」
「そして…その年の軍事遠征費が莫大なのに対して、戦争は一度も起こっていない。国あげて悪魔を捜索したんだろうな。だがこれを見てくれ」
ロータスが指差した資料は、その年の財務記録に記載された兵站費用がどんどんと膨らんでいき、3年ほどかけて徐々に下がっていった。
元警備局にいただけに、捜索における金の流れには詳しかったロータスは、これは捜索打ち切りとなる独特な流れと酷似している、とルミシスに説明した。
真顔でルミシスはロータスに聞いた。
「禍学の教師にモイスと女がいて話をしたが、フィーナの体には間違いなく心臓の悪魔の"紋章"が浮かび上がっている」
「へぇ、心臓の悪魔に"紋章"が出ることまで突き止めたんだね」
ルミシスの顔が冷たい表情に変わる瞬間がわかった。
(この顔はまずい……)
ルミシスがこの顔をする時は必ず何かを決意した顔だったのを短い期間ながらロータスは学習している。
やぶれかぶれになったロータスはルミシスの真心に訴えた。
「ルミシス、今ならまだ間に合う。心臓の悪魔…フィーナ及びゼンの懸賞を取り下げよう、彼らの身の安全の確保をして、それから」
ルミシスは微笑んだ。
「ロータス…今までありがとう。君はクビだ」
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